「似てる?兄貴に?」
瞳を瞬かせる岳三に、つくしはくすくすと笑って頷いた。
「うん。やっぱりそっくりだよ」
「そうかな。なんかあんまり嬉しくないけど」
そう言って頭をかく岳三。
こうして見ると普通の大学生だ。
総二郎が言うような危険な感じはしないのでけれど・・・・・。
でも、さっきの情景を思い出す限りでは、やっぱり男としては油断ならないタイプなんだろうと、つくしは少しだけ岳三から離れた。
気付かない程度、だと思ったのだが、岳三がつくしを見てくすりと笑う。
「―――兄貴に言われた?俺に近づくなって」
その言葉に、つくしはぎくりとする。
「そ―――そうじゃないけど」
「いいよ、ごまかさなくて。今までが今までだからね。聞いたでしょ?俺が兄貴の彼女たちと付き合ってたって」
「―――うん。人のものが欲しくなるって?」
「意識してるわけじゃないんだけどね。昔から兄貴には対抗意識持ってたかもね」
「そうなの?」
「うん。あんだけ何でもできる奴って憎たらしいじゃん。まあ、F4ってそんなのばっかりだけど。昔からそんな奴ら見て来て―――俺もああなりたいって憧れる気持ちと、あんなふうにはなるもんかっていう気持ちが、常にあったよ」
岳三の言葉に、つくしは頷いた。
「なんとなく、わかる。その気持ち。あたしなんか、最初大嫌いだったからね、F4。最初から違ってたのは―――花沢類くらいだった」
「何それ、惚気?」
くすりと笑われ、つくしの頬が赤く染まる。
「い、いや、そういうつもりじゃ―――」
慌てて手を振るつくしに、ますます岳三が笑う。
「はは、牧野さんおもしれー。あの兄貴が興味持つなんてどんな女かと思ったけど――わかる気がするなあ」
「何言ってんの、もう・・・・・」
「自然な感じで、いいよね。―――昔、兄貴の幼馴染の更さんていて―――知ってる?」
「ああ、うん。会ったことあるよ」
「今は京都に嫁に行っちゃったけど―――あの人もすごい超ナチュラルな人でさ、俺結構好きだったんだよな。だけど彼女もやっぱり兄貴が好きで―――俺なんて年下だし、いつ会っても頭撫でられて、子供扱いされてた。それが悔しくて―――いつか絶対兄貴を抜いてやるって思ってたんだけど」
そう言って笑った岳三の顔は、なんだかいつかの総二郎の姿とも重なり、つくしは言葉が出てこなかった。
「けど、彼女が選んだのは兄貴でも、もちろん俺でもなかった。兄貴でも―――手に入れられないものがあるんだなあって思ったよ」
「そりゃ・・・・・西門さんだって人間だもん。できないことだってあるでしょ」
「まあね。それでも―――俺にとっての兄貴って、完全無欠みたいなイメージだったから、意外だったんだ。今回も、そう。牧野さん連れて来た時の兄貴見て、ピンときた」
「何が?」
不思議そうに首を傾げるつくし。
「兄貴の―――ポーカーフェイスを崩せる人だって」
くすくすと、楽しそうに話す岳三。
「あれ、牧野さん?」
と、どこかから声が聞こえ、つくしは驚いてそちらを振り向いた。
「あ―――掛井さん?」
いつか総二郎に紹介してもらった、柴犬のブリーダーだ。
「やあ、久しぶりだね。どうしてるかと思ってたんだ」
にっこりと微笑む掛井は、今日は着物ではなくぴしっとしたスーツ姿だった。
もともと背が高くスタイルもいいので、そういう格好も様になっていてかっこよかった。
「お久しぶりです。すいません、そろそろまた見に行きたいなって思ってたんですけど―――」
「うん。来月には、引き渡しできると思うから―――。こちらは、もしかして総二郎君の―――?」
「あ、はい。西門さんの弟の、岳三くんです。岳三くん、こちら柴犬のブリーダーの掛井さん。西門さんに聞いたことない?」
「ああ、そういや犬飼うって言ってたっけ。初めまして、岳三です」
2人が握手を交わす。
その様子をつくしが見ていると、掛井はちょっと首を傾げ―――
「ふーん・・・・・総二郎君に似てるけど、性格は違うみたいだね。でも、そう意識することはないと思うけど―――」
掛井の言葉に、岳三の表情が微妙に変化したことに、つくしは気付かなかった。
「―――今度、君もお兄さんと一緒に遊びに来たらどうだい?柴犬の仔犬がたくさんいて、楽しいよ」
相変わらず穏やかに微笑む掛井に、岳三は微かに笑みを浮かべながら―――
「どうも―――時間があれば、ぜひ」
と言ったのだった。
掛井と別れ、岳三とともに西門邸へ戻ったつくしを迎えたのは総二郎で―――
2人の姿を見るなり、その顔を強張らせた。
それを見た岳三は両手を上げ、一歩つくしから離れて。
「おっと、怒るなよ、兄貴。帰り道で偶然会っただけ。俺は何もしてないよ。じゃ」
そう言うと、そそくさとその場を去って行く岳三。
その後ろ姿を見送って。
こちらを向き直った総二郎の瞳は、思わずぞっとする程のもので―――
「お前―――俺の話ちゃんと聞いてたか?」
「き、聞いてたよ。さっき岳三くんも言ってたでしょ?偶然会ったんだってば。まさか、顔合わせてそのまま知らん顔ってわけにもいかないでしょ?」
つくしの言葉に、総二郎は溜め息をつく。
「ったく―――。お前には、ほんとひやひやさせられる」
「そんなこと言ったって・・・・・。あ、そう言えば、さっき掛井さんに会ったの」
「え、掛井さん?」
「うん。来月には引き渡せるって―――ね、また見に行ってもいいかな」
「ああ、そうだな―――って、それとこれとは話が別だぞ」
と、途端に総二郎の目が厳しくなる。
「わかってるってば。でも、西門さんの弟だもん、そう悪い人でもないでしょ?」
上目遣いに総二郎を見て、いたずらっぽく微笑む。
何の気なしに言った言葉でも、何となくうれしい気持ちにさせられることがある。
そういうところがつくしのいいところでもあり、総二郎にとっては困ったところでもあるのだけれど。
総二郎は軽く溜め息をつき、つくしの頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「わっ、何?」
「しょうがねえ奴だと思ってよ。あんまり俺を煽るな。これでも自制してるんだから」
「自制??って?」
「なんでもねえよ。今度の日曜あたり―――類も誘って掛井さんとこ行くか」
総二郎のその言葉に、つくしも嬉しそうに微笑んで頷いた。
それを見て、また総二郎は苦笑する。
―――世話の焼ける妹だぜ。
そう思いながら・・・・・。
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