***夢のあと vol.30 〜類つく〜***



 
 『申し訳ない。すぐにでも飛んでいきたいんだが、こちらの方はひどい嵐で当分フライトできそうにないんだ』

 電話の向こうで、類の父親、亮が申し訳なさそうに言った。
「いえ、そんな―――天候が悪いんですから、仕方ないです」
『ありがとう―――。ところで、君はレイラ・サフォーという女性について、類から何か聞いたことはあるかい?』
「いえ・・・・・」
『そうか―――。彼女については、こちらでもいろいろ調べていたんだ。何しろフランスにいたころからずいぶん類にご執心のようだったのでね。ただ、類にはそんな気はなくて―――むしろ毛嫌いしていたと言ってもいいだろう。例え君との婚約を解消して、私たちが彼女との結婚を認めたとしても類が素直に彼女と結婚するとは思えない。できることなら、類を見つけ出したいんだが―――』
 声だけでも、亮のやるせない気持ちが伝わってくるようだった。
「あの―――あたしに何かできることは―――」
『残念だが、今のところ―――いや、待てよ。―――そうか、確か彼女が―――』
「え?」
『―――牧野さん、これから私が話すことを、よく聞いてほしい』
 亮の声音が微かに変わった。
 つくしの背が、自然と伸びる。
「―――はい」


 その頃類は、葉山にある海辺の別荘の地下に、監禁されていた。

 油断していた気はないのだが、ホテルの駐車場に出たところで突然襲われ、気づいた時には手錠に繋がれ、ここへ連れてこられていたのだ・・・・・。
 手錠には縄がつけられ、部屋の中なら自由に歩き回ることができ、トイレにも行けたが部屋から出ることはできなかった・・・・・。

 かんかんと、階段を下りてくる足音を類はベッドに横になった状態で聞いていた。

 ほどなくして、レイラが扉を開け、現れた。
「類、ご機嫌よう」
 にっこりと微笑むレイラ。
 透き通るほどに白い肌にバラ色の唇、こげ茶色の大きな瞳。赤みがかった茶色い髪の毛はみごとなウェーブを描き背中まで伸びていた。
 類はレイラの方を見ようともせず、手元の本をぱらぱらと捲っていた。
「―――その本、もう読み終わってしまったの?新しい本、持ってこさせましょうか」
「―――必要ない。俺をここから出してくれ」
 レイラの方を見ずに平坦な口調でそう言う類に、レイラの眉がピクリとつりあがる。
「それには、あなたの返事が必要よ。あたしと結婚するっていう、ね。わかってるでしょう?今、あなたの自由はこのわたしが握っているのよ」
 不敵に笑うレイラにも、類の表情は変わらない。
「あんたと結婚はしない。そんなことしたってあんたの欲しいものは手に入らない」
「そんなことないわ。今、私が欲しいのはあなただもの」
「体だけを手に入れたって、意味がない。俺の心は、手に入らない。何度も言ったはずだ。俺が愛してるのは1人だけだと」
 類の言葉に、レイラは唇をかみしめ、拳を握りしめた。
「牧野つくし―――あんな子のどこがいいの!美人でもないし、何も持っていないじゃない。結婚したって花沢にとって何もプラスにならないわ!私なら―――」
「あんたじゃない」
 低い声で、遮られる。
 その声の鋭さに、レイラの体がピクリと震えた。
 類が、ようやくレイラに視線を向けた。
 鋭くて冷たい、まるで氷の刃の様な視線―――。
「たとえ、牧野と結婚できなくても―――俺はあんたとは結婚しないよ、絶対ね―――」
「類―――」
「こんなこと、無駄だよ。あんたにとってもプラスにはならない」
「そんなこと―――わからないわ!私に、手に入れられないものなんてないのよ。あなたの心だって、きっと手に入れて見せるから!」
 そう言い放つと、レイラは踵を返し部屋を出ていったのだった・・・・・。

 手錠に繋がれた縄は、丈夫でそう簡単に切れそうもない。
 携帯も取り上げられ、外界との連絡手段はない。
 が、類は落ち着いていた。
 誘拐はしたものの、レイラに類を傷つける気はないとわかっていたし、きっと外では何らかのアクションを起こしているはずだと信じていた。 
 少なくとも、総二郎やつくしが、何もしないでいるわけがないと踏んでいた。
 ただ心配なのは、やはりつくしのこと。

 じっとしていることが苦手なつくし。
 1人で動き回って、無茶な事をしないでいるといいのだけれど。

 それから、おそらく今総二郎と一緒にいるだろうことも想像に容易く、それも類にとっては心配の種だった。
 今のところ、友達という枠を保っている総二郎だけれど。
 それ以上の気持ちがないとは言い切れないんじゃないかという思いが、類にはあった。
 数多くの女性と付き合っている総二郎だけれど、表面上だけで付き合っているような女とつくしではわけが違う。

 つくしのこととなれば、何をおいても駆けつけること。
 飄々としているようで、つくしの傍にいるときは常に外野に目を光らせていることなど。
 つくしは気付いていないであろう総二郎の行動にも、類はちゃんと気づいていた・・・・・。

 この地下に人が下りてくるのは、食事を持ってくるときか先ほどのように、レイラが1日に数回様子を見に来るくらいだ。
 食事もナイフが使われるようなものではなく、ほとんどが手で食べられるようなものだった。
 逃げ出すための道具になりそうなものは一切なく、たまにスプーンやフォークが添えられている場合でも、プラスティック製の、もろいものだけだった。  

 とりあえず今は、誰かが助けに来るのを待っているしかないのだ。

 類は小さく溜め息をつき、ベッドに横になると、目を閉じたのだった・・・・・。





  

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