***夢のあと vol.8 〜類つく〜***



 
 「お、来たな」

 バーに入ると、カウンターに座ってグラスを傾けていた総二郎がにやりと笑って言った。

 久しぶりに会う総二郎は、ますます艶っぽさが増したように見えた。

 「西門さん、久しぶり」
 つくしの言葉に、総二郎は笑みを深くする。
「ああ。1年以上会ってねえもんなあ。けど噂はいろいろ聞いてるぜ。牧野先生」
 からかうような眼差しに、つくしはぷうっと膨れる。
「やめてよ、そういう言い方」
「はいはい。とりあえず2人とも座れば?」
 その言葉に、類がちらりと店内を見渡す。
「いいけど―――テーブルに移動しない?」
 類の言葉に、総二郎はすぐにその意味を察し、にやりと笑った。
「はいよ。まったく、お前も相当だよな」
 そう言いながら席を移動する総二郎。
 つくしも2人に従いながら―――
 席を移動した意味がわからず、首を傾げる。

 4人がけのテーブルにつくしと類が並んで座り、総二郎はその向かい側に座る。

 類とつくしがオーダーを済ませると、総二郎が待ちきれない、とばかりに口を開く。
「で、どうなったわけ?彼氏とは別れた?つくしちゃん」
「え―――西門さん、あたしの彼のこと知ってるの?」
「当たり前。俺は何でも知ってるぜ」
「何それ―――。別れたっていうか・・・・・プ、プロポーズはお断りしたよ」
「は?なんだよそれ。プロポーズは断っといて、まだ付き合いは続けるつもり?」
「だって―――」
「やめた方がいいよ」
 総二郎とつくしの会話に、類が割って入る。
「牧野には、合ってない」
「って―――なんで花沢類がそんなことわかるの」
 むっとしてそう言うつくしを、類が冷静に見返す。
「言っただろ?俺は、牧野よりも牧野のことわかってる。あいつと付き合ってたってどうにもならないよ。早く別れた方がいい」
「ま、俺もそう思うけど―――」
 総二郎が苦笑しながら言う。
「牧野、お前が知らないこと1つ、教えといてやるよ」
「え?」
「お前の彼氏―――あの東野ってやつ、高校生の時に担任の若い女教師をストーカーして、事件起こしたことがあるんだよ」
「事件?」
 つくしは目を丸くした。  

 ―――東野先生が?

 東野は、つくしの知っている限りとても穏やかでまじめな青年だった。
 今日のような東野は、初めて見る姿でつくしも驚いてはいたけれど―――。

 「よっぽど思いつめてたんだろうな。その教師の1人暮らししてるマンションまで押しかけて、レイプしようとしたんだ。幸い、その教師の婚約者が来て未遂に終わったけど―――。その後、女教師の婚約者が訴えようとしたんだけど女教師の方がそれを止めて和解したんだ。東野はその後転校してる」
「―――どうして、そんなこと西門さんが・・・・・」
「いろんな情報筋があるんだよ。それ以外にも、そいつはストーカーまがいのことを何度かやってる。見た目優しそうだし、爽やかな雰囲気だからみんな最初は騙されんだよ。特に牧野みたいなやつは騙されやすい」
「なに、それ」
「お人好しで、無防備だってことだよ」
 口を挟む類に、つくしはまたむっと視線を向ける。
「無防備?あたしが?」
「そうだろ?―――帰ってきてよかった。俺が来なかったら、そのまま流されて結婚してたんじゃないの?」
 類の言葉にうっと詰まる。
 それは自分でも、否定できない気がしたけれど・・・・・。
 と、総二郎がくすくすと笑いだす。
「ったく、大変だったんだぜ。類がフランスに行ってる間、とにかく牧野から目を離すな、でも絶対2人きりでは会うなって釘さされて」
「ええ?」

 ―――何それ?

 初めて聞く話に、つくしは目を丸くする。
「司と付き合ってる間は、それでも遠慮してたんだろうけど―――。司と別れてからは、毎日のようにメールで牧野の様子を聞いてきやがる。就職先のこと、職場の様子、生徒に変なのはいないのかとか―――そりゃもう、細かいったらねえよ。で、俺が牧野と会うことは許さねえくせに彼氏ができた途端『別れさせろ』とか言うし。無理だろ、それ」
 クックッと笑う総二郎を、類が決まり悪そうに睨む。

 つくしはしばらく口をポカンと開けたまま固まっていたが―――

 「―――何それ!何でそんな―――監視してたの!?」
「心配だったんだろ?あと2年はフランスのはずだったのに、牧野に彼氏ができたって知った途端どうやって画策したのか1ヶ月で帰国しやがった。まったく、普段ぼんやりしてるくせに牧野が絡んだ時のお前の行動力には驚かされるよ」
 総二郎の言葉に、類は肩をすくめる。
「牧野は、放っておくとすぐトラブルに巻き込まれたりするから」
「ちょっと、何それ。だいたい、そんな風に監視されてたなんて全然知らなかった。何でそんなことするの!」
 かっかしてそう声を荒げるつくしを、類は変わらず穏やかな瞳で見つめた。

 「好きだから」

 ストレートな、はっきりとしたその言葉に、つくしは一瞬何も言えなくなる。
 目の前の総二郎が、頬づえをついてつくしを見た。
「類の気持ちはお前が一番よく知ってるだろ?言っとくけど、こいつも好きなものに対する執着はそれこそストーカー並みだからな。簡単に逃げられると思うなよ?」

 脅しにも近い言葉を投げかけられて。

 蛇に睨まれた蛙のような気持にもなるつくしだった・・・・・。





  

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