そして闇の中へ 2


 『お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません・・・』
 無機質なテープの声が新一の耳に響く。
「―――おかしいな」
「どうしたの、新一?」
 新一の家で紅茶を入れていた蘭が、新一に声をかける。
「何度かけても繋がらないんだよ」
「?どこに?」
「広田雅美さんの家だよ。この間父親を探して欲しいって依頼に来たろ?」
「ああ、山形からわざわざ来た・・・」
「どうもあの後のことが気になって・・・」
「その番号、あってるの?」
 蘭が、電話番号が書かれた紙を覗き込んで言う。
「これはあの子本人が書いたものだから間違いないはずだけど・・・連絡はいつも向こうからで、こっ
ちからかけたことはないからな・・・」
「まだ故郷に帰ってないのかなあ」
「・・・何かいやな予感がするな・・・」
「いやな予感って・・・」
「ちょっと、これからあのアパートに行ってくるよ」
「わたしも行く!」
 そうして2人は手早く身支度をすると、家を出た。


 「し・・・死んだ・・・?」
 アパートに着き、広田健三の部屋へ行ってみたが、誰もいる様子はなかった。そこで、1階にいる大
家の女性に尋ねたのだが、返ってきた言葉はあまりにも衝撃的な事実だった。
「昨夜、部屋で首をつっているのが見つかってねえ・・・大変な騒ぎだったよ」
「そんな・・・」
 蘭の大きな瞳に涙が溢れた。
 大家はさも迷惑そうな顔をし、
「全く迷惑な話さ。あんなことが起きちゃ、アパートの評判がた落ちだよ」
 と言った。
「その人の娘さんはどうしたんですか?」
 新一が聞くと、大家は怪訝そうな顔をした。
「娘?」
「その人を探しに来た広田雅美さんですよ」
「な―んだあの人家出人だったのかい」
「え?」
「いやね、あの人ちょっと様子が変だったのさ。家賃を1年分前払いするから、何も聞かずに入れてく
れってね・・・」
「1年分を・・・」
「それも全てピン札で・・・。なんかわけありだとは思ったけど、家出人とはねー」
 ―――1年分の家賃をピン札で・・・?
 新一は、顎に手をやり考え込んだ。
「まあ娘が来てたとしたら、その子もどっかで殺されてるかもしれないよ」
 大家の言葉に、新一はふと顔を上げる。
「その子もって・・・広田さんは自殺じゃ・・・」
「死体を見た刑事さんが言ってたのさ、これは殺しだってね・・・」
「な・・・!」
 新一と蘭は驚きに目を見開き、顔を見合わせたのだった・・・。


 「ああ、そうだ・・・。あれは他殺だ。首を絞めて殺した後で、天井から吊るしたんだ」
 新一と蘭が警察に行き、事情を聞くと目暮警部が説明してくれた。
「ロープや天井から被害者以外の指紋が見つかっている、間違いない!」
「目的は、金・・・ですか?」
「おそらくな。被害者の部屋からは金目のものが全て持ち出されていて・・・残っていたのは猫くらい
だったよ。まだ誰の仕業かは分かっておらんが、首に残った大きな手形から見て、犯人はかなりの大男
らしい」
「大男・・・」
「君のいう被害者の娘さんはいなかったが・・・現場の近くにこんなものが落ちていたぞ」
 と言って警部が差し出したのは。ふちの丸いめがね・・・。
「!それ、雅美さんの・・・!」
 蘭が、思わず新一の服にしがみついて言った。
「じゃあ、雅美さんは・・・」
 新一が、苦々しげに呟く。
「ああ、まだ死体は見つかってはおらんが、おそらくどこかで・・・」
「そ、そんな・・・」
 蘭の瞳から、ぼろぼろと涙が溢れ出した。
「ところで工藤君、この女の子は・・・」
 警部が、不思議そうに蘭を見る。
「隣の、博士の家で預かっている子なんです。今、博士が留守なので代わりに僕が・・・」
「そうか。あまり、小さい子には聞かせたくなかったんだが・・・」
「―――そうですね、すいません。それじゃあ僕はこれで・・・。何かわかったら知らせていただけま
すか?」
「ああ、わかった」
 新一は警部に礼を言うと、警察を後にした。
 その帰る道すがら、蘭はずっと泣いていた。
「蘭・・・」
「せっかく、せっかくお父さんに会えたのに・・・こんなのって、ひどすぎるよ〜〜〜!!」
「―――まだ殺されたとはかぎらねえぜ」
「―――え?」
 新一の言葉に、蘭は足を止める。
「どういう意味?」
「―――すっかり忘れてたけど・・・。あの、最初の日に、こいつの性能を試してみようと思って、貼
っておいたんだよな」
 と言って、新一がポケットから取り出したのはあの日博士が作ってくれた、犯人追跡めがねだった。
「こいつの発信機を、雅美さんの腕時計につけておいたんだ」
「ホント!?」
「ああ。こいつのスイッチを入れて・・・」
 と言いながら新一はめがねをかけた。
「ど、どう?」
 蘭が、緊張した面持ちで聞く。
「―――お!移動してる・・・位置はここから北西4km・・・新宿、か。そんなに遠くねえな。行って
みよう、蘭!」
 そう言って、新一が蘭の手をとると、蘭はニッコリ笑って、
「うん!移動してるってことは・・・雅美さん、生きてるのよね?」
「ああ、その可能性が高い!行こう!」
 そうして走り出した2人が行き着いたところは・・・
「パ、パチンコ屋!?」
 派手なネオンが光るパーラーの前に立ち、蘭は目を丸くした。
「ねえ、新一、ホントにここに・・・」
「ああ・・・やべ、これの電池がもうすぐ切れちまう」
「ええ!?」
「俺は中を捜してくるから、蘭はここにいてくれ!」
「あ、新一!!」
 新一は、蘭を残しパーラーの中へと入って行ってしまった。
「もう・・・でも、ホントに雅美さんがここに・・・?」
 蘭は信じられないような思いで、閉まってしまった自動扉の前で、中の様子を伺った。しかし見える
のはたくさんのパチンコ台と、その前に座っている客たち・・・。その中には雅美の姿はないように見
えた。
「新一、まだかな・・・」
 15分も経っただろうか、蘭に不思議そうな視線を投げて中に入って行く客たちの横から店内を覗い
ていた蘭だが・・・

 ドンッ

「キャッ」

 突然視界を遮られ、蘭は突き飛ばされてしまった。
 ―――な、何?
「チッ、ガキが・・・うろちょろしてんじゃねえよ」
 不機嫌そうな、低い男の声。蘭が見上げると、身長190cmはあろうかという大男が、蘭の目の前に立っ
ていた。
 男はジロリと蘭を見下ろし、そのまま去っていってしまった・・・。
 ―――ビックリした・・・。それにしても大きい人・・・。
 蘭が、まだ立ち上がれずに座り込んでいると、
「蘭?どうした?」
 と、新一が店から出てきて、驚いたように言った。
「新一・・・。なんでもないの。ちょっと出て来た人にぶつかっちゃって」
「大丈夫か?ごめんな。1人にして」
「ううん。それより、雅美さんはいた?」
「いや、いなかったよ。あの装置の電池が完全に切れちまって・・・。中を捜してみたけど、見つから
なかった」
「そう・・・。どこに行ったんだろう?雅美さん」
 その後2人はその周辺を探し回ったが、結局雅美の姿は見つけることが出来ず、帰ることになった。


 「じゃ、わたしそろそろ夕飯作りに行ってくるね。出来たら電話するから来てね」
 あれから新一の家に帰った蘭が、時計を見て言った。いつのまにか時間は7時を回っていた。
「1人で大丈夫か?俺も一緒に・・・」
 と新一が言うのを遮るようにニコッと笑い、
「大丈夫よ、すぐそこだもん。まだ調べ物あるんでしょ?」
「ああ・・・気を付けて行けよ」
「うん、分かってる。じゃあね」
 蘭は新一の家を出ると博士の家に向かって歩き出したが―――
 ふと、視線を感じ、振り返った。
 新一の家から20mほど離れた電柱の陰に、男が1人立っていた。
 ―――あの人、どこかで・・・。!!確か、雅美さんのお父さんの住んでいたアパートのそばでわた
したちのほうを見ていた・・・!そういえば、雅美さんのお父さんを殺したのは大柄な男だって警部さ
んが言ってた。あの人・・・180cmはあるかしら・・・。もしかして、あの人が・・・?
 蘭は、キッとその男を睨むと、迷わずにその男に向かって駆け出した。
 男は、予想もしていなかったのか、蘭が近づいてくるのを只呆然と見ているようだった。
「―――どこなの・・・?」
「え・・・」
「雅美さん、どこに連れてったのよ!?」
 男は蘭の気迫に暫しうろたえるようなそぶりを見せ―――突然きびすを返し、走り出した。
「!待ちなさい!」
 蘭は反射的に男の後を追いかけた。子供の足では追いつけるはずもないが、とにかく必死で走った。
 そして、男は1台の車に駆け寄り、ドアに鍵を差し込んで開けようとしていたが、なかなか開けられ
ないようで・・・。その間に蘭は男に追いつくことが出来た。
「逃がさないから!」
 そう叫んで、蘭は男の腕にしがみついた。
「は、離してくれ、わたしは・・・」
「おい!!何してやがる!」
 そこへ走ってやってきたのは、新一だった。
「ら・・・沙羅!!大丈夫か!?」
 ・・・どう見てもしがみ付いて離れないのは蘭のほうなのだが、新一からは男が蘭にくっついて離れ
ないように見えるらしく・・・
「新一、この人捕まえて!」
「ん?オメエは・・・あのアパートの近くでうろうろしてた奴だな・・・。まさか・・・オメエが雅美
さんのお父さんをやったのか!?」
 新一は、男の胸倉を掴んで引き寄せた。
「ち、違いますよ!わ、わたしは・・・」
「何者だ?」
「あ、あなたと一緒です」
「ああ?」
 新一が思いっきり怪訝な顔をする。
「探偵なんです。わたしも・・・」
「―――え?」
 意外な男の応えに、新一の手が緩む。男は自分のスーツの胸ポケットをなにやら探りながら言った。
「ひょっとしたら、あなたもわたしと同じ依頼を受けたんじゃないかと気になって・・・」
「同じ依頼?」
「ほら、広田さんを探してくれという・・・。わたしは、この男に頼まれたんです・・・」
 と言って男が見せたのは、人相のあまり良くない男の写真で・・・
「!?」
 その写真を見た途端、蘭が息を呑んだ。
 ―――この人・・・!わたしがあのパチンコ屋さんでぶつかった―――!
「沙羅?どうした?」
 新一の声が、どこか遠くで聞こえていた・・・。


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 どうでしょう?原作と違って、新一と蘭が一緒に捜査をしています。
ちょっと無理があるかもしれないですが・・・。自分的には結構気に入ってます。
このお話は後2回で終わる予定です。何とかハッピーエンドに持っていきたいのですが・・・。
見守ってくださいね♪それでは♪