-tsukushi-
「きつ・・・・・」 あたしは胸元を押さえて顔を顰めた。 「悪いな、ちょっとの間の辛抱だから」 そう言って西門さんが苦笑する。
車に乗せられ、西門邸に向かう。 西門さんに着付けてもらった着物はすごくきれいで・・・・そしてあたしでもさすがに背筋が自然に伸びてしまうほど、それが高価なものであることが分かり・・・・・いやでも緊張感が走った。
助手席で緊張してるあたしを、西門さんがちらりと見つめる。 「・・・・・すげえきれい。馬子にも衣装だな」 「・・・・馬子にもは余計。でもすごい緊張しちゃって・・・・・大丈夫かな」 「ああ。お前は、俺の横にいてくれるだけでいいから。類のときの・・・・・予行演習だとでも思えば」 「やだ、そんなの余計に緊張しちゃうよ」 青くなるあたしを見て、西門さんが楽しそうに笑う。 無邪気な、少年のような笑顔。 その笑顔に、あたしの胸が高鳴る。
―――西門さんて、こんなふうに笑う人だっけ・・・・?
最近は、本当にいろんな表情を見せてくれるようになった西門さん。 それを知るたびに、どうして女の人がこの人に惹かれるのかがわかるような気がして・・・・・ 落ち着かない気分になる・・・・・。
「彼女は、牧野つくしさん。同じ英徳大の学生だよ」 容赦のない、厳しい視線があたしに注がれる。 「・・・・・はじめまして、牧野つくしです」 何とか、声を絞り出すものの・・・・その後はもう続かなくなる。 雰囲気に圧倒されてしまう。 道明寺の母親・・・・道明寺楓と初めて会った時もそうだったけど、このなんともいえない威圧感・・・・・。 この場にずっといたらそれこそそのまま灰になってしまうんじゃないかと思えるほどだった。 「・・・・総二郎さん、この方と結婚するおつもり?」 「いや、まだ結婚までは考えていません。彼女もまだ学生ですから。ただ、俺は彼女以外の女性との結婚なんて考えられない。ですから・・・・・」 「見合いは断ると、そういうことか」 西門さんの父親が口を開く。 初めて会う、西門家の当主で、茶道の家元。 さすがの貫禄というか・・・・・。 それでも、まだまだエネルギッシュで男の色気を感じさせるあたり、やっぱり西門さんの父親だなと感じてしまう・・・・・。
「そうです。大学を卒業するまでは・・・・・まだ、結婚のことは考えたくありません」 「大学を卒業したら、彼女と結婚すると?」 父親の言葉に、西門さんは隣にいるあたしを見つめた。 「彼女が・・・・・承諾してくれるなら・・・・・・」 その瞳は真剣で、とても演技とは思えなくて・・・・・ あたしの心臓がまた、落ち着かなくなる。 「・・・・・わかった。そういうことなら・・・・・結婚の話はまた卒業後ということにしよう」 「あなた!」 立ち上がり、部屋を出て行こうとする父親に、母親の方が慌てて声をかける。 「本人がダメだというものは仕方ないだろう。この話はこれで終わりだ。私は出かける」 そう言ってさっさと出て行ってしまうのを、あたしは呆気にとられて見ていた・・・・・。 残された母親が、ちらりとあたしに冷たい視線を寄越す。 「・・・・・あなたたちのことを、これで認めたわけではありませんよ」 そう言い捨てると、母親もまた部屋を出て行ったのだった・・・・・。
足音が遠ざかり、部屋が静寂に包まれると、あたしは漸く呼吸ができるようになったかのように、大きく息を吐き出したのだった。 「こわ・・・・・。息が詰まって死ぬかと思った・・・・・」 そんなあたしを、苦笑して見る西門さん。 「お疲れ。悪かったな、つき合わせて・・・・・けど、これで何とか卒業するまではごまかせそうだ」 「なら、よかったけど・・・・・。もうこんなのごめんだよ。心臓がいくつあっても足りない」 「緊張しすぎだよ。ま、あの2人相手じゃしょうがないか。俺もあの雰囲気は嫌いだ」 「そうなの?」 「ああ。息が詰まるだろ。あの2人に対抗できるとしたら・・・・・おまえしかいないと思ったんだけどな」 そう言って、あたしを見つめる。 その瞳にまた、初めて見る甘さを感じてドキッとする。 「な、何言ってんのよ、あたしは・・・・・」 慌てて目を逸らそうとしたあたしの頬に、西門さんの手が触れる。 「・・・・・でも、少しときめいてただろ?俺に・・・・・・」 「な・・・・・・」 「・・・・・答え合わせ、するか?」 相変わらずあたしの頬に手を添えたままの西門さん。 あたしの胸はずっと、どきどきと落ち着かない。 「なんのこと?」 「まだ、はっきりと言ってなかっただろ?俺が出した問題の答え」 「それは、だって・・・・・」 「あのまま諦めても良かったけど・・・・・せめて俺の気持ちくらい、はっきりと伝えておきたいと思ったんだ」 真っ直ぐにあたしを見つめる、西門さんの瞳。 力づくで、拒もうと思えば拒めたかもしれない。 だけど、なぜだかこのときのあたしにはそれができなくて・・・・・。
「好きだ・・・・・・」
その言葉を頭で理解するのと、西門さんの唇があたしの唇に重ねられるのと、ほぼ同時だったかもしれない・・・・・。
気付くとあたしは、西門さんの腕にしっかり抱きしめられ、深く口付けられていたのだった・・・・・。
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