-tsukushi- 道明寺がN.Y.に帰ってからしばらく経ち・・・・・。 あたしたちは漸く日常を取り戻し、あたしの編み物も漸く先が見え始め、ラストスパートをかけられるところまで来ていた。 類のほうも会社の手伝いがひと段落下らしく、最近は大学へも毎日通い、あたしといられる時間も以前にもまして増えていた。 西門さん曰く『牧野のこと自分の監視下に置いときたいんだろ』という事らしいけど・・・・一緒にいられる時間が増えるのは、素直に嬉しかった。
そしてあと1週間でいよいよクリスマスという日の夜。 突然、類が言い出した。 「旅行、行こうか」 「はい?」 類の唐突な言葉に、あたしは目をぱちくりさせた。 この人のこういうところにもだいぶ慣れたつもりだったけど・・・・・ 「えーと、それはいつくらいの話?」 「いつでも。休みに入ってからのほうが良い?」 「そりゃね・・・・。でも、今からじゃどこも予約いっぱいじゃない?てか、どこに行きたいの?」 「どこでも。牧野の行きたいとこで良い」 「え・・・・って言われても」 急に言われても思いつかない。 でも、もう12月も半ば過ぎだし、今から冬休み時期の宿の予約なんかできるのかなあ? 「俺は牧野といられればどこでも良い。どこでも、2人きりになれるとこが良い」 薄茶色のビー玉のような瞳でじっと見つめながらそんなこと言うもんだから、顔が熱くなっていくのがわかる。 「で、でも、今からじゃ・・・・」 「予約、必要ないところなら大丈夫じゃない?」 「え・・・・・」 思わず驚いてしまって・・・・・ ―――あ、そうか・・・・・。別荘とか持ってるんだよね・・・・・・。 「海外でも良いよ。ヨーロッパとか、アフリカ、オーストラリア・・・・」 「うわあ、ちょ、待って!」 気軽に海外とか、その考え方について行けないってば! あたしが慌てて言うと、それがツボに嵌ったのか類がクックッとお腹を抱えて笑い出す。 「か・・・・・海外って、だってそれこそ、行ったことないとこばっかりだし・・・・」 「だからこそ、行きたいとことかないの?海外にこだわらなくても良いけど」 「うーん・・・・・」 あたしが首を傾げて考え込んでいるのを、ニコニコしながら見ている類。 「・・・・・・あたしも」 「ん?」 「あたしも・・・・・類といられるなら、どこでも良いな・・・・・・」 そう言った瞬間・・・・・ ふわり、と類の温もりがあたしを包んだ。 「・・・・・やばい・・・・・」 「え、何・・・・・・」 「明日、大学休まない?」 「な、なんで・・・・?」 「とまんなくなりそうだから」 顔が、カーッと熱くなる。 「だ、駄目だよ、明日は出たい講義もあるし、美作さんちにも行かなきゃいけないし・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 急に下がった空気の温度に、あたしはしまった、と思った。 「・・・・・・る、類、あの・・・・・」 「決めた」 「え・・・・何を?」 「旅行の行き先」 「え、どこ?」 「まだ言わない。あいつらに邪魔されるのやだし」 「は・・・・・・・」 「それから、明日は休みね」 「な!」 驚いて抗議しようと顔を上げたあたし。 それを待っていたかのように、類は不敵な笑みを浮かべると、あたしの顎を持ち上げ、その唇を塞いだのだった。
「今日は、寝かせない」 「ちょ・・・・・待ってよ、明日は・・・・・」 「行ってもいいよ。行けるならね。それからあきらのところにも・・・・最近、何でか総二郎も一緒みたいだけど?」 「あ・・・・・・」 「聞かないって約束だから、聞かないけど・・・・・3人でいるほうが俺も安心だし?それについてはいいや。でも1日くらい、休んだって文句は言えないんじゃない?」 「・・・・・・・ずるい」 悔し紛れに言った言葉。 でも類には通用しない。 にっこりと無邪気な笑みでかわされてしまう。 「嫌なの?」 「嫌、じゃない・・・・・けど」 「けど?」 「ちょっと悔しい・・・・・類には敵わないんだから」 拗ねるあたしを見て、類はくすくすと笑う。 それでも抱きしめる腕が緩むことはなくて・・・・・
そのまま眠りにつくことなく、翌日、太陽のまぶしさにめまいを感じることになるのだった・・・・・。
-rui- 司がいなくなってから、俺の仕事の方も漸く落ち着き、大学へも毎日行けるようになった。
それで気付いたこと。 週に4日、家庭教師とレッスンのためにあきらの家へ通っている牧野だけど。 それにどうやら総二郎も参加しているらしいということ。 牧野があきらの家へ行くときは決まって総二郎の姿も消えるし、迎えに行ったとき、総二郎の車が走り去っていくのを見ることも何度かあった。 何をやってるのかは知らないけれど、きっと2人にヤキモキした総二郎が牧野を問い詰めて、そしてそれを俺に黙っている代りとか何とか言って自分もそこにいられるように取り付けたのだろうということは想像できた。
まあ、あきらと2人きりにさせておくよりは3人のほうが安心だからいいのだけれど・・・・・ それでも、牧野が俺に隠し事をしているという事実にちょっともやもやしてしまうのは仕方がないところだと思う。 そんなときに思いついたのが、冬休みの旅行だった。 一緒に暮らしてはいるけれど、何かと邪魔されることの多い毎日。 たまには2人きりを満喫したいと思うのは俺のわがままだろうか。
照れたり驚いたり怒ったり・・・・ 相変わらず1人で百面相する牧野がおかしくて笑ってしまう。 俺が笑うと、牧野は拗ねたように頬を膨らませるけれど。 そんな表情もかわいくて仕方ない。
今日は寝かさない。 何度でも愛して、ずっと牧野を感じていたいんだ。 あの2人も知らない、俺だけに見せる牧野の顔と、俺しか聞いたことのない牧野の声。 ずっと永遠に、俺しか知らないままでいい。 そう願いながら・・・・・・ 俺は翌日まで、牧野を離すことはなかった・・・・・。
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