***夢のあと vol.6 〜類つく〜***



 
 「―――参った」

 つくしは非常階段の手すりにもたれ、盛大なため息をついた。

 結局土曜日は類に家まで送ってもらい、日曜日もほとんど家から出ることなく過ごしたつくし。

 東野から携帯に何度も着信があったけれど、出る気にはなれなかった。

 「牧野の本心知ったからには、俺も遠慮なんてしないから。彼氏の存在なんて俺には関係ないから、覚悟しといて」

 ―――その宣戦布告は何?

 頭がガンガンして、うまく反論することもできなかった。

 ―――あたし、本当にあんなこと言ったの?

 『―――花沢類が好きだって。ずっと―――忘れられなかったって―――』

 類に聞かされて―――

 「そんなこと言ってない!」と慌てて反論しても、類には相手にされず。
 「酔っ払いの戯言だよ」と言っても、「酔ってるからこそ本心が出るものでしょ」と言われ・・・・・。

 類のことは好き。忘れるはずもないし、ずっと会いたいとは思っていた。
 だけど、それはそういう意味ではなくて―――
 だったらどういう意味?
 自問自答して、また頭痛がしてくる。

 「あー、もう、わけわかんない」
 頭をかきむしり、やけくそ気味に叫んだところで、後ろに人の気配が。
「牧野先生、大丈夫?」
 振り向けば、そこには東野が立っていた。
 朝から、何となく避けてしまっていた。
 ここにいることは、すぐにばれてしまうのに―――
「あ―――あの、金曜日はごめんなさい。失礼なこと―――」
「いや―――。あれ、花沢類さん、だよね。F4の1人」
「はい。あの、フランスから帰ってきたこと、あたし知らなくて―――その、久しぶりで―――」
 どういいわけしたらいいのかわからなくて、つい早口になってしまう。
「うん、仲良かったんだよね。びっくりしたけど・・・・・初めてあんな間近で見て、ちょっと感激したな。すごい美形なんだね」
「そ、そうですね・・・・・」
「一瞬、二股かけられてるのかと思ったけど―――確か、牧野先生が付き合ってたのは道明寺司の方だったと思って。彼とは――――仲がいいだけ、だよね?」
 確認するように顔を覗きこまれて。

 つくしは一瞬答えに困り、目をそらせてしまった。

 「牧野先生?」
「あの―――そうです。花沢類は、友達で―――なんて言うか、すごく一緒にいて落ち着く人で―――」
 言っていて、つくしは自分の胸をギュッと押えた。

 胸が痛い。

 本当のこと、のはずなのに―――。

 「牧野先生。今日―――放課後、時間ありますか?」
 東野の言葉に、つくしは顔を上げる。
「え?」
「大事な―――とても大事なお話があるんです。いつもの店で、待ってますから。必ず、来てください」
 そう言うと、東野はさっさと非常階段から出て行ってしまう。
「あ、あの―――」
 つくしの手が、虚しく空を彷徨った・・・・・。
 

 学校の最寄りの駅の、学校とは逆側にある小さな喫茶店。

 そこが、いつもつくしと東野が待ち合わせる場所だった。

 生徒たちのほとんどは送迎車での登下校をしているから、駅で生徒と鉢合わせなんてことはまれなのだが、それでも以前のつくしのような一般家庭の生徒がいないわけではないので、会うときはいつも用心していた。

 店の中の窓際の席。
 そこで、コーヒーを飲んでいた東野がつくしに気付き、手を振る。

 「―――ごめんね、呼び出して」
 東野の優しい言葉に、つくしはぎこちない笑顔で首を振った。
「いえ、そんなこと―――。あの、お話って―――」
「うん、あの―――。とりあえず、何か飲んだら」
「あ、はい」
 つくしは、やってきたウェイトレスに紅茶をオーダーした。

 ほどなく紅茶が運ばれてくるまでの間、東野は一言も発さず。

 何となく気まずい空気が2人を包んでいた。

 紅茶が運ばれ、ゆっくりと口にそれを運ぶつくしをじっと見つめながら、ようやく東野は口を開いた。

 「付き合ってまだ1ヶ月だし、こんな話をしてもどうかと思ったんだけど」
「―――はい」
「―――金曜日にF4を見て、少し焦ってしまって」
「え―――」

 「つくしさん」
 いきなり名前で呼ばれ、つくしはぎょっとして東野を見る。

 東野の瞳が熱っぽく、つくしを見つめていた。
「僕と―――結婚してくれませんか」

 『真剣に付き合ってるなら、当然考えてるんじゃない?真面目な人ならなおさら。彼にプロポーズされたらどうするの?』

 類に言われた言葉が、頭に蘇る。

 目の前の東野は、真剣そのものだ。

 いい加減な答えをするわけにはいかない―――。

 ごくりと唾を飲み、つくしは、口を開いた。
「あの―――ごめんなさい、あたしは―――正直、そこまで考えてなかった、です」
「じゃあ、これから考えてもらえないかな。僕は、真剣に君との結婚を考えてる」
「でも―――」
「付き合うとき、好きな人はいないって言ってたよね?F4もただの友達だって。それに、まだ1ヶ月だけど僕たちはうまくいってた。きっと―――これからもうまくいくと思うんだけど」

 東野の言葉は事実だ。

 事実なのだけれど―――

 「―――ごめん、なさい」
「―――どうして?」
「あたし―――浅はかでした。付き合うときに、もっとよく考えるべきだった・・・・・。東野先生のことは、同じ教師としてすごく尊敬してます。でも・・・・・付き合う前も、今も、それ以上には考えられないんです。同僚以上には―――思えない」
 東野の顔色が、さっと青ざめた。
「本当に、ごめんなさい。今まで優しくしてもらっていたのに―――」
「―――F4のせい?」

 東野の声が、突然低いものに変わった。
「え・・・・・?」
「急にそんなこと言いだすのは、F4と会ったからか?」

 目が、怖かった。

 「それは―――違います。あたしは―――」

 突然、東野の手がつくしの手をつかんだ。

 痛みに顔をしかめるほど、強い力。

 「こんなに―――君のことを思ってるのに―――」

 東野の瞳が、異様なほどぎらぎらと光っていた―――。





  

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