「うわ、これすごくおいしい!」
目の前に並べられた食事を口にした亜希子ちゃんが、頬を紅潮させる。
素直な反応が高校生らしくて、思わず笑みが漏れる。
「たくさん食べて。せっかくだから」
祥一郎さんの言葉に、嬉しそうに頬を緩ませながらも遠慮がちに口を開く。
「でも・・・・あんまり食べると太っちゃうから」
「気にすることないのに。亜希子ちゃん、別に太ってるわけじゃないんだし、日本食なら太りにくいから大丈夫だよ?」
あたしが言うと、亜希子ちゃんはちょっと照れたように微笑んだ。
「ありがとう、つくしさん。でも―――あたし油断するとすぐに太る体質みたいで。彼氏にも、最近太ったって言われて―――」
悲しそうに眼を伏せる彼女を見て―――ピンときた。
「もしかしてケンカって―――それで?」
「はい」
あたしは再び祥一郎さんを視線を交わす。
多感な高校生くらいのときにはよくあることだろう。
傷つけるつもりで言ったわけじゃなくても、普段からそういう言葉に敏感になってる女の子には、ショックな言葉だ・・・・・。
「大丈夫。君は太ってないよ」
祥一郎さんが優しい眼差しを亜希子ちゃんに向ける。
「それに、君くらいの年の女の子はちょっとぽっちゃりしてるくらいのが、健康的でかわいいと思うよ」
彼くらいの魅力的な男性から言われる言葉というのは、まるで魔法のような効果があるようで。
亜希子ちゃんはパーッと頬を染め、瞳を潤ませた。
「あ―――ありがとうございます」
そんな彼女の表情を見て、おばあちゃんも安心したようだった。
「ありがとうね、先生。やっぱり先生に会ってもらって正解だったねえ。結婚というのはなしにしても―――これからも、この子に何かあった時には先生に相談に乗ってもらおうかねえ」
その言葉に、祥一郎さんはちょっと苦笑して。
「―――おれで役に立つのなら、それでもいいけど。でも、お見合いの話はもうなしにしてくださいよ」
「はいはい。こんな可愛い恋人がいるんなら、仕方ないねえ。先生も早く、結婚すりゃあいいのに」
「まあ、そのうちに―――ね」
そう言って、祥一郎さんは困ったように視線を泳がせたのだった・・・・・。
食事を終え、店を後にしたあたしたちは再び車に乗っていた。
「あ、西門さんに電話しなきゃ」
ふと思いついてバッグから携帯を取り出そうとして―――
「ちょっと待って」
その手を、祥一郎さんに押さえられる。
「え?」
「もうちょっと・・・・・牧野さんと話がしたいんだけど、だめかな」
「あたしと話、ですか?」
「うん」
連れて行かれたのは、祥一郎さんの住居兼病院で―――。
『西門医院』の文字に、なんだか不思議な気持ちになった。
「家の玄関はこっちなんだ。どうぞ」
そう言って案内されるままに、その家に入る。
きれいに片づけられた家の中は、落ち着いた色調の家具で揃えられていて、祥一郎さんらしい雰囲気を醸し出していた。
「思っていたよりも早く終わったし、この後どうせ予定もないから―――もう少し牧野さんと話したいんだ」
そう言いながら祥一郎さんはあたしをリビングのソファーへと促し、自分はキッチンの中へと入って行った。
「あの、お構いなく」
何となく落ち着かなくて、ソファーに浅く座っていたあたしは、キッチンの祥一郎さんに声をかけた。
「ああ、気にしないで、すぐ行くから―――」
その言葉通り、2,3分も経つと、祥一郎さんが2つのグラスとワインのボトルを持ってきたのだった。
「これ、スパークリングワインなんだ。患者さんからいただいたんだけどね、1人じゃ飲む気にならなくて。牧野さん、飲めるよね?」
「え、でも、あの―――どうせだったら西門さんも一緒の時にした方が―――」
「ああ、総二郎とはまた別の機会にでも飲むよ。今は、君と飲みたいんだ」
―――そう言われても・・・・・
さすがに、この状況はどうなんだろうと困ってしまった。
西門さんにも釘を刺されたのに、のこのこここまで付いて来てしまったこと自体、ばれたら怒られそうな気がした。
「大丈夫。総二郎には言わないよ」
くすりと、まるであたしの心なんか見透かしてしまったように言う。
その眼差しも、やっぱり西門さんに似ていてドキッとする。
「今日は本当に助かったよ、ありがとう」
祥一郎さんが、グラスにワインを注ぐ。
炭酸の泡が、シュワシュワと心地いい音を立てる。
目の前で注がれ、はいと渡されてしまえば、飲まないというわけにもいかない気がして。
あたしはそっとグラスに口をつけた。
甘く、程よい酸味のスパークリングワインが口の中に広がる。
「あ―――おいしい」
「よかった。すごくおいしいからって勧められてね。だけどそんなに美味しいものなら、なおさら1人で飲むのは寂しいでしょ?」
「そう―――ですね」
それは確かに。
「牧野さんとなら、おいしいお酒が飲めそうな気がしたんだ」
そう言って笑う祥一郎さんの顔は、西門さんと似ているようで、やっぱり少し違う。
この人は―――寂しい人、なのかな―――
あたしは祥一郎さんと一緒にワインを飲みながら、いろんな話を聞いた。
西門さんの子供の頃の話とか、中学生の頃のF4の話とか。
今まで知らなかったような西門さんの話をたくさん聞くことができて、すごく楽しかった。
それに、西門さんとはちょっと違う落ち着きが祥一郎さんにはあって、そんなところも新鮮であたしは話に引き込まれていった。
気づけば時間も大分経ち、ワインのボトルも空に・・・・・。
「あ、もうこんな時間?」
ふと部屋の壁かけ時計に目をやると、時間は夕方の6時を過ぎていた。
「ああ、本当だ。ずいぶん話しこんじゃったね。でも、それにしては総二郎から電話かかってこないね」
そう言えば・・・・と、あたしも不思議に思ってバッグから携帯を取り出して見る。
そこで、大変なことに気付いた。
「あ!」
携帯の電源が、切れていたのだ―――。
「そう言えば、あのお店に入る前に切っておいたんだ・・・・・」
すっかり忘れていた。
―――これは―――さすがに怒られるかも・・・・・
1人青くなっていると、祥一郎さんがすっと立ち上がった。
「ごめん、総二郎には俺から説明するよ。車で送るってわけにもいかないし、今タクシー呼ぶから―――」
「いえ、祥一郎さんのせいじゃないです。あたしがうっかりしちゃって・・・・・ここからなら、駅もそんなに遠くないし1人で大丈夫―――」
そう言って立ち上がろうとして―――
ゆらりと目の前が揺れる。
やば、結構キテルかも?
そのままよろよろと倒れそうになった―――かと思ったら、寸でのところで力強い腕に支えられる。
「―――大丈夫?1人で帰るのは無理だと思うけど―――」
すぐ耳元で祥一郎さんの声が響き、ドキッとして思わず反射的に離れようとして―――
またふらりとよろけ、今度はしっかりと抱きすくめられてしまう。
「危ないよ。もう少し、休んでいけば?」
「そ、そういうわけには―――あの、西門さんに電話を―――」
慌ててまた離れようとして―――
くすりと、耳をくすぐるような笑い声。
ぞくりと何かが背中を駆けあがるような感覚に、息を飲む。
「俺が怖い・・・・・?」
すぐ耳元で聞こえる声が、低く甘く、頭に響いてくる。
「あの―――離してください、あたし、帰らないと―――」
祥一郎さんの腕が、しっかりとあたしの腰に回っていて、離れることができない。
ワインのアルコールのせいで足にも力が入らず、立っているのもやっとだ。
「このまま―――帰さないって言ったら?」
すぐ間近に、祥一郎さんの端正な顔。
西門さんに似てるけど違う、大人の男の人の顔に、あたしの胸の鼓動が速くなる・・・・・。
「離したくないな・・・・・君を総二郎のところに、帰したくない・・・・・」
冷たく繊細な掌が、あたしの頬を撫でる。
吸い込まれそうな黒い瞳があたしを見つめていて―――目が、離せない。
まるで金縛りにでもあったみたいに、あたしはそのまま動くことができず―――
祥一郎さんの顔が、近づいてくる。
そっと伏せられる、長い睫毛。
そのまま唇が重なりそうになった時―――
「―――そこまでにしとけよ、兄貴」
リビングの入り口に立ってこちらを睨みつけていたのは―――
「なんだ、もう来たのか―――総二郎」
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