***もっと酔わせて vol.24 〜総つく〜***



 
 「西門さん―――」

 ほっとしたのかまずいと思ったのか。  

 自分でもよくわからない。

 西門さんと祥一郎さんの間にピリッとした空気が流れているのだけはわかって、あたしは慌てて祥一郎さんから体を離した。

 「どういうつもり?兄貴。まさか初めからこれが目的だったのか?」
 西門さんの言葉に、祥一郎さんはふっと口を端を上げて笑った。
「まさか。俺はそこまでひねくれてないつもりだよ。今までのこと、ウソはついてない。婆さんの話も見合いの話も、困ってたのは本当だ。ただそれを牧野さんに頼もうと思ったのは―――お前が1人の女に絞るなんて、ちょっと信じられなくて。それがどういう女なのか、知りたかったっていうのが本音かな。親父みたいに、外に愛人を作るようなやつになるんじゃないかって心配してたのが・・・・・最初に聞いた時はまさかって思ったから」
 そう言って、今度はあたしに優しい笑みを向けた。
「ごめんね、牧野さん。君とゆっくり話がしたかったって言うのも本当だよ。それで―――ちょっと、総二郎に嫉妬した」
「嫉妬・・・・・?」
「君は、本当にすてきな人だよ。君みたいな女性が総二郎の相手でよかったって、本当にそう思った。それで―――俺にもそんな人がいたらってね」
「祥一郎さん―――」

 今まできっと、1人で頑張って来たのだろう。

 西門家に借りを返すためでもあっただろうし、西門さんのためでもあったんじゃないだろうか。

 自分のことを思い、離れていった弟のため―――。

 だけど、それも限界がある。

 1人はやっぱり、寂しいのだ・・・・・。

 「どんな理由があろうが、やっていいことと悪いことがあるぜ、兄貴。牧野、こっち来い」
 そう言って、大股に近づいてきた西門さんが、あたしの腕をグイっと引っ張る。
 あたしはまだふらふらする足取りで、西門さんに引きづられるようによろよろと歩いた。
「心配しなくても、これ以上何かするつもりはなかったよ。ただ―――牧野さんと一緒にいたいと思っただけだ」
「―――とにかく、今日はもう帰る。じゃあな」
 西門さんに抱きかかえられるようにして、あたしは玄関に向かい―――

 「―――牧野さん、ありがとう」

 祥一郎さんの声を、背中に聞いていた―――。


 「ごめん」
 マンションにつき、リビングに座らされたあたしは、類の持ってきてくれた水を一気に飲むと、そう言った。

 車の中からずっと、西門さんはむっと押し黙ったままだ。

 相当怒っているのだろうということが、その表情からも彼の纏うオーラからも感じられて―――思わず身震いする。

 触らぬ神になんとやら、で類は自室に引っ込み―――部屋は異様な静寂に包まれた。

 とにかく、すぐに西門さんに連絡しなかったあたしが悪いのは事実だし。
 そう思い、もう一度口を開く。
「ホントに、ごめん。すぐに帰るつもりだったのに、つい話しこんじゃって―――」
「―――何の話をしてた?」
 思ったよりも冷静な、その低い声にどきりとする。
「何って―――西門さんの小さい頃の話とか・・・・・?」

 ふうっと、大きなため息。

 やがて、西門さんはあたしの隣にどさっと座ると、あたしの顔をじっと見つめた。

 そしてしばらく何も言わず見つめられて、あたしの方はドキドキと落ち着かない。
「―――兄貴から、何度かメールが来たんだ」
「え―――」
「『もう少し、時間がかかりそうだ』『牧野さんが婆さんの相手をしてくれてる』『相手に引きとめられてて―――』って感じで、最後のメールが来たのが5時過ぎ。『夕食に招待されたから、帰りは遅くなりそうだ』って、それ見て、なんか妙だと思ったんだ」
「妙って―――」
「言っただろ?兄貴は俺とは違う。相手の話に合わせてるように見せかけて、自分が決めたことは絶対に曲げないタイプ―――わかりやすく言えば、表は俺で、裏が類みたいな感じだ」

 ―――なるほど、わかりやすい。

 て、感心してる場合じゃないんだけど。

 「その兄貴が、相手のペースに合わせて夕食まで一緒に―――なんていうのはおかしいって思ったんだ。それに、何度電話してもお前の携帯は繋がらないし」
「ご、ごめん」
「兄貴のことも、お前のことも信用してた。だから、ぎりぎりまで待ってようと思って―――けど、あんなことになってるんだったらやっぱりもう少し早く行動すりゃあよかった」
 そう言って、西門さんの手があたしの頬を撫でる。
「―――お前、今自分がどんな顔してるかわかってる?」
「え・・・・・?」
「アルコールのせいで目が潤んで、頬も赤くなって、口は半開きで、息が荒くなって―――そんな表情、兄貴に見られたのかと思うと、無性に腹が立つ」

 ぐっと西門さんの顔が近付き、そのままぶつかりそうなところで止まり、じっと見つめられる。
「たとえ兄貴だって―――お前を渡すつもりなんかない。あのままキスでもしようもんなら、さすがに俺も兄貴をぶん殴ってたぜ」
「キ、キスなんて―――」
「されそうになってた。少なくとも、あそこで俺が止めなかったら、兄貴はキスしてたよ」

 唇が触れそうなところまで近づく。

 だけどその鋭い視線はあたしを射抜くようで。

 「俺の兄貴だろうが、男は男だ。もう少し自覚しろよ、お前は女なんだって。男を誘惑するくらいの色気は持ち合わせてるんだ、お前でも」
「―――ごめんなさい。反省、してるよ。つい―――話に引き込まれちゃって」
 あたしの言葉に、西門さんは溜息をつき―――
 そのまま、ぎゅっとあたしの体を抱きしめた。
「―――気が気じゃなかった。マジで、すげえ焦った」
「―――うん」
「頼むから―――俺以外の男の前で、無防備になるな。籠の中にでも閉じ込めておきたくなる」
「か、籠はちょっと―――」
「―――今日は、お仕置きな」

 耳に吐息を吹きかけながら、わざと低い声で囁く。

 途端に、あたしの体は熱くなり―――

 ようやく冷めてきたと思っていた酔いが、再びあたしの体を駆け巡り、頭を沸騰させるような勢いで。

 「―――やっぱり、だめ」
「何が?」
 むっとしたような西門さんの声。
 でも。
「西門さんじゃなきゃ、だめ―――」
 あたしの言葉に、西門さんが驚いたように目を見開き、あたしを見つめた。
「祥一郎さんはすてきな人だけど―――こんな気持ちになるのは、西門さんだけ。やっぱりあたし―――西門さんが、好きだよ・・・・・」

 その瞬間、西門さんの頬が赤く染まった。

 「この酔っ払い―――そんなこと言ったら、止まらなくなるぞ」
「―――いいよ」
「反則っていうんだ、そういうの―――。もう、絶対離さねえから、覚悟しとけよ」
「―――うん・・・・・」





  

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