「―――んせい、牧野先生?」
顔を覗きこまれ、つくしは自分が呼ばれていたことに気づく。
「あ―――ご、ごめんなさい。ぼーっとしてて」
慌てて謝ると、彼―――東野一樹はふっと微笑んだ。
「いや、謝ることないけど―――。なんか、疲れてるみたいだね。大丈夫?」
「え、ええ」
彼に向ける笑顔が、どうしてもぎこちないものになってしまう。
さっきからつくしの頭の中は花沢類のことでいっぱいで。
東野の話など、これっぽっちも頭の中に入ってこないのだから―――。
「そろそろ帰ろうか」
食事を終え、食器がすべて片づけられてしまうと東野がそう言って席を立った。
「あ、はい」
つくしもホッとして席を立つ。
「本当は、この後2人で飲みにでも行こうかと思ってたんだけど―――」
東野が、意味深な笑顔でつくしを見つめる。
「え―――」
「でも今日は疲れてるみたいだし。また、次の機会にしようか」
そう言って笑う東野の笑顔はさわやかで。
つくしの胸がずきんと痛んだ。
「―――ごめんなさい」
再び謝るつくしに、東野ははは、と笑う。
「謝る必要ないよ。疲れてる時はお互い様だろ?週末、ゆっくりと休むといいよ。また月曜日、君らしい元気な笑顔を見せてくれよ」
会計を済ませ、店を出る。
東野と食事するときは、いつも割り勘にしてもらっていた。
それは、つくしの意地のようなものでもあって、絶対に東野におごらせることはしなかった。
同じ教師同士、自分が女だからって甘えた関係にはなりたくない―――
そんな風に思うこと自体、東野に対しては何か一線を画したような気持ちだったのかもしれないけれど、この時のつくしはまだそれに気づいてはいなかった・・・・・。
「あれ、すごい車が止まってるね」
東野の言葉にはっとする。
目の前を見ると、そこには見るからに高級そうな外車が止まっていて―――
その運転席にいる人物が、ドアを開けて出てくるのに、つくしははっとする。
―――花沢類・・・・・
スマートな仕草で車を降り、つくしの方へ向ってくる類。
東野がそんな類を呆気に取られ見ている間に、類はつくしの目の前に立ち、にっこりと微笑んだ。
「牧野、迎えに来た」
「花沢類、あの―――」
「あんまりそこに止めておけないんだ、悪いけど早く乗って」
そう言うと、類はつくしの手をつかみさっさと車に向かって歩き出す。
「え、ちょ、あ―――東野先生」
慌てて東野を振りかえると、東野はまだ呆然と立ち尽くしていて。
「え―――?」
「ごめんなさい、あの、また来週!」
「あ、ああ、うん―――」
そうしてつくしは助手席に押し込まれ、車はあっという間に走り去ってしまったのだった。
残された東野はぽかんと口を開けたまま―――
「F4・・・・・?」
と言う呟きが、風にかき消された―――。
「もう、強引すぎるよ!せめて東野先生にちゃんと紹介させてくれたって―――」
助手席でそう言って類を睨みつけるつくし。
類は表情を変えることなく、ひょいと肩をすくめた。
「必要ない。別に彼に知ってほしいとも思わないし」
「あたしには必要だよ。あんな失礼な―――毎日顔合わせる人なのに」
「―――牧野、お酒飲めるよね」
「―――花沢類、聞いてる?」
相変わらずマイペースな類に、つくしの顔が引きつる。
「総二郎に教えてもらったバーがこの辺にあるはずなんだ―――あ、あそこかな」
「やっぱり聞いてない―――って、類、車なのにお酒って」
「大丈夫。この車は引き取りに来てもらうから。帰りもちゃんと送っていくよ」
そう言うと、類は車を路肩に寄せて止めた。
促され、降りるといつの間にか黒服に身を包んだ男が傍で頭を下げていて。
「頼むよ」
「かしこまりました」
類の言葉に軽く頷くと、そのまま車に乗り込み、あっという間に去って行ってしまった。
つくしが呆然と車を見送っていると―――
「牧野、行くよ」
そう言って類はつくしの手をつかみ、バーの中へと引っ張って行ったのだった・・・・・。
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