***夢のあと vol.39 〜類つく〜***



 
 「名前、どうしようかな。男の子だし、ロッキーとかジョンとかセバスチャン―――」
 つくしの言葉に、類がぷっと吹き出す。
「セバスチャン?どっからその名前出てくんの」
「お前、ネーミングセンスねえなあ」
 総二郎も呆れたように言うので、つくしがぷ―っと頬を膨らませる。
「何よ、じゃあ西門さんはどんな名前付けるの」
「まだ内緒。けど俺のはかっこいいぜ。西門家の犬にふさわしい名前」
 おどけて言う総二郎に、今度はつくしが笑いだす。
「何それ。じゃあさ、センスないって言うんなら類が名前付けてよ。かっこいい名前。花沢家の犬にふさわしい奴」
 つくしの言葉に、類がう〜んと考える。
「―――じゃ、セバスチャン」
「ええ!?」
「お前ら、漫才やってんのかよ?」
 仔犬たちのじゃれあいを見ながら、3人で談笑する。

 そこへ、掛井がいつもの着物姿でやって来た。

 「楽しそうだね。僕はちょっと出かけてくるから、自由にしてて。帰る時はうちのものに一言いってくれればいいから」
「了解」
「行ってらっしゃい」

 掛井の後ろ姿を見送り、見えなくなってしまうとつくしが口を開いた。
「ね、掛井さんて独身だよね?」
 その言葉に、総二郎と類がつくしを見る。
「――そうだけど、なんで?」
 総二郎が答えると、つくしは軽く首を振った。
「ん―ん、深い意味はないんだけどね。優しいし、こないだ見たけどスーツ姿も決まってたしさ、もてそうなのにな、って思ったの。彼女とかいないの?」
「今はいねえと思うよ。昔のことは知らねえけど―――。けどもてることはもてるよ。ただ、ブリーダーなんてやってるし、結婚となるとそういうのもちゃんとわかってる人じゃないとならないし、意外と簡単じゃねえのかもな」
 総二郎の言葉に、つくしも頷いた。
「そっか。素敵なのに、ちょっともったいないね」
 つくしの言葉に、類の眉がピクリと反応し。

 次の瞬間には、グイとつくしの肩を引き寄せ、その唇を奪っていた。

 突然のことにつくしは固まり、総二郎も一瞬目を丸くした。

 「―――浮気防止」
 類の言葉に、はっと我に返る。
「な―――何言ってんのよ!」
「こないだも、岳三と一緒に帰って来たって。油断するとすぐに虫をくっつけてくるから」
「虫って―――!こないだのは、偶然会っただけだって―――西門さん!」
 じろりと総二郎を睨みつけると、総二郎はひょいと肩をすくめた。
「だって俺、お前のお目付け役だし?ちゃんと報告しとかないと、俺だけが文句言われるのは割に合わないし」
「文句って?」
「俺のがあの家にいる時間は長いからな。当然お前といる時間も長くなる。で、類は機嫌が悪くなると。勝手に俺んちに居候決めたくせに」
「俺が決めたわけじゃない。牧野が、お稽古に行くのも便利だしって言うから。それに―――」
「それに、なんだよ?」
 総二郎が促すと、類がため息とともに言った。
「―――総二郎の傍だと、安心するんだって」

 面白くなさそうに言う類。

 総二郎は驚いてつくしを見つめ、つくしはちょっと照れたように目をそらし―――

 嬉しい気持ちは隠しようがなく。

 総二郎はつくしの体を横からぎゅっと抱きしめた。
「わっ!?」
 反対側にいた類が、ぎょっとしてつくしの腕を掴む。
「総二郎!」
「かわいいやつ!やっぱ惜しいから類にやるのやめようかな」
「は?」
「何言ってんだよ!もともと総二郎のじゃないだろ!離れろってば!」
 ぎゅうぎゅうとそれでもつくしを離そうとしない総二郎に、類が噛みつかんばかりの勢いで。
「やだね。わかった、こいつは妹じゃなくて、俺のペット。ずっとかわいがってやるから安心しろ」
「冗談!牧野、離れろよ!」
「そ、そんなこと言ったって―――に、西門さん!ちょっと―――」
 つくしもなんとか総二郎から逃れようとするけれど、その腕の力は緩まず―――

 「離してほしい?」
 にやりと不敵な笑みを浮かべる総二郎に、つくしは危険信号を感じる。
「う・・・・・そりゃ、まあ」
「じゃ、交換条件」
「へ?交換―――」

 つくしが言い終えないうちに。
 総二郎の唇が、つくしの頬に触れた。

 つくしは固まり、類は呆気にとられ―――

 2人がそうしているうちに、総二郎はつくしから離れその場から離れた。

 「俺、先に帰ってるわ。あとは2人でごゆっくり!」

 悪戯な笑みを残し、総二郎は行ってしまい―――

 あとに残されたつくしの背を、冷ややかな汗が流れる。
「――あの、類」
「―――帰ろう」
 つくしの手を取り、歩き出す類。
 類に引っ張られるように、歩き出すつくし。

 明らかに怒っているその背中に、つくしは何も言うことができなかった・・・・・。

 「―――今日は、あの家には帰らない」
 車の中でそう言った類に、つくしは驚いてその顔を見た。
「え、なんで?」
「むかついたから」
「て―――あれは、その―――」
「わかってるよ。総二郎の気持ちも知ってるし、牧野のこともわかってるつもり。だけど、あんな光景見せられたら普通じゃいられない。―――嫉妬深いって思われても、これだけは譲れない」
「類―――」
「今日は―――ホテルに泊まろう」

 その言葉に、つくしも黙って頷いた。

 きっとこれも総二郎の計算の内。

 今日は週末。
 明日は類も仕事がないから、2人でゆっくりすればいい。

 そんな総二郎の計らいに、気付いてながらも素直に喜べない、複雑な心境の類だった・・・・・。





  

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