月曜日の朝のことだった。
そろそろ出勤の時間になろうかというところで、つくしの携帯が着信を告げた。
誰かと思えば、総二郎で。
「―――もしもし。どうしたの?こんな朝早く」
『お前、TV見てねえのか』
「あ、今うちのTV故障してて―――何事?」
総二郎の緊迫した声に、つくしは何が起こったのかと一瞬体を緊張させる。
『今から、そっちに行くから』
「え?でも、あたし今から仕事に―――」
『そんな場合じゃねえんだって!すぐつくから、表に出てなるべく人目に付かないようにしとけ!』
「は?どういうこと?西門さ―――」
『説明は後だ!いいな、俺の言う通りにしとけよ!』
そう言うと、電話は切れてしまった。
「―――なんなの、一体」
首を傾げながらも、つくしは総二郎の言う通りにしようと身支度を整え、アパートを出ようとした―――のだが。
玄関を開けた途端、目がくらむほどのフラッシュがたかれ、つくしは思わず固まってしまった。
呆然と立ちすくむつくしに、無数のマイクが付きつけられる。
「牧野さん!婚約者の花沢類さんがフランスで交際していたという女性をご存じですか!」
「有名な資産家のお嬢様だそうですが、類さんから聞いてましたか!?」
「結婚を前提にお付き合いしていたとのことですが、3人の間で話し合いはされたんですか!?」
「牧野さん、今のお気持ちを!!」
矢継ぎ早に降り注がれる質問を、つくしはとてもじゃないがすぐに理解することは不可能で。
動けずにいたところで、いきなり腕をグイっと引っ張られる。
「牧野!!走れ!!」
総二郎だ。
考えている暇はなかった。
つくしはただ引っ張られるままに走り出し、まるで壁のように目前を塞いでいた記者たちの間をすり抜けると、ようやく見えた総二郎の後ろ姿にホッとし、全速力で走りだした。
「そこに車止めてるから、急げ!」
細い路地を抜けたところに見える高級車。
その車目指してつくしは走り続け、後ろから追いかけてくる記者たちを振り向きもせずにその後部座席に乗り込んだのだった・・・・・。
「―――いったい、どういうことなの―――」
ゼーハーと息を整えつつ、つくしはようやく声を絞り出した。
「フランスの資産家とか、結婚を前提に交際してたとか―――何のこと?」
猛スピードで走る車を操作しながら、総二郎が口を開いた。
「俺にもわからねえ。まさかとは思うが―――」
「類が―――フランスにいた時、付き合ってる人がいたの・・・・・?」
別に不思議なことではない。
あれだけの容姿、そして家柄があればもてないわけがないし、つくしにだって恋人がいたのだから、もし類がつくし以外の女性と付き合っていたとしてもそれをつくしがとやかく言う権利なんてない。
それはわかっているけれど―――。
「俺も、逐一あいつの様子をきいてたわけじゃねえけど―――。けど、あいつがお前一筋だったのは確かだ。結婚を前提に―――なんて、考えらんねえ」
「今、類は―――」
「連絡が付かねえんだ。おそらく、この騒ぎをかいくぐって何らかの方法はとってくるはずだけど―――」
その時、西門さんの携帯が鳴った。
西門さんはちっと舌打ちするとバックミラー越しに追手をまいたことを確認し、路肩に車を止めた。
「―――あきらだ」
「美作さん?」
「ああ―――あきら、わかったか?」
しばらく向こうの話を聞いているらしく無言になる総二郎。
つくしは、また記者が現れないかと周囲に気を配りながらも、総二郎の様子をうかがっていた。
「―――わかった。牧野に代わるから、説明してやってくれ」
そう言うと、総二郎は携帯をつくしの方へ差し出した。
「あきらに、類のことを調べてもらっといた」
その言葉に、つくしは目を見開いた。
さすがと言うか、よくこの非常時に思いつくものだ・・・・・
「もしもし、美作さん?」
『よお、牧野。大丈夫か?』
「大丈夫、だけど・・・・・どういうこと?」
『簡単に言うと、政略結婚させられそうになったんだよ』
「政略結婚―――」
『もちろん類にそんな気はねえし、知ってたら会わなかっただろう。会社の取引先の相手として、相手の会社の社長が連れてきたのが、今回言われてる資産家の娘ってやつだ。名前はレイラ・サフォー。向こうでは有名な宝飾メーカーの会社の会長の娘だ。仕事の話だって言っては何度か類を食事に誘ったりパーティーで同伴したりしてる。けど類にしてみればあくまでも仕事の相手だ。プライベートの誘いはすべて断ってる。モデル並みの美女で、女優なんかもやったことがあるような娘だ。プライドも高いし自分大好きなお姫様だ。類が自分に興味を示さないことにいらついてたんだろうな。強引に婚約の話を進めようとしたんだ。ところがそれに気付いた類がそのメーカーとの取引を一切断ると言って来た。―――婚約の話を白紙に戻さないならってことで。で、サフォー側は慌ててその話を無しにした。で、その話はおしまい―――になったはずだったんだけど』
「何か―――あったのね」
電話の向こうで、あきらが息を吐き出したのがわかる。
つくしは、ごくりと唾を飲み込んだ。
『これは類のせいじゃねえんだけど―――向こうで、花沢の社員がミスったんだ。大したミスじゃねえんだけど―――サフォーが関わってる仕事で、サフォーに損害が出ちまった。小さな損害でも、サフォーの名に傷がつくことは避けられない状況で―――その取引からサフォーが手を引くって言いだしたんだ。ただし、条件をのむなら考えなおすと言って』
「その条件て―――」
『察しの通り。類との結婚だよ。レイラは類を諦めてなかった。と言うより、プライドを傷つけられた事が許せなかったんだろ。有名なプレイガールで、恋人なら何人もいたんだからな。類とのことが本気だったとは思えねえ』
あきらの言葉に、つくしは考え込んだ。
レイラという女性が本気かどうか、それはつくしにはわからないけれど。
今がとてもまずい状況なんだということはわかった。
「―――あたし、どうすればいいの?」
『今は、とりあえず総二郎と一緒にいろ。おそらく職場にも記者は行ってるはずだし、仕事どころじゃない。必ず類から連絡があるはずだから―――いいな、お前は余計なことしないでおとなしくしてろよ。俺の方でもできるだけのことはするから』
「うん―――わかった」
電話を終え、携帯を総二郎に返す。
「―――これから、どこに行くの?」
「俺が連れだしたのもばれちまってるからな。俺の家には行けない。―――さっき、ここへ来る前司に連絡した」
「道明寺に?どうして―――」
「内密に、メープルの部屋を提供してくれるって話だ。とりあえずそこへ行く」
グンとスピードを上げて走り出す車の中で。
つくしは、通り過ぎていく街並みを眺めた。
―――類。今頃、どうしてる・・・・・?
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