-rui-
俺たちはその後、甲板に出て夜の海を寄り添いながら眺めた。 「本当は、ずっと心配してた」 「え?」 「先月からずっと・・・・・あきらや総二郎といる時間の方が長いくらいだったじゃん」 俺が牧野の顔を覗き込むと、牧野が困ったように首を傾げた。 「そう・・・・・かな・・・・・・。だってね、ギリギリだったんだよ、本当に。間に合わないんじゃないかと思ったくらい・・・・・美作さんがいてくれなかったら、きっと出来上がらなかった」 「手伝ってもらった?」 「ううん、教えてもらったけど、ちゃんと全部自分でやったよ。類にあげるものだもん。ちゃんと自分で全部やりたかったの」 そう言ってまぶしいくらいの笑顔で微笑む牧野。 心配なんていらなかった。 だけど、きっとこれからも心配し続ける気がする。
あきらや総二郎の気持ちが、痛いほど良くわかる。 牧野が司と付き合っていたころの、俺と同じ。 ただ傍にいられればいい。 牧野の笑顔を見ていられればそれでいい。 そんな気持ちだけ・・・・・・本当にそれだけだった。
裏を返せば、約束のある司と違って、傍にいられなくなってしまえばそこまでだということ。 友達という事実はずっと変わらない。 だけど、それ以上にはきっとならない関係。 だったら、より近い位置に。 より長く一緒に。
『ただの友達』よりは『特別な友達』。
牧野は、俺たちにとってずっと特別な人間だ。 だからこそ・・・・・ ずっと近くに。 いつも手を伸ばせば届く場所にいたいと願ってしまうんだ。
「類?どうかした?」 牧野が不思議そうに首を傾げる。 「いや・・・・牧野、俺からもプレゼント」 「え?」 不思議そうな顔の牧野に、俺はポケットから出したものを見せた。 金色の鎖のループに、ブルートパーズの石がまるで涙の雫のように揺れていた。 「うわ、きれい・・・・・これ、ピアス?」 牧野が目を見開く。 「ん。ピアスの穴、開けたいって言ってたから。ちょっと気が早いけど・・・・・」 「まだ開けてないよ。近いうちにって思ってるけど・・・・・。すっごくきれいだけど・・・・・もらってもいいの?」 遠慮がちに聞く牧野。 「当たり前だろ。クリスマスプレゼントなんだから」 「でも・・・・・あたしのプレゼントとは桁違いって言うか・・・・・」 「ストップ。そういう話はなし」 「だって・・・・・」 「それを言ったら、俺だって牧野のプレゼントには敵わないよ。こんなに時間かけて、愛情もこめてもらえるプレゼントなんて、牧野じゃなかったらありえないし」 笑ってそう言えば、牧野の頬がピンクに染まる。 「そりゃ・・・・・あたしに出来ることっていったらそれくらいで・・・・・・」 「簡単に出来ることじゃないだろ?俺には、それが嬉しい。いつも牧野には驚かされる。心配もするけど、喜びの方が大きいよ。牧野が俺のことちゃんと俺と同じくらい思ってくれてるのかなって思えるから」 「類・・・・・」 牧野が潤んだ瞳で俺を見上げる。 たまらなく牧野が愛しかった。 牧野の髪に触れ、そのまま口付ける。 開いた唇の隙間から舌を滑り込ませ、そのまま深いところへ・・・・・・・
「「「「メリークリスマース!!」」」
「・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 唇を離し、溜息とともに牧野の肩に顔を埋める。 見なくたって、誰だかなんてわかりきってる。 「ちょ、ちょっと類!」 慌てた牧野の声が聞こえるけど、構わず脱力する俺。 「・・・・・も、帰りたい・・・・」 「なんだよ、類。せっかくのクリスマスパーティーだってのにこんなとこで」 ニヤニヤしながら近づいてくる総二郎。
わかっててやってるくせに・・・・・・ 半目でじろりと睨む俺にも知らん顔だ。
「せ〜んぱい、ずるいですよ〜こんなところで2人きりで楽しんじゃって〜」 「桜子・・・・あんたもうるさいよ」 さすがの牧野の顔も引きつってる。 「んな邪魔者見るみたいな目ぇすんなって。なあ牧野。今日の日が無事に迎えられたのは誰のおかげだっけ?」 とあきらが聞くと、牧野がうっと詰まりながらもしぶしぶ答える。 「美作さんと西門さんのおかげ・・・・・です」 「よろしい。ほれ、お前にやるよ、クリスマスプレゼント」 そう言って、あきらが俺が牧野にもらったのと同じくらいの大きさの包みを牧野に手渡した。 「え?あたしに?」 牧野が驚いてあきらを見る。 「ん。どうせお前のことだから、ここまではやらねえかと思って」 と言ってあきらがにやりと笑う。 「開けてみれば」 そう言われて牧野がその包みを開ける――――と、 中から出てきたのは深いボルドーのマフラーと帽子・・・・・。 「あ・・・・これ!」 牧野の目が驚きに見開かれる。 「そ。お前が自分の分に買った毛糸で作った。お前、毛糸一式俺んちに置いてっただろ?悪いかなとは思ったけど・・・・お前に全部任せといたら冬が終わっちまいそうな気がして、作っといた」 「い、いつの間に・・・・・しかもきれいだし・・・・・」 「ほんと、売り物みたいだね」 俺もそれを手にとって見る。 俺が牧野にもらったものと同じデザインのマフラーと帽子。 でもその色と、毛糸の素材の違いでまったく別のものにも見え、シックな色のそれは、最近大人っぽくなった牧野にとても似合いそうだった。 「げ、これあきら作ったの!?すげぇな、マジ売り物みてえじゃん。なんか牧野の手作りとはえらい違い・・・・・・」 「西門さん!」 牧野にぎろりと睨まれ、総二郎が慌てて口を手で押さえる。 「すごい素敵!ちょっとあきら君、あたしにも作ってよお」 大河原がはしゃいで言うと、あきらはにやりと笑った。 「バーカ。俺の手作りなんて、そうそう安売りなんか出来るかよ。これは特別」 「うわ、いいますねえ、美作さんも。で、西門さんも当然何か用意してるんじゃないですか?」 三条の言葉に、総二郎が肩をすくめる。 「んだよ、あきらの後じゃ俺影薄いじゃん。―――まあいいか。ほら、これ」 そう言って総二郎が何かを牧野のほうへ投げて寄越した。 「え?何?」 投げられたそれを、牧野が慌てて受け止める。 全員が牧野の手の中を覗き込む―――と、そこにあったのは、小さなひし形に切り抜かれたような、瑠璃色に輝く陶器の様な欠片のついたストラップだった。 「わー、きれい。これ、瑠璃色?って言うの?すごいきれいだけど・・・・・これって何?陶器?」 不思議そうに首を傾げる牧野に、くすりと笑う総二郎。 「あたり。でもそれはただの欠片。本当のプレゼントは、今日間に合わなかったから」 「間に合わなかったって・・・・・・」 「茶器を、作ったんだ。焼に思いのほか時間かかっちまって・・・・たぶん、お前の誕生日までには間に合うと思うから、そしたら届けてやるよ」 「え・・・・・茶器、作ったって、西門さんが?」 「そ。何だよ、その意外そうな顔。俺だってそのくらいできるっつうの。これでも茶道の家元になる人間だからな。焼き物についても勉強してるんだぜ」 にやりと得意気に笑う総二郎。 総二郎が見かけよりもずっとまじめなことも、何をやらせても大概こなしてしまうことも知っているけれど。 その総二郎に見惚れるような視線を向けてる牧野が、気に入らない。
俺の視線には気付かない振りをして、総二郎が牧野の傍へ来ると自分が投げたストラップを牧野の手から取ると、目の前で揺らした。 「これは、今朝その焼き場から持ってきたやつ。まだ、色が出きってないんだけど・・・・・アクセサリーとしちゃ、これくらい淡い感じのほうがかわいい。お前の携帯に、つけといてくれよ」 「あ、うん・・・・・ありがとう、すごくかわいい。西門さんも、器用なんだね。びっくりした」 牧野が笑顔を向け、総二郎の熱っぽい眼差しと一瞬絡み合ったのを、俺はおもしろくない思いで見ていた・・・・・。
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