メープルホテルのスウィートに連れて行かれたつくし。
広すぎるその部屋にどうしていいかわからずきょろきょろとしていると、総二郎が苦笑して言った。
「少し落ち着けよ。なんか食うか?ルームサービスならとれるぞ」
「いらない。朝ごはん、食べてきたから。それより―――いつまでここにいればいいの?仕事だって、いつまでも休めないのに」
「まあそう焦るなって。とりあえずここにいてくれ。ちょっと出てくるから」
そう言ってさっさと部屋を出ていこうとする総二郎。
「え、ちょっと待ってよ、どこ行くの?」
その問いに、総二郎は振り向きちょっと笑って見せた。
「すぐ戻るから、おとなしくしてな」
まるで駄々っ子をなだめるみたいに、頭を優しく撫でられ。
つくしはそれ以上追及することができなくなってしまった・・・・・。
誰もいない、広すぎる部屋。
ソファーに身を投げ出し、考えるのはやっぱり類のこと。
土曜日に別れたきり、連絡が取れなくなってしまった類。
レイラ・サフォーという女性が現れたんだとしても、なぜ連絡してこないのか。
もしかして、連絡できない状況なんじゃないだろうか・・・・・。
そう考えると居ても立ってもいられない思いだったが、今ここで自分が動いても、きっと類のためにはならない。
あきらや総二郎の言う通り、おとなしく待っているしかないのか―――
しばらくすると、総二郎がノートパソコンを手に戻ってきた。
「類の奴と、何とかして連絡が取れないかと思ったんだが―――どうもまずいことになってるな」
「まずいこと?」
「ああ―――。類の秘書の田村さん、知ってるだろ?」
「うん」
「あの人と連絡が取れた。今―――類は行方不明だ」
その言葉に、つくしの顔色がさっと変わる。
「行方―――不明?」
「ああ。土曜日、あれから類は空港のホテルに泊まっていたレイラに会いに行ったそうだ。で、そこで結婚を迫られ、類はそれを断った。花沢のミスは自分がフォローできるし、サフォーにも傷が残らないよう対処すると約束して、向こうを説得したらしい」
「説得、できたの?それならなんで―――」
「サフォーの方にしてみればそれで充分だったはずなんだ。納得できなかったのはレイラ本人だ。彼女は強引にでも類と結婚する気で来日したんだ。そんなことで納得できるわけがねえ。その後―――類は行方をくらませた」
「田村さんは?一緒だったんじゃないの?」
「それが、そのフォローの件もあって先に会社に帰されたらしいんだ。類は自分の車で帰ると言って―――。で、翌日。類の家に連絡があった。類を無事に帰してほしければ牧野つくしとの婚約を解消しろって」
総二郎の話に、つくしはすぐに言葉が出てこなかった。
「―――それって―――だって、誘拐じゃない!警察に―――」
「警察に言えば類の命はないとさ。それでも黙って相手の言うことに従うほど花沢も馬鹿じゃねえ。類の婚約については両親の承諾もいるし、その両親が帰国するまで待ってくれと言ったんだ。で、相手もそれには渋々従ったんだが―――下手な工作しないよう予防線張ったつもりか、レイラとのロマンスをマスコミに流したんだ」
「婚約解消させて―――」
「その後はもちろん、レイラとの結婚を迫るつもりだろうな」
つくしはしばらくじっと考え込んでいたが―――
「どうして―――あたしには何もしてこないの?」
そう言って、総二郎を見つめた。
「あたしとの婚約を解消させたいなら、類本人を誘拐するよりも、あたしをまずどうにかしようとするのが普通じゃない?なのに、今のところあたしには何もしてきてない。どうして?」
つくしの言葉に、総二郎はにやりと笑い頷いた。
「いいとこに気付いたじゃん。俺らも、それが不思議だった。けど―――たぶん、類本人を誘拐した方が自分たちにとって得だって判断したんじゃねえかって、あきらと話してたんだ」
「どう言う意味?」
つくしが訝しげに首を傾げる。
「結婚を断られるのはこれが初めてじゃない。向こうにいたころも何度もあの手この手で迫って―――それでも類は落ちなかった。言い換えれば、それほどお前のことを思ってたってことだ。そのお前を誘拐したら―――婚約は、解消するかもしれない。お前の身の安全を考えてな。けど、あいつはそれこそどんな手を使ってもお前を救い出すよ。そしてお前を助けた後は―――おそらくサフォーに待ってるのは破滅だ」
「―――そうか。だから・・・・・」
「ああ。お前を第一と考える類じゃなく、花沢を第一と考える類の両親と取引できるよう、類を誘拐したんだ」
つくしは、ぎゅっと両手を合わせ唇をかみしめた。
「―――類の、両親は・・・・・?」
つくしの言葉に、総二郎は首を振った。
「連絡付かねえよ。田村さんによると、今2人はドイツにいるらしい。状況は伝えてるらしいけど、向こうも忙しいから―――」
「忙しいって、だって類が―――!」
「だから落ち着けって―――あ、待て、電話」
バイブの音に気付き、総二郎が胸ポケットから携帯を出す。
「―――はい―――え?―――あ!はい、あの、御無沙汰を―――ええ」
急に姿勢を正し、慌て始める総二郎をつくしは驚いて見つめていたが―――
「―――牧野」
「え、あたし?誰?」
「―――類の、親父さん」
その言葉に。
つくしは知らず、唾をごくりと飲み込んでいた―――。
|