***夢のあと vol.21 〜類つく〜***



 
 「犬でも飼おうかと思って」

 総二郎と約束した日曜日、迎えに来た総二郎の車に乗り込むと、総二郎がそう切り出した。
「犬?西門さんが飼うの?」
「他に誰がいる?柴犬とか、かわいいじゃん」
「かわいいけど・・・・・なんか、西門さんのイメージじゃないっていうか。ボルゾイとか、プライドの高そうな犬ならわかるけど」
 つくしの言葉に、総二郎が顔をしかめた。
「お前、俺のことどういうふうに見てんだよ。とにかく、これから柴犬のブリーダーのとこに行くから」
「ブリーダー?ペットショップじゃないの?」
「ショップからは買わない。管理のなってないところが多いからな。知り合いに柴犬のブリーダーがいるんだよ」
「へえ。女の人?」
 総二郎のことだから、きっと数多くの彼女の1人なんじゃないかと思ったのだが。
「いや、男。お前、俺のこと完璧に誤解してんだろ。俺だっていつまでも遊んでばっかりじゃねえんだぜ」
「そう?」
「忙しくってな―――。それと、襲名近くなるといろいろ上げ足とろうとする輩も出てくる。身辺はきれいにしとかないとな」
「ふーん、大変なんだ・・・・・って、そんなときにあたしといて平気なの?」
 つくしの言葉に、総二郎は軽く笑った。
「心配すんな。お前は友達だろ?誰も女として見ねえから」
「あ、ひど!あたしだってもう高校生じゃないんだから―――」
「へえ、じゃあ俺に女として扱ってほしいわけ?」
 突然後ろを向きにやりと笑う総二郎に、つくしは思わず体を引く。
「そ、そうじゃないけど!前見てよ!」
 そんなつくしの反応に、また笑い転げる総二郎。
 つくしは総二郎が運転ミスしないかと、ひやひやしていたのだった・・・・・。


   「いらっしゃい、待ってたよ」
 出迎えてくれたのは、着物姿の落ち着いた感じの男性だった。
 年はまだ若く、30くらいに見えた。
「総二郎さんが来るなら仕事休めばよかったって、さっき妹に怒られたところだよ」
 そう言って男性がくすくす笑うのを見て、総二郎が苦笑した。
「あれ、バラしちゃったんですか・・・・・」
「つい口が滑って―――。でも今から北海道だそうだから、ここには来れないだろう」
 ちらりと男性が、つくしの方を見る。
「あ、彼女が牧野つくし。僕の親友の婚約者です」
 総二郎の言葉に、つくしが慌てて頭を下げる。
「は、はじめまして、牧野です」
「はじめまして、僕は掛井利彦といいます。総二郎君には時々お茶を習ってるんだ。昔のよしみで」
「昔の?」
 きょとんと首を傾げるつくしに、総二郎が口を開く。
「兄貴の小学校時代の友達。中学からは別の学校に行ってたからそれ以来付き合いなかったけど、先月の茶会で偶然再会して」
「犬を譲る代わりにお茶を教えてくれって頼んだんだよ」
「へえ・・・・・あ、犬の―――柴犬のブリーダーやってらっしゃるって」
「うん、そう。お茶でも飲んで、一息ついたら犬舎に案内するよ」

   そう言って先に立って歩く掛井の後を、総二郎とつくしが少し遅れてついて行った。
「なんか、ちょっと意外。ああいう人と西門さんが知り合いって」
「俺がいつも女とばっかり一緒にいると思うなよ。あの人はちょっと変わってるけど、すげえいい人なんだよ。大人だし、いろいろ相談に乗ってもらってる」
「へえ」
 総二郎が頼りにしているということを、ちょっと意外に思って掛井の後ろ姿を見つめ―――
 そして、はたと思い当たり、つくしの顔がポッと赤らんだ。
「まさか―――」
「ん?どうした?」
「西門さん、バイ―――?」
 その言葉に総二郎はぎょっとして―――
「あほか!!」
「だって―――」
「どうした?大きな声出して」
掛井が、2人を振り返る。
「や―――何でもねえよ」
 そう言ってじろりと睨まれ、つくしは思わず首をすぼめたのだった・・・・・。


 「バイか、そりゃあいい!」
 話を聞いて、掛井がげらげらと笑った。
「まったく、とんでもねえこと言いだすからな、こいつは」
「ごめんってば」
「しかし、面白いね。聞いていた通りだ」
 掛井がそう言って微笑むのを見て、つくしはちょっと顔をひきつらせた。
「―――西門さん、あたしのことどう言ってるの」
「どうって、まんまいつものお前のこと話しただけ。それでトシさんが一度会ってみたいって言ってたから今日連れて来たんだよ」
「え―――そうなの?」
「ばれちゃったね。僕、あまり外を出歩かないし人づきあいもないもんだから、たまに会う人にいろんな話を聞くのが楽しくてね。君の話は久々に楽しかった。高校時代の話は特に、強烈な体験談ばっかりで、まるで映画みたいだと思ったよ」

 ―――そう言われると、複雑かも。

 高校時代。
 確かにあまり人が体験しないことを体験できたとも言えるかもしれないが―――

 「君みたいに、どんな逆境にも立ち向かっていける人ってそうはいないし、すごく興味深いと思ったんだ。できれば、君からも直接話を聞けたらと思ってね」
 掛井の言葉に戸惑うつくしを見て、総二郎が言った。
「トシさん、本業は小説家なんだよ。ブリーダーは趣味を兼ねた副業ってとこ?お前の話を、本にしたいんだってさ」
「え―――ええ!?」

 思わぬ話に、つくしはもっていたコーヒーカップを落としそうになったのだった・・・・・。





  

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