「兄貴とは、ここ5年くらい会ってない」
翌日、大学のカフェテリアでいつものようにF3 コーヒーを飲んでいた。
「お前が高等部に上がった年だったっけ?兄貴が家出てったの」
美作さんの言葉に、西門さんが頷く。
「ああ、親父と大喧嘩してな。そのあと1年くらいは俺も時々会ってたんだけど―――」
「今はどうしてるの?」
あたしが聞く。
お兄さんがいるということは聞いていたけれど、詳しい話は聞いたことがなかった。
あまり、聞いてはいけないことのような気がして―――
「医者になったんだ。今は独立して横浜の方で開業してるって聞いた。横浜に行ってからは俺も会ってないからよく知らねえけどな」
「で、そのメールの内容は?会いたいとか言ってんのか?」
美作さんの言葉に、西門さんは戸惑ったような表情をする。
「ああ・・・・・どっかで俺が牧野と住んでることを聞いたらしい。話したいことがあるって―――。いまさら、何の話があるんだか―――」
なんとなく、腑に落ちないような表情。
どうしてだろうと不思議に思っていると、横にいた類があたしの腕をツンツンとつついた。
「5年前、本当は総二郎も兄貴のあとを追って家を飛び出そうとしたんだよ」
こそっと耳打ちされたその意外な話に、あたしはぎょっとする。
「え―――」
「しっ」
声を上げそうになって、あたしは慌てて口を抑えた。
西門さんは美作さんとの話に夢中でこちらには気付いていなかった。
「母親に泣き疲れてそれはあきらめたらしいけど―――だけど兄貴の住んでたマンションに入り浸ったり、稽古をさぼることが多くなって―――見かねた兄貴に言われたんだって」
「なんて?」
「お前がいると医者になれない。迷惑だからもう来るなって―――」
「それって―――」
「ん。兄貴なりに、総二郎のこと考えてのことだったと思うよ。仲良かったからね。総二郎もそれをわかったからおとなしく従ったんだけど―――」
類が、ちらりと西門さんを見る。
「後で、それが母親に頼まれて兄貴がしたことだってわかったんだ」
「え・・・・・」
「それも、医者として独立するのに資金を援助するという交換条件付きでね。もし断れば援助は一切しないと言われて―――兄貴はそれに従った。それを知ってから、総二郎は兄貴との連絡を一切断ったんだよ」
知らなかった。
そんなことがあったなんて―――
その時―――西門さんの気持ちはどうだったんだろう。
お兄さんを憎んだんだろうか―――。
その時、再び西門さんの携帯がメールの着信を告げた。
「―――兄貴だ」
西門さんの言葉に、あたしたちも動きを止めた。
「―――今日、レストランを予約したって―――8時に、来てくれってさ。牧野も一緒に」
「え?あたし?」
「ああ。『ぜひ彼女を紹介してほしい』って書いてある」
ごくりと、唾を飲む。
西門さんの両親に紹介してもらった時と同じくらい、緊張感あるかも―――。
そう思うとまた類がいてくれたら、なんて思ってしまうけれど。
さすがに、毎回一緒に来てもらうわけにいかないよね。
そんなことを考えていると。
「俺も行っちゃだめ?」
と類が言い出したので、驚いて目を見開く。
でも、西門さんはそんなことも予想していたようで―――。
「言うと思ったけどな。今回ばっかりは俺もお前がいてくれた方がいいかもと思うけど―――。けどもうレストランは人数分で予約してあるんだ。今から追加ってわけにも―――」
「じゃ、俺と2人で行こうぜ、類」
そう美作さんが言い出したので、今度は西門さんが目を見開く。
「はあ?」
「予約なんて必要ない。俺と類で、同じレストランに行ってお前らの見えるとこにいてやるよ。少しは緊張もまぎれんじゃねえ?」
ニヤリとする美作さん。
なんて言うか・・・・・
この人の、人の気持ちを読んで先回りするとこってすごいなと思ってしまう。
それでいてさりげなく、人に気を使わせないようにするところは、きっともって生まれた性格なんだろうな・・・・・。
「あんまり、緊張するなよ」
2人きりになると、西門さんが言った。
「うん、わかってるんだけど―――初対面だしさ」
「ただ紹介するだけだ。向こうが何の話があるんだか知らねえけど・・・・・お前については何も文句は言わせねえよ」
そう言って微笑む西門さんに、ほっと息をつく。
「うん。あのさ―――西門さんは、お兄さんのことどう思ってるの?」
思いきって聞いてみると―――
西門さんが、ちらりとあたしを見て、溜息をついた。
「―――類に聞いたのか」
「ちょっとだけ」
「そか―――。言っとくけど、俺は兄貴を恨んだり憎んだりはしてねえよ」
そう言うと、西門さんは思いのほかすっきりした表情で笑った。
「俺は兄貴が好きだったから―――兄貴の邪魔にはなりたくなかった。俺が兄貴のそばにいることで、兄貴の夢の邪魔になるんだとしたらそれは―――絶対避けなくちゃいけないことだったんだ」
―――そうか。だから―――
―――お兄さんを憎んだんじゃなくて―――
―――お兄さんが大好きだったから・・・・・自分から離れたんだ・・・・・
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