-tsukushi-
「じゃ、またあとでね」 そう言って桜子の部屋を出ると、廊下を歩いていた美作さんとばったり会った。 「よ、桜子んとこにいたのか」 「うん、ドレス貸してもらおうと思って」 「ああ、そういやあパーティーだもんな。それよりお前、あれいつ渡すの?類に・・・・・」 「あ、持って来てくれた?」 「もちろん」 「ありがと。う〜ん・・・・パーティーの後・・・・?」 でもそのパーティーっていつ終わるんだろ? 「いつ取りに来る?時間によっちゃ俺も部屋にいないかも知んないし」 「あ、そっか・・・・・」 こんなところに来るなんて予想もしてなかったから、困ってしまった。 「合鍵もねえしな。・・・・・お前、途中で抜けられる?」 「途中で?」 「トイレ行くとか何とか言って。類に悟られないようにしろよ。そん時俺になんか合図しろ。そしたら俺もその後を追うから」 「・・・・・うまく行くと思う?」 なんとなく不安になって美作さんを見上げると、美作さんは優しく笑ってあたしの頭に手を置いた。 「んな顔するな。大丈夫だよ、この日のためにがんばってたんだろ?」 「ん・・・・・あのさ」 「ん?」 「えっと・・・・・いつも、ありがとう」 あたしがお礼を言うと、美作さんが目を見開き、その頬が僅かに染まった。 「じゃ、じゃあね!あとで!」 照れくさくなったあたしはそれだけ言うと、廊下を駆け出した。 その後、美作さんがどんな顔をしてたかなんて知る由もなく・・・・・
-akira- ―――参った・・・・
あんなふうに、上目遣いのかわいい顔で、かわいいこと言われたらどう反応していいかわからなくなる。 きっと俺は今誰にも見せられないくらい真っ赤な顔をしてるんだろうと自分でわかった。
あいつとの距離が縮まれば縮まるほど、今まで知らなかった牧野つくしのいろんな顔が見えてくる。 そのたびにときめいて・・・・切なくなって・・・・・・ まるで中学生の初恋みたいだ。 もっと近づきたい。 牧野のことが知りたいって、そう思わなくもないけど・・・・・ ゆっくりで良いと思う。 類が、牧野と司が付き合っていたときにどんな気持ちだったんだろうと思っていたけど・・・・ なんとなくわかった気がする。 奪いたいんじゃないんだ。 ただ、傍にいたい。 傍にいて、あいつの笑顔が見ていられたら、それで良いんだ。
−rui- 部屋のドアがすごい勢いで開いて、俺はちょっと驚いてそっちを見た。 もちろんそれが誰だかなんて見る前からわかっていたけど。 「牧野?どうしたの、そんなに慌てて」 「あ、類・・・・・。ううん、なんでもない。ごめんね、大きな音立てて」 「・・・・・何かあった?」 俺の言葉に、ぶんぶんと首を振る牧野。 「・・・・・・・・・・・・・・」 俺が無言でじっと見ていると、牧野が慌てて手を振る。 「本当に何でもないの。ちょっと走ったら、その、息切れしちゃって」 「なんで走ってたの?」 「え・・・・・・・」 「牧野」 にっこりと笑いながら手招きをする。 牧野の顔が一瞬ひきつったのは気のせいだと思うことにする。 おずおずと近寄って来た牧野の腕を掴み、ぐっと引き寄せる。 「わっ」 バランスを失った牧野が倒れ込んで来るのを体で受け止め、そのまま抱きしめる。 駆け足のように早い牧野の鼓動が俺の体にも伝わってくる。 「―――牧野」 「な、何?」 「好きだよ」 「!?」 途端に固まる牧野。 耳まで真っ赤になっているのがおかしくて笑っていると、今度は頬を膨らませ拗ねたような表情で見上げてくるから、かわいくて仕方ない。 「何よ?」 「いや、かわいいなと思って」 途端にまた赤くなる牧野。 「か、かわいくなんてないし」 照れてそっぽを向いてしまうところかがまたかわいいんだけど。 贔屓目なんかじゃなくて。 最近、牧野は本当にきれいになったし、その表情の一つ一つがかわいくなったと思う。 俺と付き合い始めたから・・・・・と思いたいけど、それだけでもない。 あきらや総二郎についていろんなことを教わり、またあの2人からの愛情も受けて・・・・本人に自覚はないんだろうけど、本当に最近は牧野を眩しく感じることが多い。 それは、俺たち3人にとってというだけじゃなく、他の男から見てもそうなんだということを、少しは自覚してくれたらいいのにと思わなくもないが・・・・・・この超鈍感なところも牧野のいいところなんだろう。 相変わらず照れた様子でちらりと上目遣いで俺を見上げる牧野の顎に手を添え、触れるだけの口付けを落とす。 「少し、1人占めさせて」 そう言ってまた抱きしめる。 「・・・・・どうしたの?何か心配事でもある?」 「そうじゃないよ。ただ・・・・・こうしてたいだけ」 なら良いけど、とか何とか、呟く牧野。 牧野はたぶん、気付いてない。 牧野の中で、あきらや総二郎の存在が前よりもずっと大きくなっていることに。 ただの友達だった関係から、微妙に変わってきたその関係はなんと言ったらいいんだろう? 牧野の目を見ていれば、彼女の気持ちを疑うようなことはないんだろうということは分かるし、あの2人にしても牧野のことを本当に大切に思っているから牧野の気持ちを無視するようなことはしないだろう、ということは感じていた。 だけど、だからと言ってあいつらを100%信用できるかっていうとそんなことはなくて・・・・・ だからこうやって、2人きりになれる時間は大切にしたいと思っていた。
「・・・・・あったかいね・・・・・」 俺の胸に寄りかかったまま、牧野が呟く。 「ああ、そうだね。ここ、暖房効いてるし・・・・・」 「じゃなくて・・・・類の、ここ・・・・・」 照れたように・・・・・それでも俺の胸に頬を摺り寄せながらそんなことを言うから。 不意打ちを食らった気分で、俺は自分の顔が赤くなっていくのを感じる。 「そういうの・・・・・反則・・・・・」 「え・・・・・・何が?」 不思議そうに俺の顔を見上げて。 赤くなった俺の顔を見て意外そうな顔をする。 「離せなくなっちゃうよ?」 「え・・・・・・・わっ?」 きょとんとしている牧野の肩を押すように体重をかけ、そのままベッドに2人で倒れこむ。 「な、なに・・・・・・・」 「我慢できない」 「・・・・・って!こ、これからパーティーが!」 「まだ2時間あるよ」 「2時間しかないよ!あ、あたし1時間前には桜子のとこに行かなきゃならないし!」 「じゃ、あと1時間ね」 そう言って牧野の首筋に唇を寄せると、途端に牧野の体がピクリと震える。 「ちょ、類、駄目だよ・・・・・」 「少しくらい遅れても大丈夫だよ。ドレス着るだけなら、10分で終わるでしょ」 「だって、メイクも・・・・・」 「急げば5分で終わるよ」 「だ、だって・・・・・・・・!!」 「もう、黙って」 そう言って、牧野の唇を塞ぐ。 柔らかい唇を堪能し、息苦しさに開きかけた隙間へ舌を滑り込ませる。 深く絡ませ、長く熱いキスを続けるうちに牧野の体からは力が抜けていった。
「・・・・・愛してる・・・・・」 耳元で囁けば、頬を染め、困ったように俺を睨むその瞳に、また煽られる。 「ずるいんだから・・・・・」 牧野の言葉に、くすりと笑う。 それはこっちのセリフだと、言えばまた強気な言葉が返ってきそうだから、今は言わずに再び口付けた。 2人きりでいられるときはせめて、俺でいっぱいにしてやりたい。 そんな俺のつまらないプライドに、気付いても気づかない振りをして。 その瞳を、俺だけに向けて・・・・・
|