目の前の東野は、じっとりと絡みつくような瞳でつくしを見つめていた。
つくしの背中を、冷や汗が伝い落ちる。
―――どうしよう。
そう思った時だった。
「その手を、離せよ」
いつの間にか、テーブルの横に立っていた人物が、東野の腕を掴んだ。
「って!」
東野の顔が痛みに歪む。
つくしが驚いて見上げると、そこには冷たく東野を見下ろす類が立っていた・・・・・。
「びっくりした。まさか、あそこに現れるなんて」
類の車で送ってもらいながら、つくしはそう言った。
「―――迷惑だった?」
類の言葉に、首を振る。
「ううん・・・・・。東野先生には、本当に悪いことしてしまったけど・・・・・」
突然現れた花沢類にぎょっとする東野。
それでも、意地でもあるのか類をキッと睨みつけ
「僕はつくしさんの恋人だ。君は、ただの友達だろう。黙っててくれないか」
と言い放った。
が、類は東野を一瞥し、
「牧野、行くよ」
と言ってつくしの手を引き、席を立たせた。
「る、類―――」
「ちょっと待てよ!まだ話は―――!」
「今、聞いただろ?彼女はあんたとは結婚しない。それで話は終わりだ。牧野は、あんたのものにはならない。あきらめな」
顔を真っ赤にして怒りに体を震わせる東野を残し。
類とつくしは店を出たのだった・・・・・。
「おとなしく、見てるつもりだったんだ。ちゃんと別れ話くらいさせてやろうと思って。だけど、あの男が牧野の手をつかんだから―――」
東野がつくしの手を掴むの見て、咄嗟に体が動いてしまった。
他の男が、つくしに触れるのを黙って見ていることができなかった。
結果的に、東野を怒らせてしまったけれど・・・・・
「あれは・・・・・あたしが悪いから。東野先生が怒ってもしょうがないよ。明日―――ちゃんと、謝るから。花沢類は、心配しないで」
「そう言われても、心配。あの男が、あれですんなり牧野を諦めるとも思えないし。もし何かされたら俺に必ず言って。なんだったら、ほかの学校に転任しても―――」
「そんなこと、できないよ。―――大丈夫。東野先生は悪い人じゃないから―――話せばきっとわかってくれる」
そう言って笑うつくしを、類は複雑な思いで見つめた。
相変わらず、わかっているようでわかっていない、鈍感でお人好しなつくし。
類が、ただ心配しているだけではないということも気づいてはいないのだろう・・・・・。
その時、類の胸ポケットに入っていた携帯が着信を告げた。
車を路肩に寄せて止まる。
画面を見て、その相手に軽く息をつく類。
それを見て―――
「あの―――あたし、ここで降りるよ」
自分がいると話しにくいのかと思いそう言えば、ドキッとするほど素早い動きで、類がつくしの手を掴んだ。
「だめ、まだいて」
「でも―――」
「いいから―――もしもし」
つくしの手を掴んだまま電話に出る類。
つくしは仕方なくそのまま座っていたが―――
「―――今日?わかった。―――わかってるよ」
なんとなく、気が乗らないといったような表情の類に、つくしは首を傾げる。
話し方からみても、仕事の相手ではなさそうだけど・・・・・・。
電話を切ると、類はつくしのほうに向き直り、口を開いた。
「今日、またあのバーに付き合ってくれる?」
「え―――?」
「総二郎が―――牧野を連れて来いって」
不貞腐れ気味でそう言う類の、まるで駄々っ子のような表情に、つくしは目を瞬かせたのだった・・・・・。
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