いまさら、司が自分に何の話があるというのか。
つくしにはわからなかったけれど。
とりあえずいつもどおりに生活するしかない。
類が心配して毎日のように迎えに来てくれてはいたけれど・・・・・。
『だからさ、一緒に住んじゃおうよ』
『いっそのこと結婚しちまえばいいじゃねえか』
類と総二郎の言葉に、つくしはう〜んと考えながら。
『とりあえず―――道明寺の話っていうのがなんなのか、聞いてみなくちゃ分からないでしょ』
と言った。
心配する2人をよそに、『いまさら、あたしに言い寄ったりはしないでしょ』と何とも楽観的な言葉を付け加え、つくしは笑ったのだった・・・・・。
「不安じゃないわけじゃ、ないんだけどね」
学校の昼休み。
つくしはいつものように非常階段で独りごちた。
たまに神出鬼没的に、類が現れたりするのだけれど、今日は―――
「相変わらずここにいるのか」
と言う声に、つくしは不思議なくらい落ち着いて振り向いた―――。
「進歩ねえな、おめえは」
そう言ってにやりと笑う司。
少し大人っぽくはなったけれど、その瞳は昔の司だった・・・・・。
「あんまり、波風立てないでよ。せっかくうまくいってるのに」
司と並び、空を見上げながらつくしが言った。
「言うじゃねえか。俺は邪魔ものかよ」
「そうよ。今、あたしは花沢類の婚約者なんだから」
「―――わかってるよ。別に、邪魔しようと思って来たわけじゃねえ。ただ―――お前が結婚しちまう前にちゃんと会って、話がしたかったんだ」
司との婚約を解消した時も、やっぱり司が忙しくって直接会って話すことはできなかった。
そのことは、つくしにとってもやはり心残りとはなっていたが・・・・・。
「いまさら、なんの話?もう終わったことでしょ?」
つくしの言葉に、司は苦笑した。
「それはそうだ。だが、俺にとってお前の存在価値が変わったわけじゃねえ」
「あたしの―――存在価値?」
「ああ。あくまでも俺の中の問題だけどな―――。いろいろ、あったみたいじゃねえか。ストーカー教師に生意気な高校生、犬屋についでに総二郎の奴も」
「―――よく知ってるね。てか、犬屋って・・・・・ブリーダーっていうのよ。それにあの人は別に関係ないでしょ。西門さんとだって、別に何もないよ」
「どうだかな。今までは何もなくても、この先どうなるか。何しろお前はじっとしてねえ奴だから。どんなトラブル持ってくるかわからねえ」
「あのねえ―――。あたしだっていつまでも高校生じゃないんだから」
「だから余計に心配なんだろうが」
そう言って、司はつくしをじっと見つめた。
真剣な瞳。
それは、高校生のころを思い出させる―――つくしだけを見つめていたころの瞳だった。
「道明寺―――」
「類とのこと―――邪魔するつもりはねえよ。俺はお前との関係を続けることができなかった。いろいろ、仕事でもプライベートでも、背負込んだもんがでかすぎて―――お前との将来ってのが見えなくなっちまった。だから―――類がお前の傍にいてくれるようになったこと、よかったと思ってる。お前を幸せにできるのは、あいつしかいねえ。そう思ったから―――。余計なことはしねえほうがいいと思ってたけど、あのストーカー教師はお前が思ってたよりもずっと危険な男だと思って、遠ざけといた。高校生とか、犬屋の方は類や総二郎が傍にいりゃあ大丈夫だろうとは思ったけど・・・・・。総二郎には気をつけろよ。あいつは女に関しちゃ油断できねえ野郎だからな」
司の言葉に、つくしは瞳を瞬かせ―――
「やっぱり、東野先生のことはあんたの仕業だったのね。まあ、もういいけど・・・・・。西門さんのことは、大丈夫だよ。類もやたら心配するけど、そんなんじゃないんだから」
「お前のそういうところが心配なんだ。あんまり自分の力を過信すんな」
「そんなつもり、ないけど―――。話っていうのは、そのこと?」
「それもある。それから―――お前に、報告しなきゃならねえことがあって」
そう言うと、司はつくしから目をそらし、空を見上げて一つ咳ばらいをした。
微かにその頬は赤いように見えた。
「道明寺?なんなの?」
つくしに促され―――
司は、一つ息をつくと、ようやく口を開いた。
「―――婚約が決まったんだ」
その言葉に、つくしは目を見開いた。
「婚約?あんたが?」
「他に誰がいんだよ」
「そうだけど―――誰と?あたしの知らない人?」
「いや―――よく知ってるやつ」
「て―――」
「滋、だよ」
つくしは驚きに目を見開き―――
司は、照れながらも、先を続けた。
「先月―――急にN.Yに現れて。たまたま時間ができて、一緒に飯食ったりして―――そういうことになった」
「そういうことって―――やだ、本当に?おめでとう!滋さんと―――そうなんだ!」
つくしは、本当に心から喜んでいた。
滋とは、しばらく会っていないがたまにメールのやり取りなどはしていた。
司のことは聞いていなかったけれど―――
つくしには、言いづらかったのかもしれない、と思った。
「―――後で知った話。たまたま時間ができたり、食事したりしたのはおふくろのお膳立てもあったらしいけどな」
「は?そうなの?あの魔女―――あ、ごめん」
「いや、いいよ。マジであいつは魔女だからな。けど―――今回はよかったと思ってる。滋といると、俺は本来の自分を取り戻せる。あいつといると、ほっとできるんだ。俺は―――あいつを幸せにしてやりたい」
そう言って前を見据えた司の瞳は昔のように強い光を宿していて。
つくしは、その瞳を懐かしく思い―――そして、おとなになった司に少しの寂しさと、安堵の気持ちを感じていた。
「―――おめでとう、本当に。教えてくれてありがとう。滋さんを―――絶対幸せにしてあげて」
つくしの言葉に、司はにっと微笑んだ。
「ああ。明日、婚約発表がある―――。その前に、お前に報告しておきたかったんだ」
司の言葉に、つくしも素直に微笑んだ。
「ありがとう。滋さんにも―――おめでとうって伝えて。幸せになってって」
「ああ、伝えるよ。必ず。あいつにとっても、お前はかけがえのない存在なんだ。だから―――お前も、必ず類と幸せになれ」
「うん」
司がすっと手を差し出し、つくしもそれに応えるように手を差し出した。
かたく交わした握手は、お互いの幸せを願う、温かいぬくもりとなって2人の心を満たしていた・・・・・。
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