***夢のあと vol.33 〜類つく〜***



 
 「―――子供の頃の話よ。それにその子と会っていたのは2週間くらいの短い間のこと。そんなことずっと引きずってるわけ―――」
「でも、そうだったの。あのとき、どうしてあなたが日本に来たのかっていう話も聞きました。あなたの会社が一時的に危機状態に陥って、両親は金策に走り回り、精神的に追い詰められていたって。だから、小さなあなたへの影響を考えて日本に住んでいたお婆様の元で暮らせるようにしたって。だけどきっとその時のあなたはそんな事情は知らないから、両親に捨てられたような気持だったんじゃないかってお婆様は言ってました。言葉もわからないような異国の地に1人置いて行かれて―――その男の子と出会うまでは毎日泣いてばかりいたって。だからこそ―――その男の子は特別な存在だったんじゃない?あなたにとって―――」
「―――その子がいなくたって、私の周りにはいつもたくさんの人がいるわ。友達だって、恋人だって―――」
「いいえ、違う」
 ぴしゃりと、つくしが言い放った。
「どんな人たちがあなたの周りにいるのか知らないけど―――。今のあなたを見ていればよくわかる。それはね、友達じゃなくって取り巻きっていうのよ。あなたの家柄とか、容姿に惹かれてくっついてる人たち。そういう人たちを、あたしもたくさん知ってる。だけど本当の友達は、家柄も容姿も関係ない。その男の子だけは―――あなたの家柄も知らない、容姿も関係ない。本当の友達だったんじゃない?」
 つくしは、一歩レイラに近づくと、手紙の束を持ったレイラの手を両手でつかんだ。
「―――その手紙を、よく読んで見ればきっとわかる。本当の友達とか、恋人がどんなものかって。本当に愛してる人だったら、こんなふうに誘拐したり、傷つけようとしたりしない。あなたはただ、自分のプライドのために類と結婚しようとしてる。そんなの―――愛情じゃないよ」

 つくしの瞳から、涙が零れ落ちた。

 「類を、返して。あたしにとって―――かけがえのない人なの」
 射抜くようなつくしの視線に、レイラは怯み―――そして、つくしの手を振り払った。
「―――私に、手に入らないものなんてない―――」
 そう言い放つと、レイラはつくしに背を向け、走り出した。
「レイラ!」
 つくしの声に振り向くこともなく、ただひたすら走った。
 手紙の束を握りしめて―――


 別荘にたどり着いたレイラは、その扉を開け放ち―――固まった。

 類と総二郎が、目の前に立っていた。
 類の手からは手錠が外されていた。

 そして2人の後ろには、粘着テープでぐるぐる巻きにされた秘書や使用人たち―――。
「な―――何を!」
「やり過ぎなんだよ、お嬢様」
 総二郎が言った。
「あんまり俺たちを舐めてもらっちゃ困るな。こんなことして―――ただで済むと思うなよ?」
 ぞっとするほどの、鋭く冷たい視線。
 類もまた、冷たい視線をレイラに向けていた。
「帰らせてもらうよ」
「類!待って、私はあなたを―――」

 「ちょっと待てよ」
 突然後ろから聞こえた低い声に、レイラは弾かれたように振り向いた。
「あんたが話すべき相手はこっち―――そう、牧野に聞いてきた」
 そう言って司がその肩を押しやった人物。
 それは―――

 「レイラ、ちゃん?」
 色白でひょろりと背の高いその男は、懐かしげにレイラを見つめた。
 少し気の弱そうな、それでいて意志の強そうな瞳。
 今でも少年のような、穏やかな笑みを浮かべたその人物に、レイラの瞳が大きく見開かれた。

 レイラの手に、手紙の束が握られているのを見たその男は、嬉しそうに微笑んだ。
「手紙、受け取ってくれたんだね。フランスに帰るって言ってたから、届いてないかもしれないって思ってたんだ。でも、君のこと忘れられなくて―――ずっと、会いたいと思ってたよ」
「私―――わたしは―――」

 「レイラさんも、同じ想いだったと思いますよ」
 そう言ったのは、司の後ろから姿を現したつくしだった。
「そうでしょ?レイラさん」
「―――じゃ、俺たちはもう行くか。あ、わりい。こいつらのテープとってやって。ちょっと痛いと思うけど―――」
 総二郎に言われ、司の後ろに控えていた黒服の男たちが、レイラの使用人たちのテープをはがしにかかったのだった・・・・・。


 「まったく、この俺様を言いように使いやがって」
 迎えに来た車に乗り込み、司がふんぞり返って言った。
「まあまあ、親友の緊急事態だ、しょうがねえだろ?」
 という総二郎の言葉に、さらに眉をしかめる。
「何が!あきらの野郎、『俺はデートで忙しいから』とか言いやがって!あいつの方が近くにいたんだぞ!」
「まあまあ・・・・・ここは道明寺家の力じゃないとって思ったんだろ、あきらも。で、サフォーの方は―――」
「さっき、父親から電話があった。サフォーの会長が娘が勝手なことをして申し訳ないって謝ってたって。今回のことはレイラの独断だったみたいだ。で、うちも今回のことについては仕事のミスってのもあったし、今後こういうことは一切しないって約束で一応和解したみたいだよ」
 類の言葉につくしはホッとして―――
「よかった。もう、こんな騒ぎこれきりにしてもらわなきゃ」
「けど、マスコミ対策もちゃんとしとかねえと学校には行けねえだろ」
「ああ!それがあった!」
「ああ、それなら心配すんな。滋がいいシナリオ考えてっから」
 司の言葉に、つくしたちは顔を見合わせた。
「「「シナリオ―――?」」」


 翌日、スポーツ新聞にある記事が掲載されていた。

 それは、フランスの資産家サフォー家の1人娘、レイラのロマンス。
 幼いころの初恋。
 その想いを温め続け、ようやく再会できた2人。
 その舞台は日本。
 遠目に見れば、雰囲気が何となく類に似ているというので、それを誤解されて仕事で関係のある類とのロマンスが間違って報道されたと―――

 ともすれば相当無理がなくもなかったが、そこは道明寺と花沢の力を持って何とか美談に持ち込むことができたようで。

 騒ぎから1週間後、ようやくつくしは職場復帰することができ。

 このまま結婚までなだれ込むかと思われた時、それは起きたのだった―――。





  

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