-soujirou-
牧野の気持ちを疑ってたわけじゃない。
『愛してる』
その言葉を信じてる。
けど、あいつが類のことを語った時。
『もし、離れてしまっても―――どこかで彼の存在を感じていられると思うんです。―――お互いに同じ思いだから―――どんなに離れていても、平気です』
その言葉に、思わずむっとしてしまった。
類とはどんなに離れていてもその絆は変わらない。
それなら俺は?
俺とは、もし離れてしまったらその気持ちが変わってしまうんだろうか。
そんな不安が、態度に出てしまったんだと思う。
ちらりと俺を見る親父の視線が、まるでその心を見透かしているようで、居心地が悪かった。
俺には、牧野しかいない。
それを認めてもらえないなら、家を出たっていい―――。
それは本心だったけれど。
牧野に『西門さん、茶道が好きだって言ってたじゃない』
そう言われて。
牧野以外にも、失いたくないものがあるってことに、気づいた。
どんなにこの家に嫌悪感を抱いてたって―――
俺の血は、茶道というものを求めてるんだと―――
牧野を愛してる。
だからこそ。
牧野を幸せにするために、俺は茶道も牧野も、あきらめるわけにはいかないんだ―――。
「総二郎」
いつの間にか、親父とお袋が俺たちの後ろにいた。
「あ―――」
牧野が、慌てて俺から離れる。
「ああ、気にしないで。総二郎―――私は、お前たちの付き合いに反対する気はないよ」
親父の言葉に、俺はちょっと驚いて目を見開いた。
「え―――」
「牧野つくしさんという人が、とても正直なお嬢さんだということはよくわかったし―――お前のことをとても大切に思ってくれていることも分かった。今は、それだけで十分だ。あとの問題は、なんとでもなるだろう。お前の言う通り、類くんはお前にとっても大切な友人だろう。わたしは、お前たちの絆を信じようと思う。悪い噂を気にして切り捨てられるような友人なら、今一緒に暮らしてはいないだろう」
親父の言葉に、牧野の目に涙が光る。
「―――ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる牧野の姿に、お袋が一つ咳払いをして口を開いた。
「―――まだすぐに結婚というわけではないし。ご勝手にされたらいいわ。ただ―――何か問題を起こした時には、私も黙ってはおりませんから、覚えておいてくださいな」
「―――はい、ありがとうございます」
そう言って再び頭を下げる牧野を見つめるお袋の表情が、初めて見るような、穏やかな表情だったのを、俺は驚いて見ていた―――。
「終わった?」
俺の部屋へ行くと、ベッドに寝転がっていた類が大欠伸をしながら体を起こしたところだった。
「―――お前、ずっと寝てたの?」
呆れた俺の言葉に、類はボーっとした表情で口を開いた。
「だって、やることないし。で、いつ結婚すんの」
類の言葉に、牧野の頬が微かに染まる。
「ま、まだそんな話じゃないの!」
「そうなの?じゃ、今日は顔合わせ?そっちは無事に済んだ?」
「まあな。で―――これからどうする?もう帰るか?」
「ん――、あ、ちょっと待って、メールが―――」
そう言って類が胸ポケットから携帯を取り出す。
「あきらか?」
「―――いや、司」
「―――は!?」
「ああ、俺んとこにもそのメール来たぜ」
マンションへ帰ると、ちょうどあきらが来たところだった。
司からのメール。
それには、『来週、帰国する』とだけ。
もちろん俺にも来ていた。
そして牧野にも。
いったい何のために帰国するのか、仕事なのか、プライベートなのか、それすら分からなかった。
「仕事じゃねえと思うぜ。調べたけど、そんな予定はない。来週は中国、タイ―――要するにアジアだ。ただ、その中で1日だけ空白の日がある。来るとしたらそこだと思うけど―――何のために帰ってくるのかは分からねえ」
あきらの言葉に、類もうなずく。
「プライベートだとしたら、ただ俺たちに会いに来るだけかもしれないけど―――総二郎と牧野のこと知ってるとしたら、気をつけた方がいいかもね」
「気をつけるって―――どういうこと?」
牧野が不安げに類を見上げる。
「・・・・・司は、牧野のことが嫌いになって別れたわけじゃない。むしろまだ、その思いが残ってると思うから」
その類の言葉に、牧野は視線を落とし、きゅっと唇をかみしめた。
牧野と司が別れたのは、1年前。
道明寺財閥の危機に、司はある企業の会長令嬢と婚約することになり、2人は別れた。
だけど、理由はそれだけじゃないと牧野は言っていた。
―――『もう、こんな生活は続けられないと思ったの。あいつを待っていることは苦じゃないって思ってた。でも、やっぱり待ってるだけなんて、あたしにはできない。できないけど、あいつを追いかけていくことも、今のあたしにはできない。あいつの世界に―――あたしは入っていけないんだよ』―――
司は家のために、令嬢との婚約を決断したけれど。
結局は会社が持ち直したのと、その令嬢の会社の方が投資の失敗などで存続が怪しくなってきたのを見て司の母親がその企業との契約を破棄したことで、婚約も破談になったということだった。
だが、司と牧野の関係は元には戻らなかった。
何度か司から連絡はあったと言っていたけれど―――
「―――あたしの気持ちは、変わらないよ」
牧野が、俺の方を見た。
その目はまっすぐで、1点の曇りもなくて―――
「わかってる。俺が、お前を守るから」
司には、渡さない―――。
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