-tsukushi-
音を立てないように、そっと扉を開ける。
と―――
「牧野?どこ行ってたの?」 ベッドに、半身を起こして類がこちらを見ていた。 「類、起きてたの?」 「少し前に目が覚めた。隣見たら、牧野がいないから・・・・・どこ行ってたの?」 そう聞かれて、あたしは一瞬躊躇した。 変に誤解されたくはないけれど・・・・・ でも、隠し事をすれば、きっと類のことだ、気付いてしまう気がした・・・・・。 「牧野?どうかした?」 「あ、うん・・・・・ちょっと屋上に・・・・・」 「屋上?何で?」 「あの・・・・・なんか目が覚めちゃって。で、起きたら廊下で話し声がしたから出てみたら、西門さんが携帯で誰かと話してて・・・・・」 「総二郎?」 類が一瞬顔を顰める。 「うん。で、その・・・・・話をしてたんだけど、ここで話してたら類を起こしちゃうと思って、屋上に・・・・・」 「・・・・・牧野、こっち来て」 言われて、あたしは類の傍へ行った。 類に手を引かれ、ベッドに腰掛ける。 「総二郎と屋上で、何話してたの?」 「それは・・・・・」 どう言ったらいいんだろう。 もしかしたらだけど、類はきっと西門さんの気持ちに気付いてる。 でも・・・・・ 黙ってしまったあたしをじっと見つめる類。 そして、そのままあたしの肩を抱き寄せ、額に優しくキスをしてくれた。 「・・・・・なんとなく、わかった。言いたくいなければ、言わなくていいよ」 優しい声が、耳元に響く。 「・・・・・類はずっと・・・・・知ってた・・・・・?」 「・・・・・うん」 「そっか・・・・・」 それから暫く、あたしたちは何も言わずにただ寄り添っていた。 時折、類の手が優しくあたしの髪を撫で、暖かいキスを落としてくれる。 それが気持ちよくて、ちょっとくすぐったくて・・・・・。 あたしはそっと、目を閉じた。
―――西門さんは、まだ屋上にいるのかな・・・・・ まだまだ寒いから、いつまでもあそこにいたら風邪を引いてしまいそう。 早く部屋に戻ってくれるといいな・・・・・
屋上で見た、ちょっと切なげな瞳の西門さんが、頭から離れなかった。 今まで、どんな思いであたしと類のことを見ていたんだろう・・・・・ 西門さんの気持ちは、素直に嬉しいと思った。 だけど、それ以上は・・・・・ そっと見上げれば、あたしを見つめる薄茶色のビー玉のような瞳に出会う。 ずっと、大好きだった人。 今までも、きっとこれからも・・・・・。
西門さんがそれ以下だとか、そういうことじゃなくて。 あたしの類に対する気持ちは、きっとずっと変わらないものだって思えるから・・・・・。
だけど、西門さんに対しての気持ちはどうだろう? 最初は、単なる女たらしだと思ってた。 顔が良くて、家柄が良いだけの、お坊ちゃんだと。 何の苦労もしたことのない、いけすかない奴だって、そう思ってた。
だけど、今は。 ポーカーフェイスがうまくて、口がうまくて。 でも本当はすごく真面目で、優しくて。 それから最近は、傍にいるとどこか安心感を与えてくれるような、そんな暖かさを感じてた・・・・・。 この気持ちが、これからも変わっていくことがあるんだろうか。
それは、今のあたしにはわからなかった・・・・・。
翌日、あたしたちは昼過ぎにそれぞれの車に乗り帰ることになった。
西門さんも類も、表面上はいつもとどこも変わることなく・・・・ ただ、車に乗る直前、美作さんがあたしに耳打ちをした。 「おまえら、何かあっただろ。頼むから、ここで修羅場はやめてくれよ。帰ってからなら相談乗るぜ」 人に気を使う美作さんらしい言い方で、思わず苦笑した。 これからどうなるかなんてわからないけど・・・・・ でも、とりあえず今は類の態度が変わるということもなかったのだった・・・・・。
「絶対ダメ」 類が憮然とした表情できっぱりと告げる。 その隣であたしは類と西門さんの顔を交互に見る。 「言われると思ったけどよ・・・・・。けど俺もここは引き下がるわけにいかねえんだって。1日だけでいいんだ。牧野を、俺に貸してくれ」 「牧野はものじゃないよ。大体、見合いを断るために牧野を恋人として紹介するなんて・・・・・。そんなこと、許せるわけないし、1日で解決する話とも思えないよ」 西門さんを睨みつける類。 その類の視線を受け止める西門さん。 「・・・・・わかった。じゃあ約束してやるよ。これが最後だ。この件が片付いたら、俺は牧野を諦める。それならいいだろ?」 その西門さんの言葉に、類がちょっと目を見開いた。 「諦める・・・・・?本当に?」 「ああ。だから、今回だけは牧野を貸してくれ。俺はまだ結婚する気にはなれない。大学を卒業するまでは、そんなことは考えたくねえ。だから・・・・・俺の隣にいてくれるだけでいいから、頼む」 そう言ってあたしを見つめる西門さん。 その瞳は真剣で・・・・・でも、その真意まで読み取ることはできなかった。 「・・・・・牧野、どうする?」 類の言葉に、あたしはちょっと考え・・・・・ 「いいよ、協力する。今回だけ、なんでしょ?だったら・・・・・西門さんにはいつも助けられてるもん。このくらい、どうってことないよ」 そう言って、笑って頷いたのだった・・・・・。
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