***夢のあと vol.14 〜類つく〜***



 
 類の両親へのあいさつも無事済み、なんだかとんとん拍子に婚約まで話が進んでいるつくしと類だったが。

 フランスでの仕事を無理やりやっつけてしまった感のある類。

 類の父親に『もう一度フランスへ行って、きちんと仕事を片づけてきなさい』と言われたため、また急遽フランスへ戻ることになったのだ。

 「1ヶ月くらいで戻れると思うから」
 なるべくなら行きたくないという気持ちがありありとわかる表情でそう言う類に、つくしは苦笑して頷いた。
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
 そんなつくしを、空港で人目もはばからず抱きしめ、口付けた類。

 一緒に空港まで見送りに来ていた総二郎が呆れたように見ているのにも、まるで動じることもなく。  


 「―――あいつ、1カ月かかる仕事を2週間くらいで片づけてきそうだな」
 車でつくしを送りながらそう言う総二郎に、つくしは笑った。
「でも、類のお父さんは3ヶ月くらいはかかるって言ってたんだよ。それを、1ヶ月でって言うんだもん。それ以上の短縮は無理じゃない?」
「3年を1年半にしたのだってかなりの短縮だもんな。けど、よかったじゃん。類の両親にっも認めてもらえて」
 そう言ってバックミラー越しににやりと笑う総二郎に、つくしの頬が染まった。

 類に、『助手席には乗っちゃだめ』と釘を刺されたつくしは、後部座席に1人座っていた。
「なんだか、急にこんな話になっちゃって、まだ夢の中にいるみたいな感じ。類が帰ってくるまではまた現実に戻されて―――やっぱり夢だったなんてことにならないかな」
「んなこと言ってたらまた類が拗ねるぜ。あいつにとってはすべて現実。お前が自分と一緒になることが何よりの現実なんだ。夢でなんか、終わらせねえよ」

 確かに。  

 類の自分を見つめる瞳は何よりもそれが真実だと告げるもので。

 類のことを疑うなど、彼といると思いもつかないのだから、不思議だった。

 「ま、あれだよな。婚約までしてあいつもようやく少し安心したみたいだし。俺にお目付け役頼んでくるくらいだから、余裕が出てきたってことか」
「お目付け役なんて、いらないのに」
「そういうわけにいかねえだろ。お前は1人にしとくと何に首突っ込むかわかんねえからな。類が安心して向こうでの仕事を片づけるには、そういう不安材料は少しでも減らしときたいんだろ。ま―――その指輪見たら、そう簡単に声かけようなんてやつは現れねえだろうけどな」
 そう言ってバックミラー越しにつくしの手元を見る総二郎。

 つられて、つくしも自分の手元に視線を落とした。

 渡仏の前日、類から渡されたトルコ石の指輪。
 『外しちゃだめだよ』
 と念を押され―――
 つくしの左手薬指に収まったそれは、まるで類の分身のように、つくしを安心させてくれていた―――。

 「東野ってやつが転任したんならもう心配はないと思うけど、また変なトラブルに巻き込まれないように気をつけろよ。類のいない間におまえに何かあったら、俺が類に怒られる」
 つくしの家の前でつくしを下ろした総二郎が、窓から顔を出してそう言った。
「大丈夫だよ。あたしだって自分からトラブルに首突っ込むようなことしないから」
 今までだって、そんな風に思ったことは一度もないのだから。
 そんなつくしを、それでも総二郎は疑わしげに見つめて。
「だといいけどな。なんかあったら連絡しろよ。じゃあな」
「うん、ありがと」
 そう言って、つくしは総二郎を見送ったのだった・・・・。


 学園は、つい先日のつくしと類のキス写真事件などまるでなかったかのように日常を取り戻していた。  

 「牧野先生!」
 自分を呼ぶ声に振り向くと、そこには2年生の村上優介が立っていた。
「村上くん、何?」
 村上優介は2年生の中でも目立つ存在だった。
 家柄ももちろん、頭脳明晰、ルックスよし、スポーツ万能、性格も明るい人気者だ。
 F4のような飛び抜けた存在というわけではなかったが、友達もファンも多い生徒だった。

 「自宅待機って、いつの間に終わってたの?」
 優介の言葉に、つくしはちょっと目を瞬かせた。
「よく知ってるのね。生徒には知らせてないって聞いてたのに」
「そういう話って自然と入ってくるもんだよ」
「ふーん。別に、自宅待機しなくちゃならないようなことはしてないってこと、わかってもらえただけよ」
「そうなんだ。牧野先生に、あんな恋人がいるって知らなかった。てっきり東野先生と付き合ってるんだと思ってたから―――。東野先生だったら十分勝負になると思ってたんだけどな」
 優介が、意味深な笑みを浮かべる。
「勝負?」
「うん。東野先生と俺だったら、俺のがイケてると思わない?」
 おどけたように言う優介に、つくしは思わず吹き出した。
「かもね。でも何で東野先生と勝負?」
「・・・・牧野先生って、激ニブだよね」
「は?」
「俺が東野先生と勝負する理由なんて、一つに決まってんじゃん」
「一つって―――」
「俺、牧野先生に惚れちゃってるんだけど」

 にっこりと、無邪気な笑みを見せる優介に驚き―――。

 つくしの頭に、『言わんこっちゃない』と溜め息をつく総二郎の顔が思い浮かんだのだった・・・・・





  

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