***導火線 vol.21 〜類総つく〜***



 -tsukushi-

 音を立てないように、そっと扉を開ける。

 と―――

 「牧野?どこ行ってたの?」
 ベッドに、半身を起こして類がこちらを見ていた。
「類、起きてたの?」
「少し前に目が覚めた。隣見たら、牧野がいないから・・・・・どこ行ってたの?」
 そう聞かれて、あたしは一瞬躊躇した。
 変に誤解されたくはないけれど・・・・・
 でも、隠し事をすれば、きっと類のことだ、気付いてしまう気がした・・・・・。
「牧野?どうかした?」
「あ、うん・・・・・ちょっと屋上に・・・・・」
「屋上?何で?」
「あの・・・・・なんか目が覚めちゃって。で、起きたら廊下で話し声がしたから出てみたら、西門さんが携帯で誰かと話してて・・・・・」
「総二郎?」
 類が一瞬顔を顰める。
「うん。で、その・・・・・話をしてたんだけど、ここで話してたら類を起こしちゃうと思って、屋上に・・・・・」
「・・・・・牧野、こっち来て」
 言われて、あたしは類の傍へ行った。
 類に手を引かれ、ベッドに腰掛ける。
「総二郎と屋上で、何話してたの?」
「それは・・・・・」
 どう言ったらいいんだろう。
 もしかしたらだけど、類はきっと西門さんの気持ちに気付いてる。
 でも・・・・・
 黙ってしまったあたしをじっと見つめる類。
 そして、そのままあたしの肩を抱き寄せ、額に優しくキスをしてくれた。
「・・・・・なんとなく、わかった。言いたくいなければ、言わなくていいよ」
 優しい声が、耳元に響く。
「・・・・・類はずっと・・・・・知ってた・・・・・?」
「・・・・・うん」
「そっか・・・・・」
 それから暫く、あたしたちは何も言わずにただ寄り添っていた。
 時折、類の手が優しくあたしの髪を撫で、暖かいキスを落としてくれる。
 それが気持ちよくて、ちょっとくすぐったくて・・・・・。
 あたしはそっと、目を閉じた。

 ―――西門さんは、まだ屋上にいるのかな・・・・・
 まだまだ寒いから、いつまでもあそこにいたら風邪を引いてしまいそう。
 早く部屋に戻ってくれるといいな・・・・・

 屋上で見た、ちょっと切なげな瞳の西門さんが、頭から離れなかった。
 今まで、どんな思いであたしと類のことを見ていたんだろう・・・・・
 
 西門さんの気持ちは、素直に嬉しいと思った。
 だけど、それ以上は・・・・・
 そっと見上げれば、あたしを見つめる薄茶色のビー玉のような瞳に出会う。
 ずっと、大好きだった人。
 今までも、きっとこれからも・・・・・。

 西門さんがそれ以下だとか、そういうことじゃなくて。
 
 あたしの類に対する気持ちは、きっとずっと変わらないものだって思えるから・・・・・。

 だけど、西門さんに対しての気持ちはどうだろう?
 
 最初は、単なる女たらしだと思ってた。
 顔が良くて、家柄が良いだけの、お坊ちゃんだと。
 何の苦労もしたことのない、いけすかない奴だって、そう思ってた。

 だけど、今は。
 
 ポーカーフェイスがうまくて、口がうまくて。
 でも本当はすごく真面目で、優しくて。
 それから最近は、傍にいるとどこか安心感を与えてくれるような、そんな暖かさを感じてた・・・・・。
 
 この気持ちが、これからも変わっていくことがあるんだろうか。

 それは、今のあたしにはわからなかった・・・・・。


 翌日、あたしたちは昼過ぎにそれぞれの車に乗り帰ることになった。

 西門さんも類も、表面上はいつもとどこも変わることなく・・・・
 ただ、車に乗る直前、美作さんがあたしに耳打ちをした。
「おまえら、何かあっただろ。頼むから、ここで修羅場はやめてくれよ。帰ってからなら相談乗るぜ」
 人に気を使う美作さんらしい言い方で、思わず苦笑した。
 
 これからどうなるかなんてわからないけど・・・・・
 でも、とりあえず今は類の態度が変わるということもなかったのだった・・・・・。

 
 「絶対ダメ」
 類が憮然とした表情できっぱりと告げる。
 その隣であたしは類と西門さんの顔を交互に見る。
「言われると思ったけどよ・・・・・。けど俺もここは引き下がるわけにいかねえんだって。1日だけでいいんだ。牧野を、俺に貸してくれ」
「牧野はものじゃないよ。大体、見合いを断るために牧野を恋人として紹介するなんて・・・・・。そんなこと、許せるわけないし、1日で解決する話とも思えないよ」
 西門さんを睨みつける類。
 その類の視線を受け止める西門さん。
「・・・・・わかった。じゃあ約束してやるよ。これが最後だ。この件が片付いたら、俺は牧野を諦める。それならいいだろ?」
 その西門さんの言葉に、類がちょっと目を見開いた。
「諦める・・・・・?本当に?」
「ああ。だから、今回だけは牧野を貸してくれ。俺はまだ結婚する気にはなれない。大学を卒業するまでは、そんなことは考えたくねえ。だから・・・・・俺の隣にいてくれるだけでいいから、頼む」
 そう言ってあたしを見つめる西門さん。
 その瞳は真剣で・・・・・でも、その真意まで読み取ることはできなかった。
「・・・・・牧野、どうする?」
 類の言葉に、あたしはちょっと考え・・・・・
「いいよ、協力する。今回だけ、なんでしょ?だったら・・・・・西門さんにはいつも助けられてるもん。このくらい、どうってことないよ」
 そう言って、笑って頷いたのだった・・・・・。








  

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