「類も一緒に、あの家に―――?」
西門さんの話に、あたしは驚いて目を見開いた。
あのお茶会の後、お義父様と何か話をしてからちょっと様子のおかしかった西門さん。
ずっと何か考え込んでいるようで、気にしていたのだけれど―――
「当然、そんな話とんでもないってお袋には反対されると思ってたんだけど―――」
「違うの?」
「お袋曰く、『牧野さんの性格じゃ、この家に馴染むのは相当長い時間かかるでしょうから花沢さんがいることで安心できるのならその方がいいでしょう』って。俺もそう言われるとは思わなかったからびっくりしたんだけど―――。どうやら、お前お袋に結構気に入られてるみたいだぜ」
「え―――本当に?」
それが本当なら嬉しいな。
「ああ。こっそりい親父が教えてくれたよ。牧野は、お袋の若いころによく似てるって」
「ええ!?あのお義母さまが?」
「もちろん、お袋の家はもともと旧家で生まれながらのお嬢様だったけど―――芯の強さとか、自分を曲げないところとか―――お前と、似たところがあるって。で―――とりあえず、離れが出来上がったら、引っ越して来いって言ってるんだけど」
「って―――それってもう決定事項?」
もうすでに、離れを建てることは決まってるみたい。
「いや、そうでもねえよ。離れは建てるけど、だからってすぐにそこに住めとは言ってない。ただ、俺は卒業したらやらなきゃいけないことも増えるし、マンションから通うよりあそこにいた方が便利だろうしな」
その言葉に、あたしは無意識に両手をきゅっと握り合わせた。
―――卒業したら―――今みたいに大学でのんびりすることはできない。
それは当然のことだってわかってるけど―――。
「―――お前に、プレッシャーかけたくはねえんだ」
そんなあたしの両手を、上から包み込むように手を重ねる西門さん。
「ただ、俺はお前とずっと一緒にいたいと思ってるから―――考えてみてくれないか、同居のこと―――。類は、卒業してたとえ忙しくなっても、お前の傍にいるって言ってる。少なくとも、お前が安心してあの家に住めるようになるまで―――。後は、お前の気持ち次第だ」
西門さんの真剣な気持ちは、いやと言うほど伝わってきてる。
できればあたしもその気持ちに応えたい。
だって、あたしだって西門さんとずっと一緒にいたいと思うから。
だけど―――
本当にこのまま、あの家に住んでいいのだろうか・・・・・?
あたしの中で微かにわだかまっているもの。それは―――
「牧野?どうしたの、こんな時間に」
眠れなくて、夜中に1人起きだしてキッチンでごそごそやっているところに、類が来る。
「あ、ごめん、うるさかった?」
「いや、喉が渇いたから何か飲もうと思って起きたとこ。何してんの?」
「うん、なんか寝付けなくって。ちょっとビールでも飲もうかなって」
「1人で?」
そう言って、類は目を丸くしたのだった・・・・・。
「同居のこと、考えてた?」
結局類と2人、リビングでビールを飲むことになってしまった。
「うん・・・・・。お義母さまやお義父様に認めてもらえたのはすごくうれしいことなんだけど・・・・・」
「なんか問題ある?」
「類は―――本当にそれでいいの?」
「―――どういう意味?」
「あたしのこと心配してくれるのは嬉しいけど、一緒にあの家に住むなんて―――いやじゃないの?」
「なんで嫌?俺が好きで牧野の傍にいるんだから、それがどこだって関係ないよ」
「あたしだって、類が傍にいてくれたら安心だとは思うけど。でも―――本当にそれでいいのかな」
あたしはいつも類に甘えてしまってる気がする。
類がいつも笑っていてくれるから。
傍にいてくれるから。
そのことが当たり前になってしまっていて―――
このままじゃ、本当に類から一生離れられない気がしていた。
恋愛対象ではなくて。
だけどただの友達とも違くって。
とても大切な存在。
それは一生変わることはないって確信できるけれど。
でも、このまま類と一緒にいていいのだろうか・・・・・?
考えながら、あたしは類に注がれるままビールを飲み続けていた。
無意識に、それこそ何杯も。
そして、気付けば頭がぼーっとして、体はゆらゆらと揺れていた。
「類」
「ん?」
「るーい」
「何?」
「―――あたしね、類が大好きだよ」
「・・・・・俺も、牧野が好きだよ」
「本当にね、大好きなの」
「牧野、泣いてるの?」
「泣いてない!」
「そう?―――で?」
「ずっと―――類と一緒にいられたら幸せだよ」
「うん」
「でも―――それじゃやっぱりだめって気がするの」
「―――うん」
「あたし―――西門さんが好きなの」
「知ってるよ」
「西門さんに―――ついて行こうって、決めたの」
「うん」
「だから―――類とはずっと一緒に、いられない―――」
「うん・・・・・」
「でも、大好きなんだよ―――」
「知ってるよ」
「類―――」
「牧野―――泣かないで」
涙が後から後から零れてた。
それを類の手が優しく掬って。
あたしは類の名前を呼びながら泣いていた。
ずっと・・・・・
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