しばらくの間、総二郎の家へ居候することになったつくしと類。
よく類がそれを許したものだと総二郎は思ったのだが―――。
「俺はホテルでいいんじゃないのって言ったんだけど。牧野が、ホテルは落ち着かないって」
その言葉に、総二郎はちょっと顔をしかめた。
「俺んちだってそう変わらねえだろ?おふくろとかいて、逆に落ち着かねえんじゃねえの?」
「それがそうでもないらしいよ。ここに通うようになってから、総二郎の母親とは何度か会って話してるうちに、意外と仲良くなったって」
「ああ―――そういやおふくろもそんなこと言ってたな。牧野の姿勢がいいって。しっかりしてるし、まじめで教えがいがあるって。あの人がそんな風に人を褒めるのって珍しいと思ってたんだ」
「―――で、しばらく家を出るってこと話したら、うちに来たらって勧められたらしいよ」
「は?おふくろが勧めたのか?俺聞いてねえぞ」
「だろうね。なんか、照れくさいから総二郎には内緒にしてくれって言われたって」
「て、お前言ってんじゃん」
「俺は内緒にしてくれって言われてないし。別に関係ないでしょ」
そう言って肩をすくめる類。
その顔が、やはり少し不機嫌なのに総二郎は小さく溜め息をついた。
「俺に文句言うなよ。俺の知らないとこで2人が話してたんなら、俺にはどうしようもねえ」
「わかってるよ。けど―――妙な話にならないといいと思って」
「妙な話?」
「―――牧野を嫁に欲しいとか、言いださないかと思って」
その言葉に、総二郎はぎょっとしてその目を見開いたのだった・・・・・・。
総二郎の母親の絹江がつくしを気に入っているというのは本当のことのようで、居候だからと食事の支度などを進んで手伝うつくしに関心し、滅多に見せない笑顔を見せて上機嫌だった。
「つくしさんが来てから、なんだか家の中が明るくなったみたい。総二郎も早く帰ってくるようになって・・・・・家族団らんなんて、久しぶりよ」
そう、これには総二郎も驚いていた。
総二郎だけではなく、父親の将一、大学生になって家にいることが少なくなっていた弟の岳三まで一緒に食卓を囲んでいたのだ。
「せっかく類君とその婚約者が来てくださってるというのに、家の主が不在では失礼だからね」
そう言って笑う将一に、ちらりと冷やかすような視線を向ける絹江。
今でも複数の愛人を囲っているような夫に、さすがに息子の親友の婚約者には手を出せないだろうと言ったところか。
「俺は、牧野さんに会ってみたかったから」
そう言ったのは、弟の岳三だ。
総二郎の6歳年下の岳三は今年英徳大学の3年生になった。
総二郎ほどではないものの、やはりそのルックスの良さとフェミニストな性格で多数のガールフレンドと付き合っているようだった。
「F4を虜にした牧野つくしって、今でも語り継がれてるくらいだからね」
にっこりと微笑みつくしを見つめる岳三。
その視線に思わず頬を染めるつくしを類がちらりと横目で見るのを、岳三が面白そうに眺めている。
そしてその光景を、溜め息をつきつつ見ている総二郎。
―――やっぱり、牧野はトラブルメーカーだよな。
と内心思って。
それでもつくしと一緒に暮らせることを喜んでいる自分もいて、その複雑な心中に言葉少なになる総二郎だった。
「なんか、元気ないね」
夜、部屋でぼんやりしていると、いつの間に入ったのか部屋の扉の前に立ち、こちらを見ているつくしがいたのに、総二郎は声も出せないほど驚いた。
「おい、びっくりさせんなよ!いつの間に入った?」
「今だよ。ごめん、ノックしたんだけど返事がなくって・・・・・ドア、空いてたから入ってきちゃった」
つくしの言葉に溜め息をつく。
「わりい、ぼーっとしてて気づかなかった」
「あたしはいいけど―――西門さん、大丈夫?なんか疲れてるみたいだったから気になって」
「疲れてる?俺が?」
「うん。よく溜め息ついてるし・・・・・。今回のこと、結構強引に進めちゃったけど、本当は困ってるのかと思って。あのさ、あたしたちのことは気にしないでいいから、夜遊びとかにも全然行っていいからね」
つくしの言葉に、総二郎はひきつった笑みを浮かべた。
「はは・・・・・あのな、遊びに行きたかったら行くし。そこまでお前らに気ィ使わねえよ。別に疲れてもねえし、気にすんな」
「だって―――食事の時も無口だったし」
「家ではいつもあんなもんだよ。だいたい親とはあんまりしゃべらねえし。弟とも最近はあんまり話してねえから」
「そうなんだ?あ、でも岳三くんって、西門さんとよく似てるよね。西門さんよりは真面目そうな気もするけど」
「てめ―――。あいつには気をつけろ。俺よりも遊んでっから」
「え―?ホント?岳三くんは兄貴には敵わないって言ってたよ?」
その言葉に、総二郎の顔が険しくなる。
「あいつと話したのか?」
「うん、少しね。声も似てるよね。電話で聞いたら間違えそう」
楽しそうに笑うつくしの手を、総二郎の手が掴んだ。
突然手を掴まれ、つくしはきょとんとして総二郎を見上げる。
いつもの総二郎と違う、険しい表情。
「西門さん?どうかした?」
つくしの声に、はっとしてその手を離す総二郎。
「―――岳三となんかあったら、さすがに類が黙ってねえだろ。お前は類の婚約者なんだから、少し気をつけろよ」
少しきつい口調でそう言い放ち、くるりとつくしに背を向ける。
―――やっぱりいつもと違う。
きついことは言っても、いつだってそれはつくしのことを思ってのことで、総二郎の言葉には優しさが隠されていたし、何より人の目を見て話す人なのに。
何かあったんじゃないだろうかと、つい心配してしまうのはつくしのいつもの癖だ。
まさかそれが、自分に起因しているということなど思いもしない。
「―――もう行けよ。あんまり俺の部屋にいると類が心配するだろ」
背を向けたままそう言う総二郎に。
つくしも、つい放っておけなくて口を開く。
「類なら今、お風呂に入ってるから。ねえ、もし何か悩み事とかあるんなら言ってよ。あたしじゃ役に立たないかもしれないけど、話を聞くことくらいはできるよ?」
「―――へえ、相談に乗ってくれるわけ?」
「うん。あたしで力になれるなら―――」
その瞬間。
総二郎が振り向いたかと思うと、つくしの肩を掴み、そのまま壁へとその体を押しつけたのだった。
驚いて目を見開くつくし。
「じゃあ、力になってくれよ」
まっすぐで、真剣な瞳がつくしを見つめていた―――。
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