***もっと酔わせて vol.12 〜総つく〜***



 
 「―――花沢類は、大切な人です。自分自身の一部みたいな存在で―――。だけど、それはいつも一緒にいたいとか、そういうことじゃありません」
 あたしの言葉に、西門さんのお父さんは黙って頷いた。
「もし、離れてしまっても―――どこかで彼の存在を感じていられると思うんです。縛り付けておくんじゃなくて―――あたしは、花沢類に幸せになってほしいと思ってます。花沢類も、そう思ってくれていると思います。お互いに同じ思いだから―――どんなに離れていても、平気です」
「―――なるほど。それでは、総二郎は君にとってどんな存在なんだい?」
「え―――」

 ちらりと隣を見れば、何となく不機嫌そうに見える西門さん。

 ―――あたし、何か怒らせるようなこと言ったっけ?

 「えと―――西門さんのことは、なんていうか―――うまく言葉にできないんですけど―――」
 その言葉に、西門さんの眉がピクリとつりあがる。
「類のことはずいぶん饒舌に語るくせに、俺のことになると詰まんのかよ」
「だって―――」
「こないだ、あいつらにも話したみたいに言えばいいだろ」
「こないだって―――」
「―――おれが、今日のこと話した前の日」

 ―――それって、やっぱり・・・・・

 『―――大好き、だよ。すごく―――すごくね―――愛してる―――』

 ―――んなこと、ここで言えないっつーの!

 考えただけで頬が熱くなる。

 そりゃあ確かに類たちの前で言ったけど!
 あれは、お酒なんか飲まされたから言ってしまっただけで―――
 大体、酔っててその時の記憶なんかほとんどないのに!

 あたしが1人真っ赤になってうつむいていると、西門さんの両親が不思議そうにあたしを見て―――
「瞬間湯沸かし器のようだね」
 と言う西門さんのお父さんの声ではっと我に返る。
「あ、あの―――」
「そうか―――。何となく今のお前たちの様子を見てわかったよ。牧野さん、あなたの類くんに対する気持ちと総二郎に対する気持ちの違いも―――」
「え―――」
「あら、さすがに女心はよくお分かりのようね」
 お母さんの言葉に、お父さんが苦笑する。
「―――君も、昔はそうだったと思うがね」
 その言葉に、ピクリと反応するお母さん。
「どういう意味ですの?」
「まあ、その話はまたあとで。―――いや、私は別に君の気持を疑っているわけじゃないんだ。ただ、類くんのことをずいぶん頼りにしているように見えたのでね。実際、離れなきゃいけないという時になった時、君はどちらと一緒にいることを選ぶのだろうと思ったんだよ」
「選ぶって、なんだよ。類は恋人じゃないんだぜ」
「ああ。だが、先ほど牧野さんも言っていたように、自分自身の一部と言ってもいいくらいの深い絆があるのだろう。その一部と離れなくちゃいけないというのは、きっと辛いことだろうと思えたんだよ」
「それは―――」
「ああ、さっきのあなたの話を聞いて、何となくだが理解はできた。その絆が強いからこそ―――どんなに離れていても平気なのだと」
「―――私には理解できませんわ」
 そう言って、西門さんのお母さんはその冷たい視線をあたしに向けた。
「男と女の間に、そんなものが本当に存在するなんて。このまま総二郎さんがあなたと結婚したとして―――花沢さんがあなたのところへ通いつめたりなんかしたらそれこそ何と言われるか―――」
「人の言うことなんか、関係ねえよ。類は俺の親友でもある。俺たちの関係を他人がどう言おうが知ったことじゃねえよ。俺たちには、俺たちにしかわからねえことがあるんだ」
「総二郎さん、今はそれでよくてもこれから先―――あなたが家元を襲名することになった時、そんな妙な噂があったのでは困ることに―――」
「だったら、家元なんか襲名しなきゃいい」

 その言葉に。

 一瞬にして、その場の空気が変わってしまった。

 ピンと張りつめたような・・・・・

 「―――軽がるしく、言うことではないな」
 西門さんのお父さんの表情も、心なしか先ほどより厳しいものになっている。
「丈三がいるだろう。あいつだってこの家の息子だ。家元になる権利がある」
 丈三くんは、西門さんの弟だ。
 確か今、英徳の高等部に通っているはず―――
「―――この家を、出るつもりか」
「それでもいい。牧野とのことを、認めてもらえないなら―――こんな家、いつでも出て行ってやる」
「西門さん!」
「牧野、行くぞ」
 西門さんはあたしの腕をとり、さっさと立ち上がると茶室を出てしまった。

 そのまま廊下をずんずんと歩いていく西門さん。
「ちょっと―――待って、西門さん!」
 あたしの言葉に、ようやくぴたりと足を止める。
「―――よくないよ―――あんな言い方」
「―――だったら、どうすりゃよかったんだ?あのままじゃ、お前と―――」
「だって、西門さん、茶道が好きだって言ってたじゃない」
 その言葉に、西門さんの肩がピクリと震えた。
「―――どんなに外で遊んでたって、結局ここに戻ってくるって。ご両親のこと、尊敬はできない。でも、茶道は好きだって。だから、お兄さんみたいに家を出てすべてを捨てることはできないんだって―――」

 ゆっくりと、西門さんが振り向く。  「ああ、そうだよ。俺は、―――茶の世界が好きだ。でも―――今、お前と茶道と、どちらかを選べと言われたら―――俺は、間違いなくお前を選ぶよ」
「西門さん・・・・・」
「中途半端な気持ちじゃない。それくらい本気でお前と一緒になりたいって思ってる。そのために、人生が変わっちまうとしても―――。もしも、お前がそんな俺の気持ちが重いって言うなら、今のうちに類のところに行けよ。あいつにだったら俺は―――」

 一瞬にして、頭に血が上ってしまったみたいだった。

 気がついたら、あたしは西門さんの頬を叩いていた。

 パンっ、と、乾いた音が屋敷に響いた。

 西門さんの頬が赤くなっている。

 「―――のしつけて、とでも言うつもり?あたしが、どんな思いでここまで着いてきたと思ってんの?途中で類に乗り換えるつもりなら―――最初からあんたと付き合ったりしない!」

 涙が、止まらなかった。

 次の瞬間には、西門さんの力強い腕に抱きしめられていて。

 あたしの涙が、西門さんの着物を濡らした。

 「ごめん―――愛してる―――」  


 そして、そんなあたしたちを―――廊下の向こうから、西門さんの両親が見つめていた―――。





  

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