***もっと酔わせて vol.30 〜総つく〜***



 
 『卒業したら家に戻ってこないか』

 親父にそう言われたのは、あの茶会のすぐ後だった。

 『時期家元が、ずっとマンション暮らしというのもどうかと思うぞ。牧野さんと一緒に居たければ、彼女も一緒に住めばいい。婚約者なんだ。何の遠慮もいらない」

 つくしを一緒にあの家に。

 それは正直悪い話ではないと思ったけれど。

 気になっているのは、類のこと―――

 「結婚したら俺が一緒に住めないってことくらい納得してるよ。それは牧野だってわかってることだし」
 俺の話に、類はそう言った。
「まあな。けど―――結婚前に俺の家で一緒に住むってことになったらいくらなんでもお前は一緒に来れねえだろ?」
「そう?」
「そうって―――そうだろ?お前、あの家で暮らすつもりかよ?」
 婚約者に別の男がくっついてくるって、わけわかんねえぞ。
「―――心配なんだ」
「心配?」
「牧野が、総二郎の家で暮らして―――すぐにその環境に慣れるとは思えない。今までと違いすぎるだろ?でも牧野のことだから、きっと総二郎には心配かけまいとすると思うんだ」
「まあ―――確かにな」
「そういう時―――俺が傍にいて、逃げ場になってやれたら多少は違うと思うんだけど」

 類の言ってることはわかる。

 つくしはああ見えて結構人に気を使う。

 俺の家で、あの家に対する文句なんて言わないだろう。

 俺がつくしと親の間に挟まれて困るようなこと、あいつがするとは思えなかった。

 そうなった時、やっぱり安心して相談できたりするのは類なんだろうと思う。

 だけど―――

 「てかさ、お前だって大学卒業したらそれなりに忙しいだろ?花沢家の1人息子なんだからよ」
「別に、牧野のためならなんとでもなるよ」
「そういうこと軽く言うなよ。お前んとこは海外に行くことだって多いだろうが。そうそうこっちにはいられなくなるんじゃねえの」
「―――やだなあ、それ」
「やだなあって、お前ね」
「牧野が一緒にいてくれたら楽しいけど。仕事なんて、つまんないし」
「高校生みたいなこと言うなよ。つくしがお前についてったら、それこそおかしな話だろうが」
 何で俺の婚約者が類について行くんだよ。
「ダメ?」
「当たり前だろ!」
「ま、冗談だけどね」
「お前な・・・・・」

 どっと疲れた。

 大学のカフェテリア。

 つくしの講義が終わるまで、類とコーヒーを飲みながら話していた。

 そこへ、あきらが姿を見せる。

 「お前ら、何漫才やってんの」
 あきらも最近は会社に顔出したりして、なんだかんだと忙しいらしい。
「―――卒業後の話だよ。親父が、つくしも一緒にあの家で暮らさねえかって」
「へえ。よかったじゃん、結婚にも前向きってことだろ?」
「まあな。けど、つくしがあの家にすぐに馴染めるとも思えねえし」
「そりゃあしょうがねえだろ。牧野じゃなくたって、おまえんちにすぐ馴染める女なんていねえよ。だったら、類も一緒に連れてきゃあいいじゃん」
 あきらの言葉に、思わず俺はこける。
「あのなあ、人事だからって適当なこと言うなよ。犬猫じゃねえんだから、そう簡単に連れてけるわけねえだろ?なんでつくしのおまけみたいに類がくっついてくるんだよ」
「俺は大まじめだぜ。今の生活だって、類がいるからこそ牧野とうまくいってるようなもんだろ?そうじゃなかったら、今頃別れてるかもしれねえぜ」
「おい」
「だからさ、確かお前が結婚するときはあの家じゃなくて、離れにもう1軒建て増しするって言ってたじゃねえか」
「ああ」
「そこに、3人で住めばいいじゃん。どうせ卒業したら類だってずっと一緒にいるわけにいかなくなる。それでも帰ってくるのが牧野のとこだってわかってたら牧野だって安心できるし、ずっとそこにいるわけじゃないんだったらお前の両親だって大目に見てくれるんじゃねえの?」
「そううまくいくか?」
「そこはお前が何とかしてやれよ。それに、類だっていつまでも1人じゃねえだろ?いつか結婚でもしたらさすがにお前らのとこからは出ていくだろうし、それまでには牧野だってあの家に慣れるんじゃね?」
「―――すげえこと思いつくな、あきら」
 本気で感心していた。
 確かに、離れに住むんだったら類が入り浸ってても何とかごまかせるだろうし、こう見えても類だってジュニアだ。卒業したら家でゴロゴロしてるだけじゃ済まなくなる。  

 気に入らねえけど、類がいればつくしが安心できるってのも事実だ。

 あの家に一般の女が入るのはかなり大変なことだってのは俺もわかってるつもりだ。

 それでも、家のせいでつくしを失うことはしたくない―――。

 俺にはつくししかいないって、今は本気でそう思えるから―――。

 「2人の邪魔はしないよ。今まで通り、俺は自分の部屋さえあればいい。そこにいない方がいい時はちゃんと出てくし、必要ならずっといる」

 類の言葉に、俺は溜息をついた。
「―――わかった。まずはつくしに話して―――それから、両親に話してみる。いくら離れって言ったって同じ敷地内に住むんだからな。類が一緒に住んでりゃあばれないことはあり得ない。一応、許可とんないと。―――しかし何だって類とずっと一緒にいなきゃならねえんだよ」
「「牧野のためだろ」」

 俺と2人きりじゃ安心できないのかと思うとそれも気に入らないけれど。

 でも、つくしはそうじゃないんだと言う。

 俺と2人でいるのはすごく幸せなんだと。

 だから、2人きりが嫌だなんて思ったことはないと。

 ただ、類は自分の『一部』なんだと―――

 だから、切り離して考えることができないんだと、そう言うんだ・・・・・。

 わかったような、わからないような話。

 ただ、漠然と不安に思うのは、それなら類が結婚する時はどうなるんだろうということ。

 まさか結婚しても俺たちと一緒に住むなんてことはあり得ない。

 そんなこと納得できるような奇特な女がいるとは思えない。

 そうなった時―――つくしはどうするんだろうと、それを思うと、少し不安にもなるのだった・・・・・。





  

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