***夢のあと vol.34 〜類つく〜***



 
 類の誘拐騒ぎもようやく解決し、レイラは『とおる』とともにフランスへ帰り、再び日常が戻った頃。

 類とつくしの結婚に向けての準備は着々と進められていた。

 特に花沢家へと嫁ぐことになるつくしにとっては、仕事とその準備とでまさにめまぐるしいとしか言いようのない日々を過ごしていた。

 そのつくしの、唯一心の休まる時間が類との時間と、週に1回作法として稽古をつけてもらうことになった西門邸で過ごす稽古の後のお茶の時間だった。

 「なんかお前疲れてんなあ。大丈夫かよ?式の日にぶっ倒れたりすんなよ?」
 総二郎の部屋で足を伸ばし疲れ切った様子のつくしを見て、総二郎が呆れたように言う。
「倒れらんないよ。いっそタイムマシンで結婚式後の世界に行きたい」
「なんだそりゃ。普通女って、結婚式に憧れるもんじゃねえの?」
「ん〜、そりゃ、ウェディングドレス着たりとか、そういうのには憧れたりするけどさ。その準備がこんなに大変なものだったなんて―――。当日だって、全然気が抜けそうにないもん。きっとプレッシャーで感動どころじゃないよ」
 大きな溜め息をつくつくしに、総二郎は苦笑する。
「ま、同情はしてやるよ。俺はまだ結婚なんて考えたくねえなあ」
「え―、でも西門さんだってそろそろ、そういう話があるんじゃないの?」
 ちらりと総二郎を見るつくし。
 総二郎は肩をすくめ。
「あるにはあるよ、いろいろな。けど、どうにか理由つけて断ってるところ」
「なんで?」
「まだ結婚したくないからに決まってるだろ?」
「そうだけど―――。でも西門さん、最近遊んだりとかもしてないんでしょ?」
 つくしの言葉に、総二郎がちょっと目を見開いた。
「は?なんでお前知ってんの?」
「こないだね、美作さんから電話があって。その時いろいろ話してる中で美作さんが言ってたの。『総二郎も女遊び止めたし、いよいよ年貢の納め時か』って」
 つくしの話に、総二郎は顔をしかめ不機嫌そうにコーヒーを口にした。
「あのやろ・・・・・。てか、なんであきらがお前に電話すんだよ」
「類に電話してもなかなか通じないからって言ってた。特に用事もないんだけど、こっちの様子聞きたかったみたい」
「だったら、俺に電話してくりゃいいのに」
「あたしの声が聞きたかったんだって」
「はあ!?」
 総二郎が素っ頓狂な声を上げ、つくしがぷっと吹き出した。
「―――っていうのは冗談で、そのときたまたま仕事先で桜子と会ったとかで。わざわざ写メ送ってくれたの。あたしも最初にそれ言われた時にはびっくりして―――なんかドキドキしちゃったけど」
「お前な・・・・・類にチクるぞ」
 総二郎の言葉にけらけら笑いながら『だめ』と首を振るつくしを見つめながら。
 総二郎は内心、少し焦っている自分を感じ動揺していた。

 つくしと再会してからというもの、こうして頻繁に会うようになった。
 もちろん今は稽古のためだし、その前だって仕事で忙しい類の代わりのお目付け役みたいなものだった。
 類とつくしがようやく結婚というところまでこぎつけて、ほっとする気持ちがあるのも本心だけれど。
 それとはまったく別のところで、どこか寂しいような、心にぽっかりと穴があいてしまったような空虚感があるのも事実で。
 女と会うのも煩わしくなり、すべて別れてしまった。

 先日、あきらと電話で話していた時にはあきらにもからかわれた。
「お前、『卒業』みたいに結婚式で牧野掻っ攫ったりすんなよ」
 その言葉に。
 笑えない冗談だと、苦笑していたのだけれど―――。

 そのあきらにさえ自分と知らないところでつくしと話していたのかと思うと、もやもやとした気持ちが湧いてくるのだからこれは重症だと認めざるを得なかった。
 ただ、これが恋愛感情かというとそれとはまた違う気がして。
 それがなんなのかわからなことがまた、総二郎をいらつかせていた・・・・・。


 そんなある日のこと。
 いつものように総二郎の元へ稽古を受けにきたつくしが、とんでもないことを言いだした。
「しばらく、ここに置いてくれない?」
「―――――はあ!?」
 こいつ、頭がおかしくなったのかとつくしのことをまじまじと見つめると。
「あのね、うちのお父さんが今の勤め先でようやく正社員になって。で、社宅に移ることになったんだけど、そこが狭くって。で、どうせあたしはお嫁にいっちゃうんだし、いっそもう家を出ちゃおうかなって」
「出ちゃおうかなって―――だったら行くのは俺んちじゃなくて類のとこだろ?なんで―――」
「それがね、類の家、来週から改修工事することになってて」
「あ―――そういやそんなこと言ってたな。お前が来るのに合わせてガタが来てるとこ全部直すって」
「そうなの。で、類のとこにも行けないから―――」
 そう言われて、総二郎はいよいよ焦っていた。
 つくしと、同じ家で暮らす?
 そんなことしてもしおかしなことになったら―――
「ちょっと待てよ、いくらなんでも俺んちはまずいだろ?」
「なんで?だって、お稽古の時とか便利だし」
「便利とか、そういう問題じゃねえだろ?一応俺だって男で―――」
 その言葉に、つくしはきょとんと首を傾げる。
「問題ないでしょ?だって類も一緒だし」
「だから類も―――って、え?類?」
「その改修工事で類の部屋も直すから、しばらく他の部屋にって言われたんだけど、類がそれならあたしと一緒にホテルにでもいるって。でもホテルなんてもったいないじゃない?あ、もちろんここでお世話になった分はちゃんとお礼を―――」
「あほ、んなこといいよ」
「え―――でも」
「いいから。―――そっか。そうだよな」
 そう言って溜め息をつく総二郎を、つくしは不思議そうに見つめていた。

 総二郎は、微かに赤くなった頬を隠すように、片手で自分の顔を覆った。

 ―――まったく、心臓に悪いぜ。

 そう思いながらも。
 これからの生活に、一抹の不安を抱える総二郎だった・・・・・。





  

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