-tsukushi- 美作さんの家へつくと、早速買ってきた毛糸を取り出し、一緒に買った本を広げた。 本を見ながら、編み棒を持って最初だけでも自分でやろうとしていると、すぐに美作さんの声が飛んできた。 「そこ、違う」 「へ?どこが?」 「お前、基本的に編み棒の持ち方がなってねえんだよ。いいか、ここはこうして・・・・」 そう言いながら、美作さんがあたしの後ろに回り、一緒に編み棒を持ちながら教えてくれる。 突然後ろから覆いかぶさるような格好になり、その至近距離に思わずドキッとする。 ふわりと香る、美作さんの優しい香り。 ちらりと見上げれば、少し神経質っぽい、繊細できれいな顔。 あたしの手に重なるその手も、男の人のくせにあたしよりきれいで、指も細くしなやかで・・・・ 重ねられたその手が熱く火照ってくるようで、落ち着かなかった。 「どうした?牧野、顔赤いぜ?」 「なな、なんでもない!」 ふいに声をかけられ、思わずどもってしまう。 やばっ、意識しすぎだってば! 「・・・・・・もしかして、緊張してる?」 にやりと笑う美作さん。 「べ、別に!」 そりゃあ、美作さんは女の人に触れることなんか慣れっこなんだろうけど! 「ぶっ。相変わらずおもしろいやつだな。ほら、こっちに集中しねえといつまで経っても終わんねえぜ?」 美作さんの言葉に、はっとする。 「わ、わかってるわよ。ちゃんと集中してるってば」 「ふーん?まあいいや。じゃ、次。ここでこうして・・・・」
「・・・・・このペースじゃクリスマスに間にあわねえなー」 そろそろ帰らなくちゃいけないころになって、美作さんがぼそっと呟いた。 あたしも内心そう思っていたので、思わずぎくりとする。 「ど、どうしよう・・・・?」 「んな心配そうな顔すんな」 そう言って美作さんはあたしの頭をぽんと叩く。 「お前、俺んちの妹の家庭教師やんねえ?」 「へ?家庭教師・・・?」 何で急にそんな話? と思っていると、美作さんが苦笑いする。 「バカ。本当にやるわけじゃなくって、口実。類にばれないようにやるには、俺んちに来るのが一番だろ。総二郎のところに行く日と土日を除く3日。週に4日、ここに来てそれが出来れば、何とかクリスマスに間に合うんじゃねえの?」 「で、でもそんなに・・・・美作さんだって忙しいでしょ?」 「ああ、毎日は付き合えねえかも知れねえけど・・・返ってそのほうが怪しまれなくてすむだろ。俺がいなくてもここに入れるようにしとくし、わからねえところがあったら母親に聞いとけよ」 「でも・・・・・いいの?ほんとに・・・・・」 なんだかあたしのためにそこまでしてもらうのが申し訳なくって聞くと、美作さんはふっと優しい笑みをあたしに向けた。 「俺は、お前のためになるならそれでいい。俺のことは気にすんな。好きでやってんだ。それより類にばれねえように気をつけろよ。お前は嘘つくのが下手だから」 「う、うん・・・・」 「間に合うといいな、クリスマス」 「美作さん・・・・・」 どう言ったらいいんだろう。 うれしくて・・・・・ でも申し訳なくって・・・・・ ずきんと、胸が痛んだ。 「・・・・・1つ、頼みがある」 「え?」 「俺の前で、そういう顔はするな。俺は、お前の笑顔を見ていたい。そのためなら何でもしてやるから、俺の前では笑ってろ」 「・・・・・・・うん」 何とか笑顔を見せ頷いてみせると、美作さんはうれしそうに微笑み、あたしの頭を優しく撫でてくれた。 「さ、そろそろ類が迎えに来るな。外に出よう。類には俺から話をするから、お前は黙ってろよ」 「ん・・・・・」
「家庭教師・・・・・?」 車であたしを迎えに来た類が、美作さんの話に顔を顰める。 「ああ、俺の母親が牧野を気に入ってるって話は前にしただろ?で、妹たちの家庭教師をやって欲しいんだってさ。っつっても、遊び相手みたいなもんだよな。妹たちも牧野と遊びたがっててさ。これから年末まで母親も忙しくって妹たちに付きっきりって訳にも行かないし。だから牧野が来てくれると助かるってさ。もちろんバイト代は払うし」 「けど、週3日って・・・・・牧野の自由な時間がなくなっちゃうよ」 「あ、あたしは大丈夫」 「牧野・・・・・」 「年末までの間だからさ、頼むよ」 美作さんが手を併せて見せると、類は小さく溜息をつき、頷いた。 「・・・・・・わかった。じゃ、牧野、乗って」 「あ、うん。じゃ、美作さん、またね」 「ああ、気をつけてな」
「・・・・牧野、大丈夫なの?」 美作さんの姿が見えなくなると、類は前を向いたまま口を開いた。 「何が?」 「だって、週に3日家庭教師に入って、後の2日はあきらと総二郎のところでお稽古だろ?大学の勉強だってあるのに・・・・」 「うん・・・・でも、年末までの間だし、勉強は残った時間でちゃんとやるようにするから」 「無理してない?」 「全然。朝から晩までバイトしてたころに比べたら、楽勝だよ!」 そう言って笑って見せると、類も漸く安心したように笑ってくれた。 「牧野が大丈夫なら、俺はいいけど・・・。でも、これで週に4日もあきらの家に行くことになるよね。なんかそれ、心配なんだけど・・・・・」 「・・・・心配、要らないよ。だってあたしがレッスン受ける金曜日以外、美作さんも忙しくってほとんど家にいないって言ってたし」 事前に美作さんに言われたとおり、類に説明する。 ちょっと胸が痛んだけど・・・・せっかくあたしのために美作さんが考えてくれたんだから、ここで無駄にしちゃいけない。 「ふーん・・・。じゃ、いいけど。帰りは、また俺が迎えに行くから」 「え、いいよ、そんなの。毎日大変だし、そんなに遠くないんだから1人で大丈夫」 「ダメ。迎えにいけないときは連絡するから。勝手に1人で帰ったりしないでよ?」 「・・・・はーい」 思わず、くすくすと笑いが零れる。 そんなあたしを、ちらりと横目で睨む類。 だって、うれしくて。 うれしすぎて笑っちゃうんだもん、しょうがないよ。 類は、あたしを1人にしておくのを嫌がる。 それは束縛という名の愛情表現・・・・だと思ってる。 心配しすぎ、とも思うけど、それだけあたしのことを思っててくれてるんだと思えば、それもうれしい気持ちのほうが勝つ。 毎日2人で一緒の家へ帰る。 一緒に寝て、一緒に起きて、一緒に大学へ行って・・・・・。 こんなに幸せでいいんだろうかと思うくらい、今のあたしは幸せすぎると思う。 道明寺のときのように、いつこの幸せが崩れてもおかしくないと、毎日心配しなくてもいい日々。 こんな穏やかな日々に慣れていないあたしは、時々やっぱり不安になるけれど。 その度に類は、優しく肩を抱き寄せて、あたしを安心させてくれる。 ただ黙って抱きしめて。 「愛してる」って耳元で囁いてくれる。 くすぐったくって、未だに恥ずかしくって逃げ出したくなってしまうけど・・・・・。 でもあたしだって、類が大好きだから。 その気持ちをたまには形にしてみたくって、思いついたクリスマスプレゼント。
やっぱりクリスマスプレゼントっていったらマフラーとか?手編みのセーター? 優紀に相談したけど、「ごめん、あたししばらく忙しくって・・・・それにあたしも編み物はそんなに得意じゃないし」と言われてしまった。 どうやら彼氏へのクリスマスプレゼントのために、バイトを増やしたらしい。 桜子に聞くと、「手編み?だっさくないですかあ?今時」と馬鹿にされてしまった・・・・。 滋さんには・・・・たぶん無駄だと思って相談しなかった。
で、思いついたのは美作さんのお母さん。 いつも手作りのケーキやクッキーを焼いてあたしをもてなしてくれるかわいくて優しいママさん。 たぶん、編み物も出来るんじゃないかな? そう思って美作さんに聞いてみたんだけれど。 まさか美作さんに教えてもらうことになるなんて思わなかった。 美作さんは面倒見いいし、教え方もすごくうまいからもちろん嬉しいんだけど・・・・・ でも、類のためにやってることを、美作さんに手伝ってもらっていいんだろうか・・・・ そんな罪悪感があたしの心の中に広がって。 そんなとき・・・・・ 『俺は、お前の笑顔を見ていたい。そのためなら何でもしてやるから、俺の前では笑ってろ』 そう言って微笑んでくれた美作さん。 あたしが気を使わないようにしてくれてるんだと思うと、なんだか涙が出そうになった。 優しすぎるんだから・・・・・ だから、いつも損な役、やらされることになって・・・・ でもそれが、美作さんのいいところ。 あたしも、もちろんF3だって分かってるんだよね・・・・・。
「着いたよ、牧野」 いつの間にか花沢の家についていた。 「あ、ほんと。ごめん、ボーっとしてた」 「・・・・・疲れてる?それとも何か考え事?」 じっとあたしを見つめる、薄茶色のビー玉のような瞳に、どきりとする。 「な、なんでもないよ、ボーっとしてただけ」 慌てて答えると、類は何も言わず・・・・ 突然あたしの腕を引っ張ると、チュッと触れるだけのキスをした。 「!―――な、何?」 「浮気予防」 「浮気って!」 「真っ赤になって慌てちゃって・・・・よそ見しちゃ、ダメだよ」 じーっとあたしの目を見つめる類。 さっきからあたしの心臓はすごく早い鼓動を打っていた。 「し、してないってば」 「・・・・・・怪しい」 「類!」 「・・・・・信じて欲しい?」 「あたりまえでしょ!」 「じゃ、証明して見せて」 にっこりと微笑む顔が、天使なのか悪魔なのか・・・・・ 「しょ、証明って・・・・」 「今夜」 一瞬怪しく光った類の瞳に、どきんと心臓が大きな音を立てる。 「な、何言って・・・・・」 「なんなら、ここでしてくれてもいいけど?」 「だ、ダメ!!絶対!!」 真っ赤になって慌てるあたしを見て、類がおかしそうに笑う。 「ってことは、俺が何して欲しいと思ってるか、わかってるんだ?」 「!!・・・・・・・意地悪」 もう、絶対類には敵わないんだから。 上目遣いで睨んでみると、類は優しく微笑んで、あたしのおでこにそっとキスを落とした。 「反則・・・・・。そういう顔されると、本当にここで押し倒したくなる・・・・」 「る、類・・・・・」 「嘘・・・・。でも、早く部屋にいきたい。今日は、シャワー浴びるまで待てないかも」 くすくすと笑う類。 言われていることの恥ずかしさに俯きながらも・・・・ あたし自身、体の奥がジンと熱くなってるのを感じていた・・・・・・。
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