***もっと酔わせて vol.21 〜総つく〜***



 
 「その孫に―――俺のこと話したら本人も乗り気で、とにかく1度会いたいって言ってるんだって」
 祥一郎さんはそう言ってため息をついた。
「高校生だなんて、いくらなんでも若すぎるって言ったんだけど―――自分は老い先短いから、とにかく一度会ってくれの一点張りでどうにも諦めてくれる気配がないんだよ。それで、何とかうまく断ろうと思って・・・・実は付き合ってる人がいるって言っちゃったんだよね」
 その言葉に。
 西門さんの顔が引きつる。
「おい―――なんかすげえ嫌な予感がするんだけど」
 そんな西門さんを見て、祥一郎さんはにっこりと笑った。
「察しのいいお前なら、言わなくてもわかると思うけど―――」
「―――牧野に、その付き合ってる人ってのをやらせるつもりかよ?」
「その通り」
「ふざけんなよ!」
 西門さんが大きな声を上げ、一瞬レストラン中が沈黙する。
「ちょっと、西門さん落ち着いて―――」
「これが落ち着いてられるかよ。久しぶりに会ってみれば―――冗談じゃねえ」
「ふーん・・・・・結構本気なんだ」
 その祥一郎さんの言葉に。
 西門さんの頬が微かに染まる。
「―――当然だ。じゃなかったら親に紹介なんかしねえ」
「だろうと思ったよ。だからこそ―――牧野さんに頼みたいんだ」
「はあ?どういう意味だよ」
「お前が本気で惚れる相手なら、信用できる。こんなこと、その辺の女には頼めないだろ」
 その言葉に、西門さんはちょっと黙って考え―――
「けど―――ばれたらどうするんだよ」
「大丈夫だろ。もし万が一お前と牧野さんが一緒にいるとこ見られたとしても婆さんは目が悪いし、その孫とも俺はほぼ初対面だし、俺とおまえは似てるから俺と一緒にいるんだと思うだろうし」
「そんな都合良くいくかよ。似てるって言ったって見間違えるほどじゃ―――」
 心配そうな西門さんに対し、祥一郎さんはどこか自信ありげに頷いて見せた。
「見間違えてるんだよ」
「は?」
「よく、患者さんに言われるんだよ。渋谷でかわいい女の子とデートしてるところを見たとか、どこだかのクラブできれいな女の人口説いてるの見たとか―――。俺、渋谷も行かないしクラブにもここ数年行ってないしね。それ全部、お前だって考えるとずいぶん俺たち似てるみたいだぜ?」
 祥一郎さんのその言葉に。
 西門さんが言葉を失い、あたしはそんな西門さんをじろりと睨んだ。
「へえ―――そうなんだ」
「ま、待て、誤解だぞ!おい、それずいぶん前の話だろ?変なこと言うなよ!」
「さあ、どうだったかな。俺も聞いた話だし。で、どうかな、牧野さん。1日だけでいいんだ。ちょっと俺と一緒にその婆さんに会ってくれないかな。どうしても俺の彼女に会いたいって言われて。会うまでは信じられないって言うんだよね。今までそんな話したことなかったから―――。その孫も一緒に、俺と2人でいるところ見せたら納得すると思うんだけど」
「―――わかりました」
「おい、牧野!」
「だって―――1回だけなら、別にいいでしょ。人助けになるんだし」
 あたしの言葉に、祥一郎さんが嬉しそうに笑った。
「ありがとう!君ならそう言ってくれると思ってたよ。詳しい日にちと時間決まったら連絡するから、メアドとケー番教えてくれるかな」
「あ、はい―――」
 そう言って自分の携帯をバッグから取り出そうとして。
 その手を、西門さんに押さえられる。
「連絡なら、俺を仲介すりゃあいいだろ?」
「だって―――」
「じゃ、お前も協力してくれるってことだな?」
 にやりと笑ってそういう祥一郎さんに、西門さんは不本意そうにじろりと睨みながらも、渋々頷いた。
「今回だけは、協力してやるよ。二度とはやらねえぞ」
「オーケー。サンキュー、総二郎」
 そう言って笑う祥一郎さんの笑顔は。
 やっぱり西門さんにそっくりだと思って、つい見つめてしまうのだった・・・・・。


 「変わってなかったなあ、お前の兄貴」
 レストランを出て、あとから出てきた美作さんと類と合流する。
「あれで女がいないって、ちょっと嘘っぽいけど」
 美作さんの言葉に、西門さんは不機嫌そうに肩を揺らす。
「いないんだろ、牧野にあんなこと頼むくらいなんだから。見た目はそっくりでも俺と兄貴とじゃ性格がまるっきり違うからな。いつも言ってたよ。『俺は総二郎ほど器用じゃないから、一度に2つのことはできない』んだって」
「なるほどね。西門さんみたいに、何十又も掛けられるような人じゃないんだ」
 あたしの言葉に、西門さんの眉がピクリとつり上がり、類がぷっと吹き出す。
「笑うな、類!だから、それは昔の話だろ?いつまで怒ってんだよ」
「別に、怒ってなんか―――」
「怒ってんだろうが。だから、あんなこと引き受けたんだろ」
「そんなことないよ、あたしはただ祥一郎さんに頼まれたから―――」
「へ―え」
「何その言い方」
 睨み合うあたしたちを見て、美作さんが溜息をつく。
「やめろって。とにかく1度だけ、その婆さんと女子高生に会えばいいんだろ?どうってことないじゃん、そのくらい」
「それでその婆さんも納得してくれるなら人助けだよね」
 そう言って類も微笑む。
 西門さんは諦めたように溜息をつき。
「―――本当に、一度だけだからな」
 と言ったのだった・・・・・。


 西門さんの言う通り、祥一郎さんが患者さんに聞いた話と言うのはきっと過去のこと。
 あたしと付き合い始めてから、西門さんが他の女の子と付き合ってたことなんてないって、わかってる。
 でも。
 やっぱりちょっと不安だったのかもしれない。
 あたしでいいのかなって・・・・・。

 その日の夜、何となく眠れなくてベッドに寝そべりながらそんなことを考えていると、ノックの音が。
「牧野、起きてるか」
 西門さんの声。
「うん、いいよ、入って」

 部屋に入ってきた西門さんは、ベッドに座ると、あたしを見つめた。
「今日の話―――まだ、俺のこと疑ってる?」
 その言葉に、あたしはゆっくりと首を振った。
「疑ってはないよ。そりゃあ、ああいう話聞いて気分良くはないけど・・・・・でも、過去のことだって、わかってるつもりだし」
「そっか・・・・・」
「うん。でも、やっぱり自信なくて・・・・・西門さんが今まで付き合ってきた人たちのこと考えたら―――」
「そんなの、関係ないだろ」
「だって、きれいな人たちばっかりだったんでしょ?あたしは―――もしあたしと西門さんが2人でいるとこ見ても、カップルに見えるのかな?」
「くだらねえこと、気にすんなよ」
「くだらなくなんかないよ。あたしは―――」
 きっと西門さんを見上げたあたしの唇に、触れるだけのキス。
「他人の眼なんか、気にすんな。俺は、お前が隣にいてくれればいい」
「西門さん―――」
「それより。お前こそ浮気すんなよ?」
 一瞬にして顔を顰めて、むったしたようにそんなこと言うから、あたしは目を瞬かせた。
「浮気?」 「兄貴に見惚れてただろうが。いいか、俺が見てないからって必要以上に兄貴にくっついたりするんじゃねえぞ」

 その言葉に。

 一瞬呆けた後、あたしは思わずぷっと吹き出した。
「おい」
「ごめん、だって・・・・・何であたしが祥一郎さんに見惚れてたか、わかってないでしょ」
「はあ?」
「あんまり西門さんに似てるから―――西門さんの、ちょっと未来を見てるみたいで―――思わず見とれちゃったんだよ」
 そう言って見上げてみれば、西門さんは微かに頬を染めていて。
 あたしと目が合った瞬間、ぎゅっと抱きしめられて、その胸に顔を押し付けられた。
「恥ずかしいから、見んな」
「え―」
「―――それ言うのは、反則。怒れなくなるだろうが・・・・・」

 恥ずかしそうに。

 でもうれしそうなその声音に。

 あたしはちょっと幸せな気分になって、その胸に頬をすりよせた・・・・・。





  

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