***もっと酔わせて vol.32 〜総つく〜***



 
 「―――まったく。なんでこいつは学習しないかね」

 俺は、類に寄り掛かってくうくうと眠りこんでしまったつくしの体をそっと抱き起こす。

 「それくらい、俺を警戒してないってこと―――。男として意識してないってことだよ」
 くすくすと、楽しそうに笑う類。
「わかってるけどよ・・・・・」
「少しくらい、大目に見てよ。牧野にしてみたら―――きっと一大決心だったんだ」
「―――わかってる」

 類も一緒にあの家へ―――

 そう考えていた俺とは逆に、つくしは類と離れることを選択した。

 つくしなりのけじめ。

 いつかはつけなくてはいけないそれを、今自分で決めたかったんだろうと思う。

 頬に残るいくつもの涙の筋が、その決心がどれほど大きなものだったかを物語っていた。

 「俺も―――できるならずっと牧野と一緒にいたかったけど。牧野が決めたことなら、仕方ないかな」
 類の手が、牧野の髪を優しく撫でた。
 愛しいものに触れる手。
 類のつくしに対する気持ちが、いやというほど伝わってくる。
 それは、俺がつくしへ抱いている感情とは似ているようで全く違うもの―――。

 「―――総二郎」
 類が、急に真剣な顔つきになる。
「なんだよ?」
「俺が傍にいられなくなったら―――牧野には総二郎しかいない」
「ああ」
「きっと―――幸せにしてやって。牧野を、泣かせないで。もし泣かせたら―――俺が、牧野を浚いに行くから」
「―――させるかよ」
 俺の言葉に、にやりと笑う類。

 拳と拳をつき合わせて。

 俺は、牧野を抱き上げると自分の部屋へ向かった。

 ベッドにその体を横たえ、布団をかけてやる。

 穏やかな寝顔。

 ―――お前を守るのは、俺の役目だよ。

 そう心に誓って。

 そっと、触れるだけのキスをした―――。


 「牧野、準備できた?忘れ物は?」
 あたふたと走り回るつくしに、類が声をかける。
「だ、大丈夫、だと思う」
「本当に?ここにあるバッグは?」
「ああっ、忘れてた!!」

 いよいよ引越しの日。

 つくしは朝から忙しくかけ回っていた割にはやっぱりどこか抜けていて。
 見ていた類が、呆れたように苦笑する。
「なんか、心配。やっぱり俺も一緒に行こうか?」
「う―――だ、大丈夫・・・・・」
「そっか―――。でも、もし俺が恋しくなったらいつでも戻っておいで。俺は当分ここに住むから」
「こら、類。調子に乗んなよ。何でお前が恋しくなるんだよ」
「総二郎には言ってないよ、気持ち悪い」
「てめ・・・・・」
「類、ありがとう。総二郎とけんかした時はここに来るね」
「つくし、お前な―――」
「類も―――いつでも遊びに来て。お義母さまもお義父様もいつでも歓迎するっておっしゃってたから」

 そうなんだよな。
 あれから―――
 なんだかんだと、離れの設計だとか同居に向けての準備で忙しい俺たちに協力して一緒に行動していた類を見て。
 『類さんがいた方が安心』だと、俺の親は2人とも類大歓迎ムードだ。
 挙句には、一緒に住めないのが残念だとか言い出す始末。

 だけど類はこのマンションに残ることを選んだ。

 花沢の家には戻らずここに1人暮らしすることを選んだのは、やっぱりつくしのためだろうと思う。

 いつでも、つくしが来れるように―――。

 そんなことがそうしょっちゅうあったんじゃ困るけどな―――。
「心配なら、ちゃんと牧野を大事にしてやって。幸せにしなかったら、許さないよ」
 穏やかだけど、そう言う類の表情は真剣そのものだ。
「わかってる。絶対、一生かけても―――幸せにするよ」
「総二郎!これ持って!!」
 いつの間にか自分の部屋へ行って、何やら大きな荷物を持ってくるつくしに。

 大事な話をしていたのにと肩を落とす俺と、ぷっと吹き出す類。

 そんな俺たちをよそに、もう忘れものはないかときょろきょろしているつくし。

 まったく―――

 「忘れ物したら、また取りにくりゃあいいだろ?ここにはずっと類がいるんだ。鍵だってそのままだ」
 俺の言葉に、つくしがパンと手を叩く。
「あ、そうか」
「―――ったく。行くぞ。じゃあな、類」
「うん」
「類、またね。いろいろありがとう!」
「ん―――」

 そうして部屋を出て行こうとして。

 「牧野、待って。忘れ物」
 ソファーから立ちあがった類が、つくしの元へ来る。
「へ?」
 振り向いたつくしの唇に。
 触れるだけの、キス。
 途端に赤くなるつくし。
 得意げな顔の類。
 俺は―――
「―――見なかったことにしてやるよ。今回だけはな―――」

 今夜は、覚えておけよ。

 というのは声に出さず。

 でもたぶん、類にはわかってるから問題ないよな。

 つくしの手を取り、マンションを出る。

 車に乗り込む前に、マンションを振り返る。

 「―――バイバイ」
 笑顔でそう言って。

 ベランダからこっちを見下ろしていた類に、手を振る。

 いつでも会える。

 それは心配ではなく、安心―――。

 俺にとっても、つくしにとっても―――

 そうして俺たちは、新しい未来へと走り出した―――。



                          fin.







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