***もっと酔わせて vol.28 〜総つく〜***



 
 あたしの特訓は、まず着物を着ることから始まった。

 西門さんのご両親に会いに来た時も西門さんに着付けをしてもらったのだけれど。
「自分でできるようにならねえと」
「1週間で?」
「いや、1日で」
「ええ!?」
 思わず逃げ腰になるあたしの手首を掴み、西門さんはにっこりと笑った。
「他にまだやらきゃいけねえことが山ほどある。着付けだけに時間を割いてる暇はねえからな。スパルタで行くぞ」

 ――うう、笑顔が怖い。

 とにかく全てはあたしのためにやってくれてることなのだからと自分に言い聞かせ、あたしは覚悟を決める。

 着物の着付けも、自分でやったのと人にやってもらったのではやはり違うものだそうで、そういうのは見る人が見ればすぐにわかってしまうのだとか。
 まずはそういう姿勢から「本気」なのだということを見せたいと、西門さんは考えたようだった。
「茶道の流儀なんか、結構人によって解釈が違うもんでさ。基本を叩きこんどきゃあ、あとはいかに自分のものにするかなんだよ。基本に忠実ならいいってもんじゃないと俺は思うし。要は、それでどんだけ人を納得させられるか。茶道ってものの魅力を伝えられるか―――お前なら、できるよ」
 にこりと、あたしを信頼の目で見つめる西門さん。

 着物に袖を通しあたしの前に現れた彼は、すでに茶道の家元の顔になっているかのように、あたしには感じられた。

 普段のイメージとは異なるようで、やっぱり西門さんだと納得させられてしまうほどの魅力を溢れさせて―――。

 それは一瞬怯んでしまうほどのオーラをも併せ持っていた。

 でも。

 あたしはこの人に着いていくって決めたんだ。

 この人の隣に、ずっといるために―――。

 「よろしくお願いします」
 そうして、あたしは西門さんに向かって深く頭を下げたのだった―――。


 「―――もう、死にそう」
 ソファーに倒れ込んだあたしに、類が水を持ってきてくれる。
「お疲れ。大変そうだね」
「ありがと―――。正直、こんなに大変だと思わなかった」
「まだまだ、これからだぜ?弱音吐くのははええよ」
 西門さんが、向かい側のソファーでワインを揺らしながら言う。
「だって―――西門さんってサドなんじゃないの?」
「あほか。あのくらいの稽古で根を上げんなよ。今日のは基本中の基本。明日の方がもっと厳しいぜ」
「―――お義母さまがいらっしゃるんだっけ」
「そ。あの人、言い方こそおしとやかだけど、ある意味俺よりもサドだから、覚悟しとけよ」
 その言葉にぞっとしたものを感じたけれど。
「―――覚悟は、とっくにできてるよ」
 あたしの言葉に、西門さんがにやりと笑う。
「おお、期待してるぜ」

 言うほど簡単じゃないってことくらいはわかってる。

 何も知らなかった世界に飛び込むのだから、苦労することは目に見えてる。

 それでもあたしは、西門さんに着いていきたいと思うし、それに―――

 ポン、と、類があたしの頭をやさしくたたいた。
「がんばってるね、牧野。それが無事すんだら、どっか遊びに行こうか」
「お、いいなそれ。久しぶりにみんなで集まるか」
「うん、いいね」

 ここに帰ってくれば類がいて、その笑顔で癒してくれる。

 あたしのことを心からお応援してくれる人。

 あたしはそれに応えたいって思ってる。

 あたしが一生懸命やれば、それを喜んでくれる人がいるのだから。  

 とことん、頑張るしかないよね。


 そうして毎日の特訓は続き、3日目が終わった頃、ようやく着物の着付けも西門さんに言われた時間内でできるようになり、お義母さまの特訓にも着いていけるようになってきた。  

 と言ってもまだまだ怒られることの方が多いのだけれど、西門さんはとても根気よくあたしに何度も繰り返し教えてくれるし、お義母さまも自分の時間を割いて夜遅くまであたしの特訓に付き合ってくれていた。

 5日目が終わるころには大分形になってきて、褒められるとことも。

 いつの間にか足の痺れも感じなくなっていた。

 6日目が終わるころには、稽古が楽しく感じられるようにもなり、あたしの表情も変わったと、西門さんに言われた。

 「びっくりするほど上達したよ。最初はどうなる事かと思ったけどな―――。頑張ったな」
 西門さんの嬉しそうな笑顔に、あたしはちょっと照れくさくなる。
「教え方がいいからね。お義母さまに感謝しなくちゃ」
 そう言ったあたしの手を、西門さんの手が包んだ。
「お袋だけ?」
 魅惑の笑みで、あたしの顔を覗き込んでくる西門さんは、いつもの彼で―――
「―――西門さんにも、感謝してるよ、すごく」
「ん―――どういたしまして」
 チュッと、触れるだけのキス。  

 稽古が終って、着物も着替え西門さんの部屋で休んでいた。

 「―――もしかしたら、変なこと言うやつもいるかもしれないけど―――」
 あたしを抱きよせながら、西門さんが言う。
「そんなのは、気にしなくていいから。ちゃんと、俺もお袋もフォローするし―――お前の味方だから」
「うん、ありがと」
「今日は―――このまま泊っていくか?」

 じっと、至近距離で見つめられて、あたしの胸が熱くなる。

 でも―――。

 あたしは、ゆっくり首を振った。
「やっぱり、帰るよ。明日のためにちゃんと心の準備をしておきたいし―――」

 それに―――

 と、その先を言おうとしてちょっとためらう。

 「―――類の傍に、いたい?」
 西門さんの言葉に、あたしは驚いてその顔を見上げる。
「わかってるよ。恋愛対象じゃなくても―――お前にとって類が必要な存在だって。こういうとき、そばにいて安心できる奴―――心を落ちつけられるのは、類なんだろ?」
「―――うん」
「ちょっと妬けるけど―――それでお前が安心できるなら、しょうがねえから我慢してやるよ」
 拗ねているようで、照れたようなその言葉に、あたしはちょっと笑って。
「ありがとう―――大好きだよ、西門さん」
 その言葉に、ちょっと赤くなって。
「―――決心が鈍るから、そういうこと言うな」
「決心って」
 ぷっと吹き出したあたしを、ぎゅっと抱きしめる。
「俺にとってはそのくらい重要なんだよ。―――で、つくしちゃん」
 急に変った声色に、あたしはぎくりとする。
「な、何?」
「明日は―――俺のこと、名前で呼べよ?」
「な―――名前?」
「そ。婚約者なのに『西門さん』っておかしいだろ?俺もつくしって呼ぶから―――いいな?」

 その言い方は優しいのに、あたしを見つめる目は有無を言わせないほどの力を持っていて。

 あたしはただ、黙って頷くしかなかった・・・・・。





  

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