東野に掴まれた手が、きりきりと痛んだ。
「―――先生、離してください」
つくしは何とか冷静さを保ちながらそう言う。
「君は、僕と結婚するんだ」
東野の言葉に、つくしは首を振る。
「できません」
「どうして!僕たち、あんなにうまくいってたじゃないか!僕は、君を愛してるし、君だって―――!」
興奮する東野に反して、つくしは冷めきっていた。
「私は―――東野先生のことを、愛してると思ったことはありません。尊敬してましたし、好きになれると思ってましたけど―――ごめんなさい。私はやっぱり―――」
そこまで言った時だった。
東野が腕を振り上げたかと思うと、その手で思い切りつくしの頬を殴ったのだ。
『バシンッ!』と乾いた音が響く。
つくしの体がよろけ、手すりに背中を打ち付ける。
頬を手で押さえ、東野の顔を見上げると、東野の体は大きく震え、顔は真っ赤になって目が血走っているのがわかった。
「許さない、そんなこと―――。君をF4なんかに譲らない―――」
そしてもう一度、腕が振りあげられる。
手すりに追い詰められていたつくしはその瞬間目を瞑り、殴られるのを覚悟したが―――
『ガシッ』
鈍い音とともに、何かがどさっと倒れる。
つくしが目を開けると、目の前に東野がのびていた―――。
「牧野、大丈夫?」
その声に顔を上げれば。
そこには、心配そうにつくしを見つめる類の姿があったのだった・・・・・。
「たっ」
「ごめん、しみた?」
類の家で傷口を消毒してもらいながら。
その痛みに思わず声を上げてしまった。
「大丈夫・・・・・。ありがと、花沢類」
東野に殴られた頬は赤くはれ、唇からは血がにじんでいた。
興奮状態の東野が、男の力で思い切り殴ったのだから相当なもの。
「自業自得。西門さんの言うとおり・・・・・。最初から、あんな人と付き合うんじゃなかった」
「牧野は、悪くない。自分を責めるのはやめな」
穏やかだけど、厳しい類の言葉。
「どんな理由があったって、牧野を殴る奴なんて許せない」
濡らしたタオルでつくしの頬を冷やしてやりながら、類はじっとつくしを見つめた。
「―――まだあの学園にいるつもり?」
「だって―――教師は辞めたくない」
「やめる必要ないでしょ。他の学校に転任すれば―――」
「簡単に言わないで」
「簡単なことだよ。牧野がそう決心すれば。俺は、いつでも協力する」
類の気持ちは嬉しかった。
でも、ここであの学園を辞めればつくしは東野やあの学園から逃げたことになる。
逃げるのは嫌だった。
それに、多かれ少なかれ、どこへ行ったってトラブルなんてついて回るものだ。
そのたびに、いちいち逃げていたらそのうち働けるところなんてなくなってしまう。
今回のことでは―――
東野については申し訳ないと思う部分はあるものの、つくし自身後ろめたいと思うことなどはないと思っていた。
学園に対しても、生徒たちに対しても。
やめる必要なんてない。
堂々としていればいいんだと―――。
「―――花沢類」
「ん?」
「あたしね・・・・・花沢類が好きだよ」
つくしの言葉に、類はちょっと目を見開いた。
「道明寺と別れた時も―――東野先生に付き合ってほしいって言われた時も。最初に思い浮かんだのは、花沢類のことだった。でも―――認めちゃいけないって思ってた。それを認めるのは、それまでの道明寺とのことも全部否定してしまうような気がして・・・・・。だけど―――やっぱりさっきも、東野先生に殴られたときに思い浮かんだのは、花沢類の顔だった」
つくしが、類を見つめる。
類は黙ってつくしを見つめていた。
「あたし、逃げたくなかったの。だから、1人で歩いて行こうと思ってたけど―――。でも、少しだけ、頼ってもいい?」
「うん?」
「あたしの傍にいて―――あたしの味方でいて。それだけでいいから―――。それだけで、頑張れるから―――」
類の手が、つくしの髪をなでた。
類を見つめる瞳は、今にも涙がこぼれそうなほど揺らいでいるのに、でも決して負けはしないとい宣戦布告しているようで―――
「俺は、最初からずっと牧野の味方だよ。傍にいてほしいって言われれば、いつまでだって傍にいる・・・・・。絶対、離れたりしない」
そっと、傷口を避けるようにつくしの唇に優しいキスをする。
その瞬間、つくしの瞳からは涙が零れおちて。
類は、その涙も唇で優しく掬ったのだった・・・・・。
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