-tsukushi- 頭がガンガンする・・・・・。 高い天井がぼんやりと見えた。 「あ、気がついた?」 聞こえてきた声に、あたしは体を起こしてそっちを見る。 「気分どう?」 窓際のロッキングチェアーに座っていた類が心配そうに立ち上がってあたしを見ていた。 「類・・・・・あたし・・・・・」 「ホールでぶったおれたんだよ。ワイン飲んですぐにダンスなんて踊ったりするから、酒が回ったんでしょ」 類の呆れた言い方にあたしは恥ずかしくて思わず赤くなる。 「ご、ごめん。また迷惑かけちゃったね」 「うん。そうだね」 ―――ガーン・・・・・ あたしが馬鹿みたいに口を開けて固まっていると、類がクスリと笑ってあたしの側に来た。 「嘘。でも気をつけてね」 「う、うん。ごめんね・・・・・」 「具合、どう?」 「ん・・・・・。ちょっと頭が痛いけど、大丈夫」 類が、じっとあたしを見つめてくるから、なんだか落ち着かない。 「あ、あの・・・・・」 「黙って」 そう言ったかと思うと、ふいに類の手が伸びてきて、あたしの肩を抱き寄せそのまま唇をあわせた。 あたしはちょっとびっくりしたけれど、暫くされるがままになっていた。
漸く唇を離して。 類を見上げると、熱っぽい瞳があたしを見つめていて、どきんと心臓が音を立てる。 「・・・・・倒れる前のこと、覚えてる?」 類に聞かれ、あたしはホールでのことを思い出す。 「えーと・・・・・」 類が部屋を出て行った後、あたしはそのまま部屋で待っていることが出来ずホールへ行ったんだ。 類があたしのことを怒っていたことが悲しくて、寂しくて、渡されるままワインを飲んで・・・・・ そしたら、類が来てくれたんだ。 仲直りできて嬉しかった。類が優しく抱きしめてくれたのが嬉しかった。 その後・・・・確か美作さんたちが来て・・・・ダンスを踊って・・・・・ 踊っている途中からの記憶が、あやふやになっていた。美作さん、西門さんと踊ったのは覚えてる。 でもそのときの会話が・・・・・途中が飛んでるような・・・・・
『強引な方が良いってことか?―――』 『―――お前は、きっとずっと変わらないんだろうな・・・・・』 『ずっとそのまま、変わらないでくれよ。―――俺は好きだから』 『―――俺も相当お前に狂わされてるんだぜ』
『―――お前、俺のことどういう風に見てんだよ。俺だってへこむの。惚れてる女に全く男として意識されてなかったらな』 『―――お前ってやつは司には抱きしめられるわ、あきらにはキスされそうになるわ・・・・・』 『・・・・・お前、かわいすぎ・・・・・』
思い出すのは、あの2人の熱い眼差しと、あと少しで唇が触れそうなほど近い距離・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・」 顔が熱くなる。 と同時に、嫌な汗が背中を伝う。 「・・・・・思い出した・・・・?」 「は・・・半分くらい・・・・・」 「・・・・・俺は、全部覚えてる」 類の声が、不機嫌に低くなる。 「あの、類・・・・・・怒ってる・・・・・の?」 恐る恐る聞くと、類は表情を変えずに 「どうだと思う?」 と逆に聞いてくる。 「・・・・・えーと・・・・・」 どう答えていいかわからずに俯くと、突然ふわりと抱きしめられた。 「・・・・・怒ってるよ」 静かな声に、びくんと震える。 「俺、牧野に関しては度量の狭いやつだから・・・・・。すげぇむかついた」 そう言いながらも、あたしの髪を撫でる類の手は優しかった。 「牧野があの2人のこと、信用してるのはわかってる。ただの友達とも違う、特別な存在だってことも・・・・・だけど、むかつく。あんなふうに牧野に触れたり、抱きしめたりしていいのは俺だけ・・・・キスしていいのは、俺だけだよ・・・・・」 「類・・・・・」 「ほんの少しだって、離れられない。あんたがあんなふうにあいつらに隙を見せるから・・・・・。ちゃんと突っぱねることが出来ないなら、ずっと俺があんたを見てなきゃ」 そっと体を離し、あたしの目を正面から見つめる類。 薄茶色のビー玉のような瞳が、熱っぽくあたしを見る。 どきどきが止まらない・・・・・。 「あ・・・・・あのね、お酒飲み過ぎて・・・・・ボーっとしてたんだと思うの。途中から、あんまり覚えてなくて、ほんとに・・・・・だから、普段だったら、ちゃんと突っぱねてると思うよ?あ、あたしだってそんな浮気性じゃないもん」 あたしの言葉に、類はまだ疑わしげな視線を向けてくる。 「あの人たちがあたしにとって特別なのは本当だけど・・・・・でも、本当の意味で特別なのは、類だけ・・・・・だよ?」 その言葉に、類がちょっと目を見開く。 「それは・・・・・・どういう意味で?」 あたしの顔を覗き込んでそんな風に聞いてくるから、あたしはますます赤くなる。 「だ、だから・・・・・・」 「だから・・・・・?」 わかってるくせに聞いて来るんだから、性質が悪い。 「・・・・・牧野?はっきり言ってくれなきゃわからないよ」 「・・・・・嘘。分かってるくせに。類って、結構意地悪なんだから」 上目遣いに睨むと、類の瞳がやさしく揺れた。 「・・・・・・牧野の口から、聞きたいから」 耳元で囁かれる声に、胸が高鳴る。 「俺ばっかりが牧野に夢中みたいで、焦るんだ。全然安心できない。こんなに近くにいるのに・・・・牧野の心が離れて行きそうで、不安になるんだよ」 「類・・・・・」 切なげな類の瞳が、あたしの胸をも苦しくさせる。 これが類の作戦だったとしても・・・・・あたしは、言わずにいられなかった。 「不安なのは、あたしだよ。一緒にいられないときだって、類のことばっかり考えてる。あたしの知らない間に、類があたしの知らない女の人と一緒にいたらって考えただけで不安になる。それがたとえ仕事の相手だって、嫌。類があたし以外の女の人を見るのも、話すのも嫌。わたしのわがままだってわかってるけど・・・・・類にはあたしのことだけ見てほしいって、思ってる」 「牧野・・・・・」 「あたしは、類が好き」 真っ直ぐに、類の瞳を見つめる。 「・・・・・大好きだよ」 類が好き。 だけどその想いの深さをどうしたら伝えられるんだろう? どうしたら、類を不安にさせずに済むんだろう? あたしには、ただこうして『好き』と言うことしか出来ない・・・・・
「・・・・・それ、反則」 「え?」 「そんなかわいいこと言われちゃったら、もう怒れないよ」 そう言って類は優しく抱き締めてくれた。 優しい、類の匂い。 その心地良さに目を閉じると、類の腕がゆっくりとあたしの体をベッドに横たえた。 見つめ合い、類の顔がゆっくり近づいてくる・・・・・・・・。
「おーい、類!!牧野大丈夫か!?」 ドンドンとドアを叩く音と共に西門さんの声が聞こえた。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 甘い空気が一瞬にして凍りつく。 「おーい、類、開けろよ!」 それでも類はその声が聞こえていないかのようにあたしを見つめてる。 「る、類、西門さんが・・・・・」 「・・・・・無視」 「で、でも・・・・・」 「おーい」 まるで中にいることがわかっているかのように、ドンドンとドアを叩き続ける西門さん。 「・・・・・・・・・・・・・」 なおも無視し続けようとした類だったけど
あまりのしつこさに無理だとあきらめたのか、大きな溜め息をつき立ち上がった。 あたしも慌てて起き上がり、ベッドから降りるといつの間にかずり落ちたドレスの肩ひもを直し、髪を整えた。 類が扉を開けると、そこには道明寺、西門さん、美作さんの3人が揃っていた。 「お、牧野、大丈夫か?」 美作さんがあたしを見て言う。 「あ、うん。ご、ごめんね。心配かけて」 あたしが言うと、西門さんはニヤリと笑って類を見た。 「悪いな、類、邪魔して」 「わざとでしょ」 類が不機嫌なのを隠そうともせずに言うと、西門さんと美作さんは顔を見合わせて笑った。 1人、状況がわかっていないのは道明寺で、 「何してたんだよ。出てくんのおせえよ」 なんて言っているから、思わず乾いた笑いが漏れる。 「・・・司、もう帰るってさ」 美作さんの言葉に、あたしの笑いが止まる。 「え・・・・そうなの?」 あたしの言葉に、道明寺が穏やかに笑って頷いた。
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