-akira- 「全く・・・・・お前ってやつは本当に流されやすいやつだな」 俺は、隣でマフラーを編みながらも小さくなっている牧野をじろりと睨んだ。 「だって・・・・・拒否できる感じじゃなかったから・・・・・」 「要するに、誘惑されちゃったわけだ、つくしちゃんは」 ソファーに寝転んでいた総二郎が同じように半目で牧野をじろりと睨む。 「そ、そんなんじゃ・・・・・・」 真っ赤になってますます小さくなる牧野。 その様子で、昨日牧野が大学と家庭教師を休んだ理由がわかってしまい、俺も総二郎も苛立ちを抑えられない。
類は牧野の婚約者なのだから、当然といえば当然の話で。 一緒に住んでいるのだから、そんなのは聞くまでもないことだし、それに対して文句を言える立場でもないことはわかっているのだが・・・・・ 恋というのは理屈では割り切れないものだ、という事実を今更ながらに知った気分だった。
「・・・・・だいぶ進んだな。クリスマスまでには間に合いそうだ」 俺がマフラーを見て言うと、牧野がぱっと顔を上げ、嬉しそうに微笑む。 「ほんと?良かった!美作さんのおかげだね」 そんな牧野の笑顔に、つい見惚れてしまう俺。 んとに・・・・・そういう無防備な顔すんなっつうの。 ふと総二郎を見れば、さっきまで牧野に向けていたはずの視線を俺に向け、何か言いたそうに睨みつけていた。 お互い本気の恋には慣れていない・・・・・まあ俺は、いつでも本気だったつもりだけど・・・・・から、一方通行の気持ちを持て余し気味なところがあるのだ。 そんな思いに気付かない牧野は俺たちを信用して無防備な表情を見せてくる。 それが嬉しくもあり、切なくもあり・・・・・ でもやっぱり牧野との今の関係を無くしたくなくて、平気な振りして大人の顔を見せる。実際頭の中はいっぱいいっぱいなんだけどな・・・・・。
「で、クリスマスはどうすんの?せっかくだから久しぶりに滋たちも呼んでパーティーでもやらね?」 と総二郎が言い出す。 「ああ、いいな。集まるなら俺んち使う?」 「ああ。牧野、類にも言っとけよ。あいつのことだからお前と2人きりでいたいとか言い出しそうだけど・・・・・ちゃんと引っ張って来い」 「うん、わかった」 類の反応を想像したのか、苦笑いしつつも嬉しそうに答える牧野。最近は滋とも会っていなかったから、久しぶりに集まれるのが嬉しいのだろう。 そんな牧野の嬉しそうな表情を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。 俺ってこんなに現金だったっけ?と我ながらおかしくなる。 ふと総二郎を見れば、やはりいとおしそうに牧野を見つめる穏やかな瞳。 俺の視線に気付いた総二郎と目が合い、互いに苦笑する。 ―――切なくってもいいか。 ―――こいつの笑顔が見られるならな。
たぶん、後にも先にもこんな風に好きになれることはないんじゃないだろうかと思えた。 傍にいて、その笑顔が見られるだけで満たされる恋なんて・・・・・。
「おっと、そろそろ類が来る時間だな。んじゃ俺もう行くわ」 そう言って総二郎がソファーから体を起こした。 「え、もうそんな時間?」 「ん。お前もそろそろ帰る準備しな」 俺が言うと、牧野が「はーい」と言いながら片付け始める。 「ギリギリ、終わりそう・・・・・。自分の分まではやっぱり間に合わなかったなあ」 1人ごとのように呟いた牧野の言葉を聞いて、総二郎が振り向く。 「自分の分?」 「うん。この毛糸買いに行ったときね、美作さんが自分の分も作ってみればって・・・・・」 「え、もしかしておそろいとか?ださっ」 総二郎の呆れた言い方に、牧野がむっと顔をしかめる。 「違う!色も素材も変えて・・・・・違う感じにするの!美作さんが選んでくれたんだから!」 その言葉に、総二郎の半目になり俺をじろりと睨む。 ―――こえーって・・・・・ 「へえ〜え。あきらが、ね・・・・・んじゃ、今度俺にも作ってよ、つくしちゃん」 「え〜?」 「え〜ってなんだよ!」 「総二郎、早くいかねえと類とバッティングするぞ」 俺の言葉に、ちっと総二郎が軽く舌打ちする。 「じゃ〜な、また明日」 仕方ない、と言った風に軽く手を上げ、裏口に向かう総二郎。 万が一にも類に見られないよう、総二郎は裏口から出入りしているのだ。
「さ、こっちも出るか。―――って、牧野?どうした?」 牧野が、総二郎の行ってしまった方を見て、手を口に当てて何か考えているようだった。 「―――え?あ、なんでもない、ごめん」 俺の声にワンテンポ遅れて反応し、置いてあったバッグを手にする牧野。 「なんか、気になることでもあんのか?」 部屋を出ながら、聞いてみる。 「っていうか・・・・・類がね、気付いてるみたいなんだよね・・・・・」 「何に?まさか、プレゼントのことか?」 「ううん、そっちじゃなくて・・・・・西門さんも、ここに来てるってことに」 「は?マジ?」 「うん・・・・・あたしから話すまでは、聞かないって言ってくれたけど・・・・・もうすぐ言えるときが来るからいいかなって思ったけどね、隠し事をするのってなかなか難しいなあって」 眉間に皺を寄せ、まじめに言う牧野がおかしくて、つい笑ってしまう。 「お前の場合、特にだろ?考えてること全部、顔に出るタイプだもんなあ」 くすくす笑って言えば、今度はむっと顔をしかめて拗ねる。 「何よ、馬鹿にして・・・・・あたしは正直な人間なの!」 「そりゃごもっとも」 そう言って軽く頭をぽんぽんと叩くと、頬をぷうっと膨らませて俺を上目遣いで睨む。 「また・・・・子ども扱いしないでよね!1つしか年だって違わないんだから!」 「ん?あーそうだな。じゃあ大人の女として扱ってやろうか?」 そう言って俺は牧野の肩を抱き、その顎に手をかけ上に上げさせる。 驚いたように目を見開く牧野をじっと見つめて、顔を近づけると・・・・・・ 「―――わぁ!!」 と言って慌てて俺から離れる牧野。 「ぶーーーっくっくっ・・・・お前、おかしすぎ・・・・・大人の女にゃ、まだまだだって」 お腹を抱えて笑う俺を見て、真っ赤になって頬を膨らませる牧野。 ほんとに、見てて飽きないやつ・・・・・。
「牧野、お疲れ。・・・・あきら、何笑ってんの?」 玄関を出ると、ちょうど類が車から降りたところだった。 「いや、別に・・・・。じゃあな、牧野」 俺がしつこく笑いをかみ殺しながら言うと、牧野がじろりと俺を睨む。 「・・・・・美作さん、笑いすぎ!」 ベッと舌を出し、車の助手席に乗り込む牧野。 そんな牧野を不思議そうに見つめながら、類も運転席に乗り込む。 「じゃあね」 軽く手を上げ、類が車を発進させる。 俺は車が見えなくなるまで見送って・・・・・
部屋に戻りながら、考えていた。 ―――類が総二郎のことに気付いてたって? そりゃいつかは気付くだろうとは思ってたけど・・・・・ あいつ、そういうとこ全然表にださねえからなあ。 さっきだって総二郎のことなんて一言も・・・・・ そういうとこがこえーな。類は・・・・・
顔にも口にも出さないけど、牧野のことなら全部わかってるんだっていう自信。 こんなとき、やっぱり類にはかなわねえなあって思う。 同じように高校生のころから見てきたつもりだけど、俺たちには他に付き合ってる女がいたし、まだ自覚もなかった。 類は、牧野だけをずっと見てきた・・・・・。 今更後悔もないけど、あのころから自分の気持ちに気付いていたら、何か違いはあったのだろうかと、ふと思うことがあった・・・・・。
「あ、お坊ちゃま」 部屋に入ろうとしたところで、家政婦に声をかけられる。 「ん?」 「お電話が入っております」 「電話?誰から?」 「それが・・・・・」 その名前を聞いて、俺は目を見開いた。 「―――俺の部屋につないで」 「はい」 頭を下げ、下がっていく家政婦。 俺は部屋に入り、息を整えると電話の受話器を上げたのだった・・・・・
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