***夢のあと vol.31 〜類つく〜***



 
 「花沢は、一体何をやっているの!?まだ牧野つくしとの婚約解消を発表しないじゃない!」

 レイラはいらいらと叫び、爪を噛んだ。
「もう一度、花沢に連絡を!今日中に婚約解消しなければ類が危険だと言いなさい!」
 レイラの言葉に、ひげを生やした背の高い男が部屋を出ていった。

 レイラはいら立っていた。  

 小さなころから手に入らなかったものはない。
 望めば、何でも手に入れられた。
 おもちゃでも、洋服でも、ペットでも、それから人でも―――。

 どんな男だって、レイラはその美貌とお金で虜にしてきた。
 レイラが見つめ、その微笑みを向ければ、誰だってレイラに全てを捧げて来たというのに。

 類だけは、思い通りにならなかった。
 彼が見つめているのは、ただ1人の女性、牧野つくしだ。
 どこにでもいる、一般庶民だ。
 どうしてそんなにも彼女がいいのか―――。

 「―――絶対に、手に入れて見せるわ―――!」

 1人呟いたその時。

 玄関の方でチャイムの鳴る音がした。  

 ―――いったい誰・・・・・?

 もちろんレイラ自身は出ない。
 扉を開け、玄関の様子を窺う。

 使用人の1人が、玄関の扉を開けるのが見えた。
 そこにいたのは、小柄な若い女性。
 長く伸びた黒髪が外の光に反射して輝いていた。

 ―――あれは―――牧野つくし―――?

 ―――どうしてここが―――?

 使用人の男がつくしの言葉に首を振っているのが見える。
 日本語のわからない使用人は、つくしが誰なのかも知らない。
 つくしのことを単なる押し売りか何かと思っているのだろう。
 しばらく見ていると、つくしはバッグの中から手紙のようなものを出し、使用人に渡した。
 使用人はその手紙の差出人を確認し―――

 驚いたようにその手紙とつくしの姿を交互に見比べ―――
 やがて、慌てたようにつくしに待っているように言い、扉を閉めると中へ入って来た。

 レイラの秘書が、すぐに使用人の元へ行く。
 その秘書も、手紙を見て驚いているようだった。

 レイラは扉を開け、そこへ悠々と歩いて行った。
「何事?」
 レイラの声に、秘書は難しい顔で振り向き―――
 黙って持っていた手紙をレイラに差し出したのだった。
 レイラはそれを受け取り―――
 差出人の名前を見て愕然とする。

 ―――サフォー・乃木坂てる子。

 漢字で書かれた名前の後にはサフォー家の紋章。
 これは―――
「―――お婆様・・・・・」
「レイラさま―――」
「―――あなたたちは下がりなさい」
 レイラの言葉に、2人の男はその場を後にした。

 レイラは1人になると、手紙の封を開けた。
 きれいに畳まれた便箋を広げ、そこに書かれていた文章に目を通す。

 そして。

 1つ息をつくと、玄関に向かい、その扉を開けたのだった―――。

 「―――こんにちは」
 つくしが、玄関のポーチに立ち微笑んでいた。
 意志の強い瞳が、レイラを見つめていた。  

 ―――これが、牧野つくし。類の愛する人―――

 「―――よかったら、外に出ませんか?今日はすごくいいお天気で、気持ちいいですよ」
 無邪気に笑うつくしに、レイラは戸惑い―――
 それから、頷いた。

 2人の後からは、レイラのSPが着いて来ていた。
 つくしはちらりとそれを確認し、歩き出した・・・・・。


 海辺まで歩いて行くと、つくしは白い防波堤に上り、腰かけた。
「―――潮の香りがする。気持ちいい―――!」
 両手を広げ、空を仰ぐつくし。
「―――あなたって、子供みたいね」
 レイラはつくしを見上げながら、そう言った。
 つくしが、レイラを見てふっと笑った。
「やっぱり、日本語お上手ですね」
「―――祖母に、教わったのよ。もうずいぶん昔のことだけど―――」
「聞きました。すごく泣き虫で―――すごくかわいい女の子だったって」
 つくしの言葉に、レイラはプイと顔を背けた。
 頬が、微かに赤い。
「昔のことよ。今は―――泣いたりしないわ」
「でしょうね」
「なんのつもり?こんな所へ1人で―――。あなた1人で類を取り戻しに来たの?できっこないのに、そんなこと」
「―――そうでもないと思いますよ」
「類は渡さないわ!」
 きっとつくしを睨みつけるレイラ。
 つくしはレイラの視線を穏やかに受け止める。
「―――お婆さんが言ってました。あなたは本当はとても優しい子なんだって。昔、日本に1人置いて行かれた時―――寂しさからずっと泣いてばかりいたけれど、病気の男の子と出会って、仲良くなっていくうちに笑うようになったって。毎日その男の子の家へ遊びに行って、励ましてあげていたって。自分が宝物にしていたおもちゃも、ないと眠れないと言って離さなかったぬいぐるみも、全部その子にあげたって。病気が治ったら一緒に遊ぶんだと言って、毎晩空を見上げながら星に願い事をしていたって」
「―――昔のことよ。結局その子だって死んでしまって―――」

 3日ほど、風邪をひいて遊びに行けなかった。
 早く会いたくて、その3日間はいてもたってもいられなかったけれど、その子に風邪をうつしたくなくて、早く治そうとおとなしく寝ていた。
 そしてようやく風邪が治って、レイラは朝早く起きてその子の家へと走ったのだ。
 でも―――
 いつものように遊びに行った家は、もぬけの殻だった。

 それから1週間後。
 レイラもフランスへ戻ることになったのだ―――。





  

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