***もっと酔わせて vol.25 〜総つく〜***



 
 それから、3日後のことだった。

 夕食の後、西門さんが実家のお母さんから呼び出されて。
「わりい、1時間くらいで戻るから」
 そう言って出て行って、あたしは類とテレビを見ていた。

 『ピンポーン』

 「今頃、誰だろ?」
 西門さんは鍵を持ってるはずだし。
「俺が出るよ」
 そう言って、類が珍しく玄関へと出て行った。

 それからしばらくして一緒に現れたのは―――

 「祥一郎さん?」
 類の後ろから現れたのは、祥一郎さんだった。
「今晩は。ごめんね、突然。この間のお詫びに来たんだけど―――総二郎、いないんだね」
「あの、今実家の方に―――1時間くらいで戻りますけど」
「そう。ま、いいや。このワイン、この間と同じやつでもらい物なんだけど―――」
 そう言って、祥一郎さんはこの間2人で飲んだスパークリングワインを差し出した。
「この間のお詫びに、3人で飲んでよ。俺1人じゃやっぱり、おいしくないからさ」
 にっこりと微笑まれ、あたしはちらりと類の方を見てから、そのワインを受け取った。
 類はまるで気にしていない様子で再びソファーに身を沈める。
「あの―――コーヒーでも、どうですか?あたし、用意しますので座っててください」
「ああ、ありがとう」


 「―――うん、うまい。牧野さんは、コーヒー入れるのうまいね」
「そんなこと、ないです」
「・・・・・この間は、本当に悪かったね」
 祥一郎さんの言葉に、あたしは首を振った。
「あの時―――本当はもっと早く君を送っていくつもりだったんだ」
「え―――」
「でも・・・・・君を知りたかったっていうのも本当だけど―――ああして一緒に飲んでるうちに、もっと一緒にいたくなって。それまで考えたこともなかったのに。総二郎から、何か奪いたいなんて・・・・・」
 じっと、西門さんに似てる瞳で見つめられて。
 その真剣な眼差しに、あたしは一瞬身動きができなくなる。
「君を、自分のものにできたら―――。あのとき、俺は初めて総二郎に嫉妬した。初めて―――もし俺が、西門家に残ってたらって考えたよ」

 祥一郎さんは、じっとあたしを見つめて目をそらさなかった。

 どう答えたらいいのかわからない。

 その時、類が口を開いた。
「―――結果は、同じだよ」
 その言葉に、祥一郎さんが類の方を見る。
「もし、兄貴があの家に残って、もし牧野を好きになったとしても。牧野が好きになるのは、やっぱり総二郎だよ。どんなに兄貴がいい男で、どんなに総二郎が遊び人でも。やっぱり、牧野は総二郎を好きになったと思うよ」
「言うな―――。そこまで言いきれるほど、お前は牧野さんをよく知ってるわけだ?類。お前だって・・・・・牧野さんを好きなんだろう?こんな風に2人の同棲生活にまで踏み込んで。2人の仲がこじれたら、いつでも牧野さんをかっさらえる位置だ」
「俺は、そんなつもりはないよ。牧野が好きだから、そばにいたい。牧野に幸せになってほしいから、守りたい。そう思っただけ」
 いつものように、類が穏やかに微笑む。
「守りたい―――か。変わったな、類。そんな風にお前を変えたのも、あの総二郎を変えたのも―――牧野さん、君なんだな」
「あたしは―――何もしてません。何かが変わったんだとしたら、あたしはそのきっかけになる手伝いをしただけで・・・・・。西門さんも類も、根本的な部分は変わってないと思います」
「そうかもしれないな・・・・・。駄目だな、すっぱりきみのことは諦めようとここへ来たのに。君のことを知れば知るほど、深みにはまっていくみたいだ」
 ふっと、自嘲気味に笑う祥一郎さん。
 あたしは何と言っていいかわからずに、類の方を見た。
 類はこの状況を楽しんでいるように笑みを浮かべ、あたしの視線に気づくとひょいと肩をすくめた。

 ―――そのうち総二郎が帰ってくるよ。

 そんな風に言われたみたいで。
 そんな暢気なこと言ってていいんだろうかと、ちょっと心配にもなる。
 でも、祥一郎さんは西門さんのお兄さんなのだし。
 ちゃんと、西門さんのことだって考えてるんだよね・・・・・。  

 「西門さんは、祥一郎さんのことが大好きなんです」
 そうあたしが言うと、祥一郎さんはちょっと目を瞬かせた。
「大好きなお兄さんだからこそ―――きっとあのときも怒ったんです。西門さんは、そういう人です。だから、あたしも彼を好きになったんです。遊んでるように見えても――――すごく、まじめで優しい人です」
「―――よく知ってるね、あいつのこと」
「祥一郎さんだって、知ってるでしょう?だから、あそこに西門さんが来ることも、本当は知ってたでしょう?」
「確かにね・・・・・。本気で君を好きなら、きっと来るだろうとは思ってたけど」
「意地、悪いですよ。そんな試すようなことして」
 祥一郎さんが、ふっと笑う。
「そうだね・・・・」
「それに―――西門さんは心配してたけど、あのとき、あたしにキスつもりなんか、なかったでしょう?」
 アルコールが回っていて、ふらふらだったあたしだけれど。
 今思うと、何となくそんな気がするのだ。
 祥一郎さんは、あのとき西門さんが来てること、ちゃんと気づいてたって。
「ちょっと、あいつをからかってやりたくなったんだ。でも―――今はちょっとそれも後悔してる。予想外に君が可愛くて―――また会いたくなってしまったから」
「からかわないでください」
「からかってなんかないよ。―――でも、諦めた方がいいんだろうな。総二郎だけじゃなく―――類も敵に回すことになりそうだし」
「俺だけじゃないよ。牧野に手を出せば、敵になる奴はいっぱいいる。牧野の周りには、そういうやつがいっぱいいるんだ」
「物騒だな」
 そう言ってくすくす笑い。
 コーヒーを飲み干すと、祥一郎さんは立ち上がった。
「そろそろ帰るよ」
「あ、でも西門さんが―――」
「いいんだ。また怒られるのは勘弁だし、もう行くよ―――牧野さん」
「はい」
「外の、車のところまで送ってくれる?―――最後の我儘だと思って」

 そう言って、西門さん顔負けのとろけるような笑顔を向けられて。

 不覚にも見惚れてしまったのは、類とあたしだけの秘密にしておこう、と思った・・・・・。





  

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