***夢のあと vol.9 〜類つく〜***



 
 「まあでも、実際類が帰ってきて正解だったよな」

 途中、類が会社からかかってきた電話で席を外すと、総二郎がそう言った。
「正解って?」
「もしそのまま流されてあの東野と結婚してたら、お前絶対後悔してたと思うぜ。そう思わねえ?」
 総二郎の言葉に、つくしはぐっと詰まり―――
「でも、あたしだって結婚となれば慎重に―――」
「そうか?意外と流されやすかったんだなって思ったけどな、あいつと付き合い始めた時は。もっとも・・・・・それくらいお前が凹んでたんだって思えば納得もできるけどな」
「なによ、それ」
「気持ちが離れて別れることになったとはいえ、4年も司を待ってたんだ。そんだけ思い入れも深かったはず―――。違うか?それで、別れたからってすっぱり忘れられるってもんでもないだろうが」
 からかうような口調ではない。
 真剣な眼差しでつくしを見つめる総二郎に、つくしは何も言えなかった。
 なんだかんだ言っても、自分と司のことをずっと見守ってきてくれたのだ。
 司の気持ちも、つくしの気持ちもよくわかっているのだろう・・・・・。
「本当は、ちゃんと会って話を聞いてやりたかった。類もあきらも海外だし、優紀ちゃんも結婚して北海道だろ?滋や桜子も海外に行っちまった。お前1人で―――気持ちを持て余してるんじゃねえかと思ってた」
 総二郎の瞳が、優しくなる。
「けど―――。お前に対する気持ちが司や類と違うとは言っても俺がお前と会うことに、類はいい顔しねえからな。それに、お前を慰める役は類の奴にやらせてやりたかったし。これでも結構耐えてたんだぜ」
「何それ」
 総二郎の言葉に、つくしはちょっと笑った。
「ホントに・・・・あいつは、いつもお前の心配ばかりしてたよ。呆れるの通り越して、感心するくらい。仕事だって相当大変だったはずなのに。あいつがそこまで執着するのは、お前が初めてだぜ」
「―――静さんは?」
「静はまた別。あれは、恋してたんじゃなくて単なる憧れだろ。それに気付かせてやったのもお前だ。あの頃から―――類はお前だけを見てた。―――知ってるか?類がテーブル席に移ろうって言った理由」
 急にくすくすと笑いだした総二郎に、つくしは首を傾げた。
「知らない。何で?」
「俺と、お前が隣に座るのが嫌だったんだよ」
 言われた言葉に、つくしは目を瞬かせた。
「は?」
「あの場合、当然お前が真ん中になるだろ?俺とおまえが隣に座ることになれば、肩が触れることだってある。類は、他の男がお前に触れるのが許せねえんだよ」
「そんなこと―――」
「だから、お前に彼氏ができたっつっても、俺がお前に会うことは許さなかった。このままあの教師と結婚してもいいのかって言ったら、『俺が帰るから、総二郎は何もしないで、様子だけ見てて』って言ったんだぜ。相当だろ?しょうがねえから言うこと聞いてやったけど―――こうして帰ってくればそれも解禁。2人きりじゃなきゃいいんだったら、3人で会わせろって言ったんだよ」

 ―――そうか。だから・・・・・

 つくしは、総二郎から電話がかかってきたときの類の様子を思い浮かべた。

 不貞腐れたような、納得いかないような顔をしていた。

 あれは、総二郎に負い目があると思っていたから。
 自分がいない間、ずっと自分の代わりにつくしのことを見守っていた総二郎の言うことを、聞かないわけにはいかないと思っていたのか・・・・・。

 「笑えるだろ?あいつ、相当嫉妬深いぜ。けど―――お前に関しちゃあいつくらい真剣に思ってるやつもいねえ。くっついちまえよ」
「か、簡単に言わないでよ。だ、だいたい、嫉妬深いって―――」
「試してみるか?」
「え?」
 目をぱちくりさせるつくしの手を、総二郎の両手が掴む。
 不思議に思っていると、総二郎はそのままつくしの手を引き寄せ、唇を寄せるとそっと指先にキスを落とした・・・・・。

 「な―――!」
 驚いて手を離そうとしたその時。
 突然つくしのもう片方の腕がグイっと引っ張られて、つくしは席を立たされた。
「花沢類・・・・・」
 そこには、むっと顔をしかめた類が総二郎を睨みつけて立っていた。
「―――総二郎」
 怒気を含んだ類の声に、総二郎は両手を上げておどけて見せた。
「冗談だって。今までずっと見てきたご褒美だと思えよ、な?」
「ご褒美なら、俺が考えるよ。牧野には触んないで」
 そう言うと、類はくるりと総二郎に背中を向け、入り口に向かって歩き出した。
 つくしは呆気に取られ、類に引っ張られるように入り口に向かったが―――

 総二郎の方を振り向くと、総二郎は楽しそうに笑いながら、つくしにウィンクして見せたのだった・・・・・。


 「隙、あり過ぎ」

 店を出て、夜の道をつくしの手を掴んだまま歩きながら、類がそう言った。

 後ろ姿だったが、その声からも類が怒っていることが伝わってきた。
「あ、あれは、西門さんがふざけただけだよ」
「それでも、嫌だ」

 駄々っ子のような類の言葉に、つくしは驚きを隠せずにいた。

 ―――本当に、嫉妬してる・・・・・?

 「ねえ、早すぎるよ、類。もう少しゆっくり歩いて」
 アルコールを飲んだ後にハイペースで歩かされ、つくしは足をもつらせそうになった。

 ぴたりと、類の足が止まる。

 振り向いた類の瞳が、切なげにつくしを見つめていて、思わず胸が高鳴る。
「―――もう、限界なんだ」
「え?何が?歩くの―――」
 つくしの言葉を遮るように、類の腕がつくしの体を引き寄せ―――

 あっと思う間もなく、唇が重ねられた。

 まだ人目もあるということなど、類の頭の中にはなかった。

 いや、最初から人目なんか気にしていなかった。

 ただ、つくしが愛しくて―――

 貪るように、熱い口付けを与えたのだった・・・・・。





  

お気に召しましたらクリックしていってくださいね♪