-tsukushi- 「ここ、どこ?」 あたしはゆっくりと回りを見回してみた。 20畳くらいの広い部屋。 その中央のダブルベッドに寝かされていたあたし。 「伊豆だよ」 「伊豆?」 道明寺の答えに、あたしは目を見開いた。 「なんで・・・・・。あたしをどうするつもり?」 あたしが聞くと、道明寺はふっと笑った。 「お前、自分の格好見てみ」 「え?」 言われて、あたしは自分の姿を見下ろした。 深いボルドーのベルベット生地でできたカクテルドレスに、ダイヤのネックレスとブレスレット。 いつの間に着替えさせられたのか。 あたしは自分の格好に呆然とした。 「なにこれ・・・・・。どういうこと?」 キッと道明寺を睨みつけると、道明寺は悪びれもせずにニヤリと笑って言った。 「これからパーティーに出るんだよ。お前は俺のパートナーだ」 「な、なに勝手なこと言ってんのよ。ちゃんと分かるように説明してよ!」 「言っただろ?俺が日本に来た目的。今日のパーティーには例のやつが出席することになってる。たぶん、これが最後のチャンスだ。どうしてもこのパーティーに出たかった。でもこのパーティーはパートナー同伴が原則なんだ。だからお前を連れて来た」 「それならそれで、類に言ったって良かったじゃない。どうしてこんなやり方したの?」 「・・・・・お前と、話したかったんだ」 「・・・・・どういうこと?」 あたしの問いに道明寺は答えず、ただじっとあたしを見つめていた。 「道明寺?」 その時、突然部屋をノックする音が響き、あたしは飛び上がるほどびっくりしてしまった。 「司様、お時間が」 ドア越しに、男の声が聞こえた。 「ああ、今行く」 道明寺はそう応えると、立ち上がり、着ていたスーツの襟を整えた。 「話は後だ。とりあえず一緒に来てくれ」 道明寺に腕を取られ、あたしは慌ててベッドから降りる。 ベッドの横には銀色のハイヒールが揃えられていた。 「それ、履いて」 言われて、履きながらもあたしは何とか話をしようと道明寺の腕を引っ張る。 「ねえ、待ってよ。あたしパーティーなんて」 「ぐだぐだ言ってねえでついて来いって!あきらにダンスも習ってるんだろ?」 「一応ね。てか、そういう問題じゃなくて!」 「いいから来い!」 あたしの追求を聞く耳持たず、道明寺はあたしの腕をとってずんすんと歩き出してしまった。 慣れないハイヒールで転ばないようにするのが精一杯で、喋る余裕もない。 もう、こうなったらどうにでもなれ、よ!
道明寺に引っ張られたまま脇目もふらずにつき進み、パーティー会場に着いた頃にはゼエゼエと息を切らし、汗だくになっていた。 道明寺が呆れたようにあたしを見る。 「お前、運動不足なんじゃねえの」 「あ、あんたの足が早すぎんのよ!」 「そりゃ悪かったな。足が長いもんでよ」 ニヤリと笑って言うからむかつく。 「ほら、んな顔してねえで腕組めよ」 そう言って腕を出して促してくる。 あたしは一瞬躊躇し・・・・・ 「・・・・・本当に後でちゃんと説明してくれるのね?」 と聞いた。 道明寺はちょっとだけ驚いた様子を見せたけど、すぐにまたニヤリと笑い、 「ああ」 と頷いた。 天井が高く広い会場にはたくさんの人がいたが、ほとんどが外国人で、飛び交っている会話もあたしには解らないものばかりだった。 あたしがそっと道明寺の腕につかまると、道明寺は静かに前に進んだ。 周りが、自然に道を開ける。 こういう時の道明寺は見ていてさすがだと思う。 普段のガサツな雰囲気とは真逆の、上品で高貴なオーラが周りを圧倒してしまうのだ。 美しく整った顔はこうして見ると神秘的にも見え、国境を越えて女性たちを魅了しているようだった。
周りの視線を痛いほど感じ、あたしはどきどきと落ち着かなかった。 「・・・・・ねえ、あたし、あんまりうまくないよ」 美作さんに習ってるダンス。 漸く慣れてきたばかりで、お世辞にも上手とはいえないもののはず・・・・。 「心配するな。俺がリードするから、お前は俺に合わせろ」 そう言いながら道明寺はホールの中央まで進み、あたしと向かい合った。 そしてあたしの手を取ると身をかがめ、その手の甲に恭しくキスをし、にっこりと笑ってあたしの腰に手を回した。 その仕草はまるで映画のワンシーンを見ているように絵になっていて・・・・・あたしは思わず道明寺に見惚れてしまっていた。 「・・・おい、ボーっとすんなよ」 耳元に囁かれ、あたしははっと我に返る。 「見惚れてただろ?」 にやりと笑う顔が。 すごく間近に迫り、そのきれいな顔にどきどきする。 それでもそれを認めるのは悔しくて、あたしは顔を顰める。 「バーカ、自惚れないでよ。こんなとこでダンスなんかしたことないから、緊張してるだけ」 「・・・・・これから、嫌って程こういうことがあるぜ。お前が類と結婚するんならな」 「・・・・・わかってる。だから、そのために美作さんに習ってるんだよ」 「ああ、そうだったな。がんばってるみてえじゃん。お前も類も・・・・・。類は、家のことにも自分のことにも無頓着で、誰にどう見られるとか、跡取りとしてこれはやっとかなきゃみたいの、まるっきり考えないやつだった。自分が興味あること・・・・たとえばヴァイオリンとかな。そういうのは自分からやるけど、他はまるで無関心。どうでもいいって感じだったんだ」 「へえ・・・・・」 「だけど最近はちゃんと会社の運営にも関わって、真剣にやってるみたいで驚いたよ。お前がそうさせたんだな」 「あたしは何も・・・・・」 「お前と一緒にいたい。その一心だと思うぜ。お前を幸せにしたいから、がんばってるんだ、あいつは。あいつをそこまでやる気にさせたやつなんて今までにいない。あの静でさえ、そこまで類を変えることは出来なかったんだ」 「・・・・・・」 「お前はすげえよ」 優しい笑みを浮かべながら話す道明寺。 なんだか、やっぱり別人と話しているみたいで落ち着かなかった。 「あたしは・・・別にすごくないよ。あたしだって類と一緒にいたいから・・・・・類と幸せになりたいから必死でがんばってる。今の幸せをずっと離したくないから、がんばってるだけ・・・・・あたし、自分のことしか考えてないかも・・・・・」 「・・・・・バーカ。自分のことしか考えてないやつは俺を振ったりしねえよ。俺を誰だと思ってんだ」 ふっと不敵な笑みを浮かべる道明寺。 その自信に満ちた態度に、思わず苦笑が漏れる。 「全く・・・・・誰もあんたには敵わないわよ」 「・・・・・・・・・」 突然道明寺が黙り、あたしに真剣な眼差しを向けた。 ドキン、と胸が高鳴る。 「・・・・・道明寺・・・・・?」 「―――ツカサ・ドウミョウジ?」 突然横に人の気配を感じ、あたしは驚いてダンスを止めた。 いつの間にそこにいたのか、大柄で色の浅黒い上品な外国人がそこに立っていた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜」 「へ?」 突然道明寺があたしの理解できない言葉を話し始め、あたしは驚いて道明寺を見上げた。 これは・・・・フランス語だ。 あたしは類に語学を習っている。英会話を何とか日常会話くらいならこなせるようになり、最近フランス語を少し始めたところ。まだまだ、会話なんて出来るレベルではなかった。 しばらく2人がフランス語で会話しているのをボーっと見ていると、突然2人があたしの方を見たので、また緊張が走る。 「牧野、紹介する。彼はレイ。俺がずっと追いかけてた人物だ」 「あ・・・・・あたし、フランス語なんて」 慌ててそう言いかけると、レイと呼ばれたその男が、あたしに向かって一礼し、にっこりと微笑んだ。 「ハジメマシテ、ツクシ」 「え・・・・・日本語?」 あたしは驚いてレイを見た。 「レイはすごい親日家で、日本語もぺらぺらなんだよ」 「どうぞよろしく」 本当に、日本人の話すのと変わらない、流暢な日本語。 「あ、あの、こちらこそ。あ、あたし、牧野つくしっていいます」 あたしが慌てて頭を下げると、レイは穏やかに微笑みながら頷き、そしてとんでもないことを言い出した。 「今、司に君の事を聞いていたところだよ。君は、司の婚約者だそうだけど」 「・・・・・・・は!?」 婚約者!? あたしが道明寺の!? あたしは驚いて道明寺の顔を見上げた。 道明寺は相変わらずニヤニヤと笑っている。
一体、どういうこと!?
-rui- 「・・・・・・・司が言ってた取引先のトップのことはわかったけど・・・・・」 俺はPCの画面を見ながらため息をついた。 「申し訳ありません。どうやら身内関係にも極秘で動いているようで・・・・・国内にいることはわかっているのですが・・・・・」 秘所の田村が、申し訳なさそうに言う。 どうして司が牧野を連れて行ったのか。 こんな風に無理やり連れて行かなくちゃいけない理由は、なんなんだ?
「類、いるか」 部屋のドアが開き、総二郎とあきらが入ってきた。 「・・・・・何かわかった?」 俺の問いに、まずは総二郎が答える。 「静岡方面に向かったってことはわかってる。その先のことはわからないけど、県外に出たって情報は入ってないからたぶんその辺りにいるはずだ」 「ただ、静岡県内にあるメイプルを全部調べたけど、司と牧野らしい人物は泊まってない。今、他のホテルも調べさせてるところだけど・・・・あそこは小さなペンションとか旅館もあわせたらとんでもない数あるから、全部調べるのは容易じゃねえぜ」 そう言ってあきらも顔を顰めた。 「もっと、絞らなきゃ・・・・・司が牧野を連れてった理由。俺たちに隠さなくちゃいけない理由。それを考えなくちゃ」 「ああ・・・・・」 「ったく!司のやろう・・・・・見つけたらただじゃおかねえ!!」 総二郎が机を思い切り叩き、その音が部屋中に響いた。 「・・・・・・田村さん」 俺は、部屋の隅に立っていた田村に声をかけた。 田村は俺の意思を察したのか、一礼すると部屋を出て行った。
「・・・・・・見つかるか」 あきらの言葉に、俺はちらりと窓の外へ目を向け、ぎゅっと拳を握った。 「絶対に見つける」 窓の外には、すっかり夜の闇に包まれたビル郡がところどころ明かりを灯していた。
今頃、牧野はどうしているのか・・・・・・ 胸の中に、どうしようもない不安だけが広がっていった・・・・・。
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