***X'mas Panic!! vol.1***



 -akira-
 「11月に入って急に寒くなったな〜。雪でも降りそうじゃねえ?」
 総二郎の言葉に、牧野も頷く。
「ほんと。どうせだったら12月24日に降らないかな。ホワイトクリスマス!」
 牧野の言葉に、総二郎がにやりと笑い、その顔をぐっと近づける。
「へえ〜。つくしちゃんも女の子らしいこと言うようになったじゃん」
 からかうような口調に、牧野がむっと顔をしかめる。
「うるさいよ!あたしだってたまにはそういうこと言うの!悪い?」
 挑戦的な目で睨みながら言う牧野の視線をさらりと交わし、総二郎が笑顔になる。
「いいや?すっげえかわいいと思うけど?」
「!!」
 牧野の顔が真っ赤に染まる。
 まったく・・・・・・
 俺は溜息をついた。
 総二郎の罠にまんまと引っかかるあたり、やっぱり牧野は牧野だと思う。
「・・・・・総二郎、いい加減にしろよ。・・・牧野、迎え来た。乗るぞ」
 俺は、目の前に止まって、素早く開けられた後部座席にさっさと乗り込む。
「あ、うん。じゃあね、西門さん」
「おお、がんばれよ。またな、あきら」
 相変わらずニヤニヤと笑いながら軽く手を振る総二郎。
 俺はその姿を横目で見て・・・・・
 車が走りだすと、牧野のほうへ視線を移した。
「お前も、いい加減なれろよ、総二郎のああいうの」
 言われた牧野は、困ったように眉をひそめる。
「無理だよ。あたしが西門さんに敵うなんて、きっと一生ないもん」
 牧野の言葉に、俺はまた溜息をついた・・・・・。

 
 6月に類と牧野が正式に婚約してから、今日でちょうど5ヶ月だ。
 11月に入り、気の早いところは既にクリスマスムードになっている。
 今日はダンスのレッスンの日だ。
 毎週金曜日は牧野が俺の家へ来る。
 母親や妹たちにもすっかり気に入られ、妹たちは「つくしおねえちゃまだったらおにいちゃまと結婚してもいいわよ」なんて言っているくらいだ。
 もちろん俺もまだ牧野を諦めたわけではないので、こうして週1日でも、牧野を独占できるのは嬉しかった。
 今日は特に、類が朝から会社の方へ借り出されているので大学でもゆっくり話すことができてすこぶる上機嫌だった。もっとも、総二郎というもう1人のライバルの存在はあったけれど・・・・
 総二郎と俺とは、立場的には変わらない。
 ただ、総二郎は女の扱いにかけては天性(?)のものを持っているので、ときどきさっきみたいに俺がヤキモキするようなこともあり・・・・・
 どちらにしても毎日心休まることはなかった・・・・。


 「美作さん」
「ん?」
「今日って・・・・・ママさん、いらっしゃる?」
 牧野は、うちの母親のことをママさんと呼ぶ。
 というのも俺の母親に「ママと呼んで!」とせがまれ・・・・困った牧野が呼び始めたのが「ママさん」という呼び方だった。
「いや。今日は妹たち連れて知り合いのバイオリンコンサートに行ってる」
「そっか・・・・・」
 明らかにがっかりしたような表情の牧野。
 こいつは感情表現がストレートなので、そのときの気持ちがおもしろいくらいによくわかった。
「なんだよ?あの人に用事?」
「ん・・・・って言うか、お願いって言うか・・・・・」
「?なんだよ、はっきり言えよ」
「えっと・・・・・ママさんて、編み物とかも・・・・できるよね?」
「・・・・・まあな。妹たちのセーターとか、編んだりしてるよ」
「あの・・・・・・もし、時間あったら、とかでいいんだけど、その・・・あたしに、編み物教えてもらえないかなって・・・・・」
 赤い顔をしてしどろもどろになって言う。
 なんとなく、話が読めてきて・・・・・
「・・・・クリスマスプレゼントか?マフラー?セーター?」
「え」
 驚いたような顔で俺を見上げる。
 真っ赤に染まったその表情が、かわいかった。
「類に、作りたいんだろ?」
「・・・・・・ん・・・・・・その、あたし不器用で・・・・やったことあるんだけど、いつも失敗して途中でリタイヤしてたから、今度こそって思ったんだけど・・・・本で見てもいまいちよくわかんなくて。ママさん、そういうの得意そうだし。教えてもらえないかなあ」
「・・・・・俺が教えてやろうか?」
 と言うと、牧野がさらにびっくりしたような顔で「え!」と俺を見上げる。
「み、美作さんが!?編み物できるの!?」
「まあな。凝ったもんは無理だけど、セーターでもマフラーでも帽子でも・・・・一通りのものは作れる」
「すごい!でも、いいの?美作さんだって忙しいのに」
「だから、この週一のレッスン日にやればいいだろ。言っとくけど、クリスマスに仕上げようと思ってるんだったら急がないと間に合わないぜ」
「あ・・・・そ、そうだよね。どうしよう。何作るか、まだ決めてないんだけど」
「じゃ、材料選びながら考えよう。今日はこのまま店に行こうぜ」
 そう言って笑って見せると、牧野もほっとしたように微笑んだ。
「ありがと、美作さん」
 その笑顔にまた心ときめいて・・・・・
 でも類のためなんだと思うと、また胸がちくりと痛んだ・・・・・。


 「うわ、毛糸ってこんなに種類あるの?どうしよう、ぜんっぜんわからないんだけど」
 手芸用品の専門店につくと、牧野が店内を見回して目を丸くした。
「作るものによって違うんだよ。何作る?セーターは凝ったものだと時間かかるし、手作りってのは重いし洗濯も大変だぜ。やっぱ無難なとこでマフラーとか、帽子がいいんじゃねえの?」
「そう?あ、手袋とかは?」
「手袋は指んとことか、ぼこぼこしないようにするの大変かもよ。初心者には勧めねえ。あんまりおしゃれなのって作れねえし。早く作れておしゃれに見えるもの。で、お前でも作れそうなのってやっぱりマフラーと帽子がいいと思うけど、それじゃダメか?」
「ううん、じゃ、そうする。やっぱり美作さん一緒でよかった。あたし1人だったら、なんにも決めらんなかったかも」
 そう言って溜息をつく牧野。
「じゃ、次はデザイン、考えよう」
「デザイン?」
「そ。初心者の場合はあんまり凝ったデザイン選ぶと失敗するから・・・・・あ、ほらあそこに手作りニットの本とか並んでるから、見てみろよ」
 俺は店の片隅、ニット作りの本がたくさん並んだ一角を示した。
 2人並んで、1つ1つの本を手に取り、見てみる。
「え〜、なんかどれも難しそう、できるかなー」
「やる前から情けねえこと言うなよ。大丈夫。俺がちゃんと教えてやるから」
 俺がそう言うと、牧野はチラッと俺を見上げて笑った。
「ありがと。ほんと美作さんって面倒見いいよね」
「・・・・・くだらねえこと言ってねえでちゃんと選べ。あ、これなんかどうだ?マフラーと帽子、そろいの柄のやつ。類に似合いそうじゃねえ?」
 そう言って、俺が見ていた本のページを牧野に見せてやると、牧野がそれを覗き込む。
 身を屈めた俺の手元を覗き込むように体を寄せて来る牧野。
 さらりと流れた髪からシャンプーの香りがして、思わずドキッとする。
「あ、ほんと、かわいいかも。でもこれ、あたしに作れるかなあ」
「・・・・だから、俺が教えてやるって言ってるだろ。ついでに自分の分も作れば?」
「ええ?お揃い?それって恥ずかしくない?」
 牧野が俺から身を離し、大げさに顔を顰めて見せる。
「アホ。俺がそんなださいこと言うかよ。同じデザインだって、色と素材を変えれば違うものに見えたりするもんだぜ。ま、時間がないかも知れねえけど。材料だけでも買っとけば?自分の分なら別にクリスマス意識する必要もねえし」
「うん・・・・そうだね。えっとじゃあ、どのくらい買えばいいのかな」
「使う毛糸の種類と量も書いてあんだろ。えっとこの毛糸は・・・・来いよ、こっち」
 そう言って俺はその本を持ったまま、先に立って歩き出す。
「あ、待って」
 牧野は慌てて自分が持っていた本を戻すと、俺の後をついてくる。
 
 あれこれと毛糸を選びながら・・・・
 なんだかデートでもしてるみたいな気分で、楽しくなってくる。
 類には絶対言えないっていうのがますますプラトニックな関係みたいでわくわくする。
 楽しそうな俺を見て牧野は不思議そうに首を傾げていたけれど・・・・・。

 「この色、いいな。類に似合いそう」
 そう言って牧野が手に取ったのは淡いブルーの毛糸。
 確かに類には似合いそうだ。
「自分のは?」
「あたしは・・・・どうしよう?」
 牧野が困ったようにぐるりと周りを見回す。
 色とりどりの毛糸。
「好きな色はあるけどさ、それが自分に似合うかどうかって、自分じゃよくわからないよ。・・・・やっぱり自分のは・・・・」
 いらない。
 そう言おうとしたんだろう。
 俺はそれを聞かずにくるっと向きを変えると、少し離れた棚へ歩いていった。
「美作さん?どうしたの?」
 牧野が気付いて慌てて着いてくる。
「・・・・これ、どう?お前に似合うんじゃねえかと思ったんだけど」
 それはさっき通りすがりにちらりと目に付いた毛糸。
 深いボルドーのそれは、最近女らしくなってきた牧野に似合うような気がした。
「え・・・・すごくきれいだけど・・・・大人っぽくない?あたしに合うかな?」
 自信なさげにその毛糸を手に取る牧野。
 俺はその毛糸を持って、牧野の頬に合わせて見た。
「ほら、似合う。俺のセンスを疑うなよ。このくらい大人っぽい色にしないと、毛糸の帽子なんてお前が被ったら子供っぽくなっちまう」
 そう言って笑ってやると、牧野はちょっと照れたように頬を染め、微笑んだ。
「じゃ、これにしようかな・・・・。ありがと、美作さん」
「いいから買って来い。金あるか?」
「うん。バイトでためてたお金、とっておいてあるの。こういうのはやっぱり自分で稼いだお金じゃないとね・・・・じゃ、行って来る」
 そう言うと牧野は、選んだ毛糸をカゴに入れ、レジに向かった。
 牧野らしい姿に、笑みが浮かぶ。
 婚約して、俺たちの教育を受けて、少しずつ女らしく変化してきた牧野。
 それでも本質的には変わらないあいつに、安心する。

 牧野が類と結婚しても、きっと俺の気持ちは変わらない。
 そんな妙な確信。
 あいつには言わないけれど・・・・・・
 ずっとあの笑顔が見れる位置にいたい。
 そう考えること事態は、罪じゃないよな・・・・?




  

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