***もっと酔わせて vol.22 〜総つく〜***



 
 「おはよう」

 約束のその日、祥一郎さんはマンションまであたしを迎えに来てくれた。
「おはようございます」
「じゃ、行こうか。外に車止めてあるから」
「車、持ってんの?」
 あたしの隣にいた西門さんがそう言った。
「ああ、中古だけどな、去年買ったんだ」
 そう言って、祥一郎さんが歩きだし、あたしも慌ててその後を追った。
「じゃ、行ってくるね」
「終わったら連絡しろよ。迎えに行くから」
「わかった!」

 心配そうに見送る西門さんに背を向けて。

 あたしは祥一郎さんの後についてマンションを出ると、その前に止まっていた車に乗り込んだのだった。


 「悪いね、こんなことにつき合わせて」
 車を運転しながら祥一郎さんが言う。
「いえ、気にしないでください」
「―――僕の話、総二郎から聞いてるかい?」
「あ―――少しだけ」
 正確には、類から聞いた話がほとんどだけれど。
「そう。僕があの家を出て―――総二郎とも会わなくなってもう4年経つ。あっという間のようで、僕にとっては長い4年だった。開業するのに西門の家から資金を援助してもらって始めたけど、どうにか自分の力で成功させて、援助してもらった分の借りは返したいと思ってたんだ」
 静かに、遠い昔ののことのように話す祥一郎さん。
「がむしゃらにやって来たよ。どうにか軌道に乗り始めて―――ようやく回りを見る余裕も出てきた。でも、総二郎と違って女性には縁がないもんだから、恋人もいないし、結婚したいとも思ってなかったんだけど―――総二郎が君と真剣に付き合ってるらしいって話を小耳にはさんでね、ちょっと興味持ったんだ」
 そう言って、くすりと笑う祥一郎さんは、なんだか楽しそうだった。
「あとくされのない相手だけを選んで、広く浅くの付き合いしかしなかったあいつが、どんなふうに変わったのか―――君と一緒にいるあいつを見て、何となくだけど―――わかった気がするよ」
「そう、ですか?」
 あたしには、よくわからなかった。
 まだ道明寺と付き合っていたころ。
 西門さんに言われたことがある。

 ―――牧野つくしが、F4を変えたんだ。

 そんな風に思ったことはなかった。
 ただ夢中で、何度も躓きながら、とにかく必死だったから。  

 あの頃、西門さんのことを恋愛対象として見たことはなかったけれど―――

 でも、あたしも確かに、F4と関わって変わったのだろう。
 そして西門さんと付き合うようになってからも―――


 「ここで、待ち合わせをしているんだ」
 そう言って祥一郎さんが案内してくれたのは、落ち着いた雰囲気の日本食レストランだった。
 仲居さんに案内してもらい、個室に通される。
 そこにはすでに2人の姿が―――

 人の良さそうな、白髪の小柄なおばあちゃん。
 そして、今時の女子高校生だけれどやわらかい雰囲気がおばあちゃんによく似たちょっとぽっちゃりした感じの女の子。
「お待たせして、申し訳ありません」
 そう言って軽く会釈する祥一郎さんに合わせ、あたしも軽く頭を下げる。
「こちらが、牧野つくしさん。僕がお付き合いしてる人です」
 そう言って、祥一郎さんがあたしの肩を軽く抱くのに、ちょっとどきりとしてしまう。
「は、はじめまして、牧野つくしです」
 頭を下げるあたしを、珍しい動物でも見るように目を瞬かせながら見つめるおばあちゃん。
「ふーん・・・・・本当だったんだねえ、付き合ってる人がいるっちゅーのは・・・・・」
「だから、そう言ったでしょう」
 苦笑しながら、祥一郎さんはあたしに座るよう促し、自分もその隣に座る。
「君が、亜希子さん?」
 祥一郎さんが女子高生に声をかける。
 亜希子、と呼ばれたその女の子は祥一郎さんと目が合うとぽっと頬を染め、慌てて頭を下げた。
「は、はい。桜庭亜希子です」
「おばあちゃんからいつも話は聞いてるよ。家の手伝いを良くしてくれる、とてもいい子なんだって」
「い、いえ、そんなこと―――」
 カーッと真っ赤になって照れるその様子は、初々しくてとてもかわいらしかった。
「本当にいい子でねえ。だから、先生みたいな人のお嫁さんになってくれたら私も安心できると思ったんだけど―――そうかい、やっぱり付き合ってる人がいたのかい・・・・・」
 がっくりと肩を落とすおばあちゃん。
 なんだか申し訳なくなってしまって、あたしはちらりと祥一郎さんの方を見た。
 やっぱり、こんな風にこの2人を騙すようなこと、しちゃいけなかったんじゃないかと思えてくる。
「すまないね。言わなかったのは、彼女の両親にもまだ挨拶していない段階だったし、こんな風に結婚を見据えたような紹介もどうかと思ってたんだ。ただ、僕は真剣に彼女との将来を考えてるから―――それに、亜希子ちゃんもこれからきっといろんな出会いが待ってるだろうし、まだ見合いなんてしなくても、これだけいい子ならいくらでもいい男が現れるよ」
 祥一郎さんの言葉に、おばあちゃんは顔を上げ亜希子さんを見た。
「そうかねえ・・・・・。実は先日、この子が偉い落ち込んで帰ってきてねえ」
「おばあちゃん!」
「夕御飯も食べず部屋に閉じこもって―――」
「そんなこと今話さなくても!」
「だってお前・・・・・そんなに痩せちまって、わたしゃあんたがかわいそうで―――」
 うう、と声を詰まらせ、目頭を押さえるおばあちゃん。
 亜希子ちゃんはばつが悪そうに溜息をつくと、あたしと祥一郎さんをちらりと見て、口を開いた。
「ごめんなさい。あたし1人っ子で、昔からおばあちゃん子だったから、おばあちゃんもすごくあたしのこと心配してくれて―――」
「―――いいおばあちゃんだよね」
 そう言ってにっこりと微笑む祥一郎さんに、亜希子ちゃんはホッとしたように笑顔を見せた。
「はい。あの―――今回のことは、ごめんなさい。おばあちゃん、あたしのことを心配してくれたんです。あたしが、彼氏に振られて落ち込んでたから・・・・・」
「え・・・・・彼氏に?」
 あたしが聞くと、亜希子ちゃんはあたしの方を見て、こくりと頷いた。
「高校生になってから、初めてできた彼氏で―――でも先週、ちょっとしたことが原因でけんかになって・・・・・別れちゃったんです。それで落ち込んで、ご飯も食べられなくて部屋に閉じこもってたんです。もう、学校に行くのも嫌になっちゃって・・・・・。そうしたらおばあちゃんが、先生の写真を持ってきて、この人と見合いしないかって―――」  

 ―――なるほど、そういうことか。

 あたしと祥一郎さんはちらりと視線を交わした。

 「最初は見合いなんて、って思ってたんですけど、写真見せてもらったらすごく素敵な人だし―――もしかしたら、あたしが見合いするって知ったら彼がヤキモチ妬いてくれるかなって―――」
 恥ずかしそうに、頬を染める亜希子ちゃん。  

 くだらない、なんて思っちゃいけない。

 だってきっと、亜希子ちゃんにとっては一生を左右するくらいの一大決心だったんだろうから・・・・・。





  

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