そして闇の中へ 3


「ところで、何であんたは蘭から逃げようとしたんだ?」
 新一の家で。探偵と名乗るその男をリビングに通し、ソファに座らせると新一は聞いた。
「いや、そのお嬢さんが血相変えて追っかけてきたんでつい・・・」
「つい、ねえ・・・」
 新一は疑わしげな視線で男を見る。サングラスをかけ、口髭を生やした男はやくざと間違えられても
おかしくないような強面で・・・小さな女の子に怯えるようにはとても見えなかった。
「ほ、本当です。どうも根が臆病で・・・。このサングラスも、相手になめられないようにと・・・」
「へえ?」
 言うなり、新一は男に近づき、さっとそのサングラスを取ってしまった。
「え・・・」
 そして現れた男の顔は・・・
「ぶ・・・わーーーっはははは!!」
「ちょっと新一お兄ちゃん!」
 蘭が慌ててたしなめたが、新一が噴き出すのも無理はない・・・。男の目は、まるで少女漫画の女の
子のように丸くて大きい・・・その体にそぐわないような可愛いものだったのだから・・・。
「真面目にこのおじさんの話聞いてよ!雅美さんの命がかかってるんだよ?」
 蘭の鋭い視線に、新一も漸く笑いを堪える。
「ご、ごめん・・・。で、あなたも広田健三さん探しの依頼を受けてたわけですね」
「はい・・・。でも、わたしが彼のアパートを突き止めたときには、もうあなた方が・・・。会話の内
容からあなたもわたしと同じ依頼を受けた探偵だということは分かったんですが・・・ちょっとおかし
なことが・・・」
「おかしなこと?」
「はい、広田さんの家族のことなんですが」
「家族?」
「わたしが広田さん探しの依頼を受けたのはこの人なんですが・・・」
 と言って、その探偵と名乗る男は、胸ポケットからさっき蘭たちに見せた写真を出した。
「この人はその時、確かこう言ったんですよ。“九州を出て東京に行ってしまった兄を・・・たった一
人の肉親である兄を探してくれ”と・・・」
「たった一人の?・・・確か雅美さんも同じようなことを言ってたな。それに、雅美さんが出てきたの
は山形だ・・・」
 新一は、眉間にしわを寄せ、考え込んだ。
「変と言えばもう1つ・・・。これは広田さんが勤めていたタクシー会社の人に聞いたんですがね」
 と、男は言った。
「広田さんは毎日夕方になると、客を乗せずにいつも同じコースを回っていたそうなんです。それも猛
スピードで・・・」
「夕方・・・同じコースを猛スピードで・・・?」
 顎に手をやり、難しい顔で考え込む新一を、蘭と男は固唾を飲んで見守っていた。
「・・・で、この依頼者はどんな人なんですか?」
「え―っと、名前は広田明、28歳。身長は190cmを超える大男で・・・」
「大男!?じゃあ、まさか・・・!」
 蘭が、息を呑む。新一は、その言葉に頷くと、
「で、この大男に広田さんの居所を教えたんですね」
 と男に聞いた。
「ええ、一応。そしたらその後、広田さんが殺されたでしょう?これは何かあるなと思いまして・・・」
「し、新一・・・」
「ああ。おそらく広田さんを殺したのはこの男だろう。だが、分からないのはその後だ。俺たちは雅美
さんの時計についた発信機をたどってあのパチンコ屋にたどり着いたのに、そこには彼女ではなく、そ
の大男がいた・・・。そうだな?沙羅」
「う、うん。間違いないよ。あのパチンコ屋さんの前でぶつかったのはこの人だった」
 蘭が大きく頷く。
「彼女がしていたはずの時計を、その大男がしていたってことは・・・」
「ま、まさかその雅美さんという人も、すでに死んで・・・?」
 男が青ざめた顔で言う。臆病だというのはどうやら本当らしい。そして、蘭も目を見開き、真っ青に
なっている。
「ま、まさか・・・」
「いや、結論を出すのはまだ早い。まずはその大男の居場所を探そう」
 と言って、新一はポケットから追跡めがねを取り出した。
「こいつを博士に充電して貰おう。ちょっと待っててください。ら・・・沙羅、おめえも来るか?」
「え?あ、わたしはここで待ってるよ。ね、おじさん、コーヒーでも飲む?」
 と言って、蘭は男ににっこりと笑いかけた。男は吃驚したようにその女の子のような目をくりっと見
開いた。
「え?あ、あの・・・」
「えへへ・・・さっき、犯人と間違えちゃったお詫び。すぐに入れてくるからちょっと待っててね?」
 そう言うと、蘭はパタパタとキッチンへ入っていった。
「はァ・・・可愛い子ですねえ。あなたの妹さんで?」
「・・・妹じゃありませんよ」
 男がぶっきらぼうに答える新一のほうを見ると、新一はさっきまでの冷静沈着な探偵の顔とは打って
変わって、不機嫌そうに顔を歪ませていた。
「??あ、あの、何か・・・」
「別に・・・」
 と言う声は、やはり不機嫌そうで・・・。
「今、コーヒー落としてるから・・・あれ?新一お兄ちゃんどうしたの?博士の所行くんでしょう?」
 キッチンから顔を出した蘭が、不思議そうに言う。
「いや、その・・・」
「早く行かないと時間がなくなっちゃうよ?」
 怪訝そうな顔でそう言われ・・・新一は仕方なく腰を上げた。
「じゃ、行って来るけど・・・気をつけろよ?」
「?何に?」
 きょとんと首を傾げられ・・・
「何でもね・・・じゃあな」
「うん、いってらっしゃい」
 蘭の笑顔に見送られ、新一は家を出た。不機嫌な顔はそのままに博士の家に行く。
「どうしたんじゃ?そんな不機嫌そうな顔をして。蘭君は?」
「家にいる」
 新一は、博士に追跡用めがねを充電してもらっている間に、これまでのことを話していた。
「なあ、まだかよ?早く充電してくれよ」
 隣にいる蘭と男のことが気になって仕方がない新一は、イライラと言った。
「そんなにあせらんでも・・・いくらなんでも子供の蘭君に何かするわけなかろう」
 博士に呆れたように言われ、新一はうっと詰まる。
「そ、そんなことじゃね―よ。早くしね―と雅美さんの行方が・・・」
「にしてもじゃ、焦っても良い結果は出んぞ!君は昔からそうじゃ。いくら頭が切れても、落ち着いて
行動せんと一人前の探偵とは言えんぞ!!」
 博士に一喝され、新一は黙ってしまう。
「ほれ、覚えとるか?この前おこった10億円輸送車強奪事件」
「ああ、3人組の・・・」
「不用意に犯人を取り押さえようとした警備員が、1人殺されておる。犯人を甘く見た結果じゃ。今回
の事件はただの人探しから、殺人事件に発展しとる。なめて動くとえらい目にあうぞ!」
「あ、ああ・・・」
「冷静、沈着、かつ慎重に・・・。これがきみの好きなホームズだろう?」
「そうだな・・・」
 新一は充電の終わっためがねを受け取ると、表情を引き締め、自宅へ戻ったのだった。
「あ、新一、終わったの?」
 新一がリビングに入ると・・・なぜか、蘭は男の隣に座り仲良くあやとりなどをして遊んでいたのだ
った・・・。
 ―――何やってんだか・・・。心配する必要、なかったみてえだな。
「さ、早速行こう。あなたも行きますよね」
「あ、はい」
 男は丁寧にあやとりを手から外すと、蘭と一緒に立ち上がったのだった・・・。


 3人はタクシーに乗り、新一が追跡用メガネを見ながら運転手に行き先を指示した。
 そして着いた先は、とあるホテル。
「ここに、あの大男が・・・?」
 蘭が、ホテルを見上げて言った。
「ああ・・・しかし妙だな・・・さっきから目標物が動かねえ・・・」
 ―――まさか、時計を外して逃げたんじゃ・・・
「急ぐぞ!!」
 新一はそう言って、ホテルに駆け込んだ。

「ああ、この人なら・・・802号室に・・・」
 あの大男の写真をフロントで見せると、従業員がそう言った。その言葉を聞き終える前に、新一はエ
レベーターに向かって走り出していた。蘭と探偵の男もその後を追う。
 上から降りてくるエレベーターを、新一たちはイライラと待った。
 そしてエレベーターが開き・・・中から、台車にスーツケースを3つ乗せた若い女性が降りてきたが・
・・
「あ・・・」
 女性が台車を押した瞬間、上に載せていたスーツケースがガラガラと崩れ落ちた。
「うわっ」
「きゃっ」
 危うく蘭にぶつかりそうになったところを新一が受け止め・・・。3人は、仕方なく台車にスーツケー
スを乗せてやった。
「すいません」
 女性は笑顔で会釈すると、またがらがらと台車を押して行ってしまった。
 ―――ったくこんなときに・・・
 漸くエレベーターに乗り込み、8階のボタンを押す。
 ふと蘭を見ると、蘭はなぜか眉を寄せて何か考えている。
「どうした?蘭」
「ん・・・今の人、どっかで・・・」
「?そうか?俺、急いでて良く見なかったけど・・・」
「気のせいだと思うけど・・・」


 新一は、部屋の前まで来ると、ドアを激しく叩いた。が、中からは何の反応もない。
 ―――逃げられたか?
 一瞬そう思ったが、試しにドアノブを回してみると・・・すっとドアが開いた。
「開いてる・・・?」
 不審に思いながらも、用心しながらドアを開けてみる。
 そして、それはすぐに3人の目に映った。ドアの真正面、壁に寄りかかるような格好であの大男は座
り込んでいた。手に持ったビールの缶からは飲み終わっていない中身が零れ、ぐったりと頭を項垂れて
いる。そしてその目は大きくかっと見開かれ、口からは血が溢れ出していた・・・。
「し、死んでる・・・!?」
 壮絶なその姿に、さすがの新一も息を呑む。
 そして、はっと蘭のほうを見ると、蘭はその瞳を大きく見開き真っ青になって震えていた。
「蘭!!向こうへ行ってろ!」
 もう、演技をしている余裕はなかった。新一の言葉に、蘭は我に帰り、
「ま、雅美さんは!?」
 と言った。
 新一は、こんなときにも他人の心配をする蘭を愛しく想い・・・同時に自分の役目を思い出すことが
出来た。
「待ってろ」
 そう言うと、新一は大男に近寄り、ポケットからハンカチを出すと、それで男の手にあるビールの缶
をそっと取り上げた。
「この匂いは、青酸カリ・・・」
「ま、まさか自分の犯した罪に耐えかねて自殺したんじゃ・・・」
 と、青くなっている探偵の男が言った。
「とにかく、警察に連絡を」
「は、はい!」
 男が慌てて部屋の電話を取る。
「新一・・・」
 蘭が、いつの間にか隣に来て、不安げな面持ちで新一のシャツをぎゅっと握っていた。
 新一は、やさしく蘭の頭をなでると、大男の腕に目を落とした。
 ―――雅美さんの腕時計だ・・・。やっぱりこの男、彼女の時計を奪って・・・
 そこまで考えて、新一ははっと部屋の中を見回した。その部屋にはいくつかの空のジェラルミンケー
スが、開けっ放しのまま無造作に放り出されていた。
 ―――なんで空のジェラルミンケースがこんなところに・・・?・・・!!待てよ!?同じ人物を探
していた、話の一致しない2人の依頼者・・・車で同じコースを毎日回っていた広田健三さんの奇妙な
行動・・・そしてこのジェラルミンケース・・・も、もしかしたら・・・
「ええ!!?広田さんが独身!?」
 その時、警察に電話し、たまたま電話に出たらしい目暮警部にこちらの状況を話していた探偵の男が
突然大きな声を上げた。
「!!」 
 新一の頭の中で、一瞬にして1つのジグソーパズルがその形を成した。
「く、工藤さん、広田さんには娘なんかいないと・・・。それに、生まれも育ちも東京だって・・・」
「どういうこと!?」
 蘭もわけがわからない、といった顔をして新一を見る。
「そうか・・・そうだったんだ・・・」
「新一?何かわかったの!?」
 蘭の声に、新一はきっと顔を上げた。その瞳に、一瞬光が走る。
「ああ・・・よめたぜ、この事件!!」



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 本当に久しぶりに、第3話UPです。クリスマス、お正月を挟み、自分でもどこまで書いていたのか
すっかり忘れていました。今回第1話から読み返し、漸く完成しました。そういえば、アニメのほうで
は、まったく違うストーリーだったんですよね。今更そんなことを思い出しました。
 今回は原作に沿った話にしているのでコミックを読んだ方にはこの先も分かると思いますが、わたし
のモットーはハッピーエンドなので・・・。ちょっとだけ違う形になると思います。一応次回で話は終
わる予定です。
 それではまた♪