まっすぐに、自分を見つめる総二郎の瞳。
いつもと違う、熱っぽい光を湛えたその瞳に戸惑い、つくしはすぐに動くことができなかった。
「―――なんで、逃げねえの?」
「だって―――西門さん、いつもと違うから・・・・・・」
その言葉に、なぜかがっくりとうなだれる総二郎。
「西門さん?どうしたの?どっか具合悪い?」
心配そうに総二郎の顔を覗き込むつくし。
そんなつくしの仕草にも、総二郎は溜め息をつく。
「っつーか・・・・・気が抜けたわ」
「へ?」
「へ、じゃなくて。お前、俺のこと丸っきり男として見てねえだろ」
総二郎の言葉に、つくしが首を傾げる。
「見てるよ。どう見たって西門さんは男じゃない」
「当たり前だろ!そうじゃなくて―――」
「何怒ってんの?」
意味がわからない、と言ったようにむっと眉を顰めるつくしに。
総二郎は再び溜め息をつき、壁に手をついてうなだれた。
ちょうど、つくしの肩に頭を乗せるような形になる。
「―――ばからしくなってきた。人が真剣に―――」
「真剣に、何?やっぱり何か悩んでるの?」
そう言って総二郎を見つめるつくし。
総二郎はふと顔を上げ、そのまま真正面からつくしを見つめ―――
「ちょっと、試してみていーか?」
「何を?」
「どこまで近づけるか」
「は?」
わけがわからず目を瞬かせるつくしに、顔を近づける総二郎。
緊張感のない中、徐々に近づいてくる総二郎と、目を見開いたままのつくし。
唇が触れるまであと1cm―――というところまで来て。
そこから先、近づくことができず固まる総二郎。
つくしも、少しでも動いたら唇が触れてしまいそうで、動くことができない。
妙な空気のまま、どうしようかと2人固まっていると―――
突然部屋の扉が勢いよく開き、髪を濡らしたままの類が入って来た―――。
「牧野!」
ずんずんとその勢いのままつくしに近づき、総二郎をつくしから引きはがす。
「総二郎、何してんだよ!」
きっと睨みつける類に対し、総二郎は頭を掻きながら肩をすくめる。
「いや―――ちょっと、実験」
「実験?」
「牧野に、どんだけ近づけるか」
「何言ってんだよ?」
むっと顔を顰める類に、つくしが気まずそうに声をかける。
「あの、類、ごめん―――」
「何、ごめんって。俺に謝らなきゃならないようなこと、2人でしてたの?」
じろりと睨まれ、首をすぼめるつくし。
「違くって―――なんか西門さんが、元気なかったから気になって―――」
「だからって、男の部屋に平気で入ったりすんなよ」
「類、そんなに怒るなよ」
割って入る総二郎を、さらに不機嫌に顔を歪め睨みつける類に。
「だから―――牧野にとって、俺は男として意識するような相手じゃないってことだろ」
そう言って苦笑した。
「俺がどんだけ近づいても、驚いたり赤くなったりしたって、怖がったりはしねえんだよ、牧野は。それは、俺のことを信用してるのと、そういう相手として全く意識してないってことだろうが」
その言葉に、類がつくしを見つめた。
「牧野にとって、俺はそういう心配のいらない相手だってことだ。だから2人きりになったって、心配する必要なんかねえんだよ」
そう言って両手を広げると、総二郎はつくしから離れた。
類は総二郎をそれでもじっと見ていたが―――
「―――牧野。お風呂、入ってきなよ」
類の言葉に、つくしはちょっと目を瞬かせると、素直に頷いた。
「うん、じゃ―――」
つくしが出て行き、部屋に2人になった類と総二郎。
しばらく2人とも黙っていたが―――
「―――いつまでそこにいるんだよ。お前も自分の部屋に戻れば」
総二郎の言葉に、類は肩をすくめた。
「行くよ。総二郎の話を聞いたらね」
「俺の話なんかねえよ」
「そう?じゃあ聞くけど、実験て何のため?牧野の気持ちを確認するため?―――だけじゃないよね」
その言葉に―――
総二郎はそっと溜息をつき、類の方を見た。
「―――お前ってやな奴だな」
「総二郎ほどじゃないよ。言っとくけど、俺まだ怒ってるよ」
「怒られるようなこと、してなかったろ。未遂だぜ」
「じゃあ、俺があのとき入ってこなかったらしてた?キス」
しばらくの沈黙の後、総二郎は答えた。
「いや、してなかった―――というより、できなかったな、たぶん」
「それは、なんで?」
「―――ぶっちゃけて言っちまうと、俺は牧野に惚れてるよ」
「―――だと思ってた」
「ま、お前は気付いてんだろうなとは思ってたよ。けど、それと同時に、あいつを仲間として好きだっていう気持ちもすげえ強い。いや、どっちかっつーとそっちの方が大きいかな。だからだよ。―――あいつが、100%俺のこと友達として信用してるんだって思ったら、キスなんてできなかった。仲間としてのあいつを―――なくしたくはないからな」
そう言って穏やかに笑う総二郎を、類は黙って見ていた。
「―――それと、あいつは俺にとって妹みたいなもんだって思ってるよ。恋人とも仲間とも違う存在。あいつの幸せを何より願ってるし、それをずっとそばで見守ってたいと思う。他の誰とも違う―――それは、例え婚約者のお前にも譲れないもんだって、そう思ってる」
静かにそう話す総二郎の瞳は穏やかで、幼馴染の類も見たことがないような優しい表情だった。
「それを―――俺は信じていいってこと?たとえば牧野と総二郎が2人きりでいたとしても」
「ま、そういうことだな。って言っても、牧野の方が俺に惚れるようなことがあれば、また話は別だけど?」
そう言ってにやりと笑う総二郎に。
「冗談。牧野の気持ちを、他に向けさせたりしないよ」
負けじと不敵な笑みを浮かべ、類は言い放ったのだった・・・・・。
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