「花沢は、一体何をやっているの!?まだ牧野つくしとの婚約解消を発表しないじゃない!」
レイラはいらいらと叫び、爪を噛んだ。
「もう一度、花沢に連絡を!今日中に婚約解消しなければ類が危険だと言いなさい!」
レイラの言葉に、ひげを生やした背の高い男が部屋を出ていった。
レイラはいら立っていた。
小さなころから手に入らなかったものはない。
望めば、何でも手に入れられた。
おもちゃでも、洋服でも、ペットでも、それから人でも―――。
どんな男だって、レイラはその美貌とお金で虜にしてきた。
レイラが見つめ、その微笑みを向ければ、誰だってレイラに全てを捧げて来たというのに。
類だけは、思い通りにならなかった。
彼が見つめているのは、ただ1人の女性、牧野つくしだ。
どこにでもいる、一般庶民だ。
どうしてそんなにも彼女がいいのか―――。
「―――絶対に、手に入れて見せるわ―――!」
1人呟いたその時。
玄関の方でチャイムの鳴る音がした。
―――いったい誰・・・・・?
もちろんレイラ自身は出ない。
扉を開け、玄関の様子を窺う。
使用人の1人が、玄関の扉を開けるのが見えた。
そこにいたのは、小柄な若い女性。
長く伸びた黒髪が外の光に反射して輝いていた。
―――あれは―――牧野つくし―――?
―――どうしてここが―――?
使用人の男がつくしの言葉に首を振っているのが見える。
日本語のわからない使用人は、つくしが誰なのかも知らない。
つくしのことを単なる押し売りか何かと思っているのだろう。
しばらく見ていると、つくしはバッグの中から手紙のようなものを出し、使用人に渡した。
使用人はその手紙の差出人を確認し―――
驚いたようにその手紙とつくしの姿を交互に見比べ―――
やがて、慌てたようにつくしに待っているように言い、扉を閉めると中へ入って来た。
レイラの秘書が、すぐに使用人の元へ行く。
その秘書も、手紙を見て驚いているようだった。
レイラは扉を開け、そこへ悠々と歩いて行った。
「何事?」
レイラの声に、秘書は難しい顔で振り向き―――
黙って持っていた手紙をレイラに差し出したのだった。
レイラはそれを受け取り―――
差出人の名前を見て愕然とする。
―――サフォー・乃木坂てる子。
漢字で書かれた名前の後にはサフォー家の紋章。
これは―――
「―――お婆様・・・・・」
「レイラさま―――」
「―――あなたたちは下がりなさい」
レイラの言葉に、2人の男はその場を後にした。
レイラは1人になると、手紙の封を開けた。
きれいに畳まれた便箋を広げ、そこに書かれていた文章に目を通す。
そして。
1つ息をつくと、玄関に向かい、その扉を開けたのだった―――。
「―――こんにちは」
つくしが、玄関のポーチに立ち微笑んでいた。
意志の強い瞳が、レイラを見つめていた。
―――これが、牧野つくし。類の愛する人―――
「―――よかったら、外に出ませんか?今日はすごくいいお天気で、気持ちいいですよ」
無邪気に笑うつくしに、レイラは戸惑い―――
それから、頷いた。
2人の後からは、レイラのSPが着いて来ていた。
つくしはちらりとそれを確認し、歩き出した・・・・・。
海辺まで歩いて行くと、つくしは白い防波堤に上り、腰かけた。
「―――潮の香りがする。気持ちいい―――!」
両手を広げ、空を仰ぐつくし。
「―――あなたって、子供みたいね」
レイラはつくしを見上げながら、そう言った。
つくしが、レイラを見てふっと笑った。
「やっぱり、日本語お上手ですね」
「―――祖母に、教わったのよ。もうずいぶん昔のことだけど―――」
「聞きました。すごく泣き虫で―――すごくかわいい女の子だったって」
つくしの言葉に、レイラはプイと顔を背けた。
頬が、微かに赤い。
「昔のことよ。今は―――泣いたりしないわ」
「でしょうね」
「なんのつもり?こんな所へ1人で―――。あなた1人で類を取り戻しに来たの?できっこないのに、そんなこと」
「―――そうでもないと思いますよ」
「類は渡さないわ!」
きっとつくしを睨みつけるレイラ。
つくしはレイラの視線を穏やかに受け止める。
「―――お婆さんが言ってました。あなたは本当はとても優しい子なんだって。昔、日本に1人置いて行かれた時―――寂しさからずっと泣いてばかりいたけれど、病気の男の子と出会って、仲良くなっていくうちに笑うようになったって。毎日その男の子の家へ遊びに行って、励ましてあげていたって。自分が宝物にしていたおもちゃも、ないと眠れないと言って離さなかったぬいぐるみも、全部その子にあげたって。病気が治ったら一緒に遊ぶんだと言って、毎晩空を見上げながら星に願い事をしていたって」
「―――昔のことよ。結局その子だって死んでしまって―――」
3日ほど、風邪をひいて遊びに行けなかった。
早く会いたくて、その3日間はいてもたってもいられなかったけれど、その子に風邪をうつしたくなくて、早く治そうとおとなしく寝ていた。
そしてようやく風邪が治って、レイラは朝早く起きてその子の家へと走ったのだ。
でも―――
いつものように遊びに行った家は、もぬけの殻だった。
それから1週間後。
レイラもフランスへ戻ることになったのだ―――。
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