「あ、牧野、かわいい」
部屋に入ってきた類が、あたしを見て微笑む。
あたしは、西門さんに着付けてもらった着物を着て、リビングのソファーに座らされていた。
「類―――」
「おい、動くな。簪が刺さるぞ」
その言葉に、ぴたりと動きを止める。
仕上げに、髪をセットしてもらい西門さんの手で簪をつけられる。
「よし、完成。我ながらいい出来だろ」
ニヤリとする西門さんとは対照的に、あたしの緊張はどんどんと高まっていて。
ちらりと類を見れば、くすくすと笑いながら完全に面白がっている様子であたしを見つめる類。
「いいじゃん、すごいかわいいよ。それならお嬢様に見えるって」
「だろ?これなら完璧。さ、行くぞ。下に車止めてあっから」
そう言うと、西門さんはあたしの手をとり軽く引っ張った。
あたしは促されるように立ち上がり―――
もう一度類を見た。
類が、ちょっと呆れたように溜息をつく。
「―――おれも一緒に行こうか?」
その言葉に、西門さんがちょっと目を見開いた。
「は?何言ってんだよ、類」
「牧野が、捨てられた子犬みたいな目で見るから―――。そのお茶会が終わるまで、総二郎の部屋で適当にしてるから」
類の言葉に、西門さんも諦めたように溜息をついた。
「わかったよ。そんで牧野が少しでも安心するなら、な」
あたしはホッとして息をついた。
「―――ありがと、西門さん」
「今回だけだからな。ほら、行くぞ」
そうしてあたしたちは3人で西門さんの車に乗り込み、西門邸へ向かったのだった―――。
「やあ、よく来たね」
笑顔で迎えてくれたのは、着物を着た上品な男の人で―――
「―――こちらが牧野つくしさん。牧野、こっちは親父だよ」
言われなくても、そうとわかるくらい西門さんと似ていた。
大人の艶と、落ち着いた物腰。
年上好みというわけでなくても、この人に微笑まれたらドキッとしてしまうだろうなと思うほど、魅力のある人だった。
「向こうで待ってるよ」
そう言って西門さんのお父さんが行ってしまうと、西門さんがちらりと冷ややかな視線をあたしに投げた。
「親父にときめいてんじゃねえぞ」
「は?何言ってんのよ」
「ぽーっと見とれてんじゃねえって言ってんの」
「見惚れてたわけじゃないもん。あんまり似てるから―――西門さんも、年取ったらあんな風になるのかなって思ってたの」
「―――あんましうれしかねえよ」
そう言った西門さんの顔は複雑そうだったけど―――
微かに照れたようなその顔は、嫌がってるだけじゃないような気がした。
もっと、ぎくしゃくした関係なのだと思っていたあたしは、そんな西門さんの表情にちょっと安心していた。
そして―――
「はじめまして、総二郎の母です」
お茶室に通されたあたしの前で、丁寧に頭を下げてくれる西門さんのお母さんに、あたしも慌てて頭を下げる。
「は、はじめまして、牧野つくしです」
「―――総二郎が、ずいぶんお世話になっているようですね」
静かに、無表情にそう言ってあたしを見つめる西門さんのお母さん。
その冷たい瞳に、あたしの胸が嫌な音を立てる。
「あなたのことは、いろいろ聞いています。道明寺司さんとのことも」
その言葉に、隣にいた西門さんが口を開く。
「司のことは、今は関係ねえだろ?昔のことだ。今は、俺とこいつがつき合ってるんだ」
西門さんの言葉に、お母さんはちらりとその冷たい視線を西門さんに向けた。
「ええ、そうね。それは確かに過去のことだわ。でも―――花沢さんとのことはどうかしら?」
「類のこと―――?それはどういう意味だよ?」
「今、あなたたちは3人で住んでいるそうね」
お母さんの言葉に、西門さんは肩をすくめた。
「あそこは類のマンションだからな」
「でも、若い男女が3人で同居―――それも、聞けば花沢さんと牧野さんは付き合っていたこともあるとか」
「それも、昔のことだ。付き合ってたのはほんの一時で、今は親友なんだよ」
「親友―――。男と女の間で、親友なんてものが存在するのかしら?」
ふっと、微かに口の端をあげて笑う。
「―――あなたがどう思おうと、それが事実だ。牧野と類の間には何もない」
「そう?―――牧野さん、どうなのかしら?」
厳しい瞳が、あたしに向けられる。
あたしはぎゅっと拳を握りしめ、口を開いた。
「―――西門さんの、言う通りです。確かに、高校生の時に花沢類とは少しの間付き合っていたことがありました。でもそれも、恋人同士というようなものではなくて―――彼は、私にとってすごく大事な存在で―――かけがえのない仲間だと思ってます」
「仲間・・・・・。それでは、本当にあなたと花沢さんの間には何もないと?あのマンションで一緒に暮らしていく中で―――総二郎さんがいない間も2人の間には何もないと言えるのかしら?」
「はい」
じっとあたしを見つめる刺すような瞳は怖かったけれど。
あたしは、目をそらすことなく、じっとお母さんの視線を受け止めていた。
「―――もういいだろ?その話は。それよりも親父は?さっきそこで会ったのに」
西門さんの言葉に、お母さんはふと視線をそらし、初めて困ったような表情を見せた。
「―――さっき、携帯に電話がかかってきて、そのままどこかへ行きました」
「ふーん・・・・・相変わらずだな」
西門さんが、冷めた視線を向ける。
一瞬にして、その場の空気が変わる。
―――どうしよう?ここであたしが何か言うわけには―――
そう思った時。
茶室の戸が開き、西門さんのお父さんが姿を現した。
「やあ、すまないね。ちょっと知り合いから電話がかかってきて―――少し外に出ていたんだ」
そう言って笑顔を見せる西門さんのお父さんは、ちっとも悪びれる風でもなく、お母さんの横に座った。
そんなお父さんにちらりと冷たい視線を投げるお母さんと、その様子を冷めた目で見つめる西門さん。
なんだか、空気がピンと張りつめてる気がした―――。
「その着物は、総二郎が着付けたのかな?」
にっこりと微笑み、そうあたしに言うお父さんに、あたしははっとして頷いた。
「あ―――はい。着物って、あんまり着慣れなくて―――」
「そうだろうね。今の若い人には高価なものだし、面倒だろう。しかしよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
「総二郎の連れてくる女性がどんな人かと思っていたが―――あなたのような人で安心したよ」
その言葉に、お母さんがちらりと冷ややかな視線を向けた。
「あら―――そんな風に牧野さんのことを言えるほど、彼女のことをご存じなのかしら?初耳ですわ」
その冷ややかな視線を、穏やかに受け止めるお父さん。
「話なら、いろいろ聞いているよ。昔のことも、そして今のことも―――それから、君が2人のことをいろいろ調べていたこともね」
ピクリと、お母さんの眉が引きつる。
「それは―――」
「今、花沢類くんのマンションで3人で暮らしているそうだね。最初に知った時は驚いたが―――類くんと君の間には、何か特別な絆があるようだね。友達とも、恋人ともつかないものが―――」
「は、はい」
「その関係を―――怪しんでいるわけじゃないんだ。ただ、世間一般的に見れば、君たちの関係が奇妙に見えるだろうし、あなたのことを悪く言う輩もいるだろう」
「周りは関係ねえよ。俺たちがそれで納得してるんだ。それで充分だろ?」
西門さんの言葉に、お父さんはふっと笑った。
「確かに―――。だが、この先お前たちが結婚するとして、結婚後も3人で暮らすというわけにはいかないだろう」
「当たり前だろ」
「そうだ。だが―――牧野さんは、それでいいのかい?」
「え?」
突然言われたことに、あたしは頭がついていかなかった。
―――いいのかいって、どういう意味?何が―――
「総二郎と結婚して、類くんと一緒にいられなくなっても―――君は大丈夫なのかという意味だよ」
その言葉に。
西門さんの肩がピクリと震えたのを、あたしは視界の隅で捉えていた―――
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