-akira- 「お前、顔赤いぞ。どんくらい飲んだ?」 俺は牧野をリードして踊りながら聞いた。 牧野の頬はほんのりと赤く染まり、瞳も潤み、胸の開いたカクテルドレスのせいかいつもより数段女っぽい牧野に、俺は柄にもなく少し緊張していた。 「え、そんなに赤い?ワイン、2杯・・・3杯?ん〜よく覚えてないけど」 「・・・・・類は、納得したのか?司のこと」 「うん・・・最初はちょっと怒ってたけど、大丈夫。それより、ごめんね、こんなことになって、美作さんたちにまで心配かけちゃって・・・・」 「ああ、良いよ。司が横暴なのは昔からだし、それでもちゃんとやるだけの理由があるってわかったし。大人になったと思ってたけどやっぱり司は司だな」 俺の言葉に、牧野はぷっと吹き出した。 「あたしもそう思う。やっぱり、中身はそう簡単に変わらないよね。でも返って安心した。あたしはああいう道明寺の方が良いな」 「強引な方が良いってことか?そんなこと言ってるとまた類が拗ねるぞ」 「そういう意味じゃなくて・・・・・。なんだか、道明寺が全然知らない人みたいな気がしてたから。おかしいかな。人は大人になれば変わっていくのは当然かもしれないけど・・・・・。でも、変わらないほうがいいこともあるじゃない?」 「まあな・・・・・。お前は、きっとずっと変わらないんだろうな・・・・・」 「あ、何それー、あたしはずっと子供のままって言いたいの?」 「バーカ、違うよ。精神的に大人になっても、本質的なところは変わらないだろうってこと。俺も、お前には変わらないでいて欲しいって思うし」 「え・・・・・」 「ずっとそのまま、変わらないでくれよ。ちょっとがさつだけど、強気なところも、意外と泣き虫なところも、超鈍感なところも、俺は好きだから」 「!!」 俺の言葉に牧野は目を見開き、その顔が真っ赤に染まった。 俺の言葉に照れる牧野が、かわいかった。
-tsukushi- 「・・・・・お前が攫われて、すげぇ焦った。このまま司に持ってかれたらって思ったら、気が気じゃなかった。類だけじゃなくって・・・俺も相当お前に狂わされてるんだぜ」 美作さんが静かに微笑む。 その甘い微笑みに、思わず見惚れてしまう。 じっと見つめられて、あたしの心臓が落ち着かなくなる。 「そ・・・そんな風に言わないでよ、どういう顔したらいいか、わからない・・・・・」 思わず下を向いたまま、顔が上げられなくなる。 すると突然、美作さんがぴたりと止まるから、あたしは前につんのめって、美作さんの胸に倒れこむようにぶつかってしまった。 「わっ」 「・・・・・無事でよかった」 真剣な美作さんの声に、あたしは顔を上げる。 間近に迫った美作さんの瞳が、あたしを映す。 突然すぎて、声が出ない。 ゆっくりと迫ってくる美作さんのきれいな顔から、目が離せない・・・・・・。
「はい、ストーップ!」 突然、あたしと美作さんの顔の間に現れた手。 「・・・・・総二郎」 美作さんが苦虫をかみ潰したような顔でじろりとそちらを見る。 その手は、西門さんの手。 視線はあたしに注がれていた。 「駄目だぜ、牧野。油断してっとあきらの毒牙にかかっちまうからな」 「毒牙ってなんだよ!せっかくいい雰囲気だったのに・・・・」 「だからだろうが。いくらなんでも類の前でそれはまずいだろ。お前、殺されるぜ」 そう言って西門さんが顎でくいと指し示す方を見ると・・・・・ 類が、すごい目で美作さんを睨んでいた。今にも掴みかかってきそうな類の腕を掴んでなだめているのは道明寺だった。 「うあ・・・・・」 サーッと青くなる。 あたしってばうっかり今の状況忘れてた・・・・・。 ワインのせいか、さっきから足元はふわふわしてて、頭もボーっとしてる気がする。 やばいやばい、しっかりしなきゃ。 「とりあえず交代な。あきら向こう行ってろよ」 そう言って西門さんは美作さんの手をあたしから離すと、しっしっと手を振った。 「はいはい。じゃあな、牧野」 そう言って苦笑しながらもきれいにウィンクを決めて行った美作さんにまた、ドキッとしてしまう。 あーもう、あたし何やってんの・・・・・。これもお酒のせい? 「まったく」 西門さんが思いっきり半目であたしを睨む。 「な、何よ」 「少しは警戒しろっつーの。隙だらけなんだよ」 「だ、だって、美作さんだし」 「だからこそ、だろ。お前ちょっとあきらのこと信用し過ぎ。あいつだって男なんだからいつ狼になるかわかんねえぜ」 「・・・・・そうかなあ?」 あたしが首を傾げると、西門さんが大きな溜め息をついた。 「じゃ、俺は?」 「え?」 「俺のことは信用してる?」 「そりゃ、もちろん」 「・・・・・それは友達として?それとも男として?」 あたしの腰に手を回し、ゆったりした曲に合わせて踊りながら、西門さんがあたしを見つめて言う。 その目はいつになく真剣で・・・・ 「え・・・・・・」 「・・・・どっちにしても、複雑だよな」 「複雑・・・・・?」 「友達として、信用されるのは嬉しい。でも、男としてみたらあんまり信用されるのも、全然意識されてないみたいでへこむ」 「へこむ・・・・西門さんが?」 「あのな・・・・お前、俺のことどういう風に見てんだよ。俺だってへこむの。惚れてる女に全く男として意識されてなかったらな」 じっと見つめながらそんなことを真剣な顔で言われ、あたしはまた顔が熱くなるのを感じた。 「な・・・・なんでそういうこと言うの?美作さんといい・・・・もう、どういう顔したらいいかわかんない」 「そりゃ、俺たちだってマジだから。今日は・・・・ていうかもう昨日の事だけど、すげぇへこんでたんだぜ」 「え・・・・なんで?」 「そりゃ、お前が目の前で攫われたってのに、すぐに動くことが出来なかったんだから。惚れてる女を目の前で攫われて、何も出来ないなんてそれ程情けないことねえっつーの。あれがもし司じゃなくて、別の全く知らない暴漢だったら・・・って考えるとぞっとするぜ」 西門さんの言葉に、全く考えてもいなかったことに愕然とする。 「そんなこと・・・・・考えもしなかった。でも、道明寺じゃなかったら、あたしだってそんな簡単には・・・」 「ま、そうだろうけどよ。でも万が一ってこともある。花沢類の婚約者だってことはもう知られてるわけだから、これからそんなことがないとも限らないんだぜ」 「やだ、変なこと言わないでよ」 「バカ、マジで言ってんだ。お前は隙が多いんだから。ま・・・・今度は俺も目の前で掻っ攫われるようなこと、しないけどな。・・・とりあえず、無事でよかったよ」 西門さんの笑顔に、あたしは素直に頷く。 「ありがとう・・・・。心配かけて、ごめん」 「いいけどな。お前を心配するのなんていつものことだし。それより・・・・司に、何もされてねえか?」 途端に不機嫌な顔になる西門さん。 「は?」 「は?じゃねえよ。司に何もされてねえだろうな。外でお前があいつに抱きしめられてるの見たときは、マジで頭きたんだからな」 「な・・・・何もされてないよ、類みたいなこと言わないでよ」 「言いたくもなるっての。お前ってやつは司には抱きしめられるわ、あきらにはキスされそうになるわ・・・・・」 「キ、キスって・・・・」 「されそうになってただろうが。あいつに見惚れてたの、俺が気付かないとでも思ってんの?あきらにちょっとときめいてたろ」 「そ、そんなこと・・・・!」 「ふーん?」 そう言って西門さんがぴたりと動きを止め、あたしはまた勢い余って転びそうになり、それを西門さんに支えられ・・・そのまま抱きすくめられる。 「ちょ、ちょっと・・・・・・」 「・・・・・相手が俺だったら、どうする・・・・・?」 耳元で、西門さんが囁く。 低く、甘い声が耳をくすぐり、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。 「・・・・・お前、かわいすぎ・・・・・」 西門さんの声がすぐ近くで聞こえ、そのまま近づいてくる気配。 あたしがそのまま固まっていると・・・・・
「総二郎、やりすぎ」 類の不機嫌そうな声がすぐ横で聞こえ、あたしははっとして目を開いた。 すぐ間近に迫った西門さんの顔。 その顔はしてやったりという満足そうな笑みをたたえていた。 「惜しいな。もうちょいだったのに」 「・・・・嘘ばっかり。類がこっちに来るの分かっててやったでしょ」 悔しくて、上目遣いで睨みつけてやると、西門さんは困ったように笑ってあたしから離れた。 「ま、そういうことにしといてやるよ。お前、そういう顔俺たち以外には見せんなよ。さすがの俺も、理性飛びそうになる」 そう言って西門さんはぽんぽんとあたしの頭を軽く叩いてから、美作さんと道明寺のいる方へ歩いて行ってしまった・・・・・。
―――そういう顔って、どんな顔・・・・・? わけわかんなくてあたしが首を傾げていると、突然視界が暗くなった。 「え?わ、類?」 類が、あたしに覆いかぶさるように正面から抱きしめてきたのだ。 「・・・・・駄目だよ」 「え?」 「よそ見しちゃ、駄目・・・・・・」 「よ、よそ見なんて・・・・・」 してない、と言いかけると、ふいに類があたしの体を離し、真正面からあたしの顔を覗き込んだ。 「してた。あきらに、見惚れてたでしょ?総二郎にも・・・・・キス、されそうになってた。何でそんな隙見せるの。駄目だって。あいつらマジなんだから、あのままだったら絶対キスされてたよ」 拗ねたような、怒ったような表情の類。 言われてることはもっともだと思う。 何でちゃんと突っぱねられないんだろうって。 だけど、どうしてかそうできなくて・・・・・ あたしの体は、ますますふわふわと浮いているような感覚になってきて、頭もボーっとして・・・・目の前の類の顔が、かすんで来た。 「・・・・牧野?大丈夫?」 「る・・・・・い・・・・・」 目の前が、真っ白になった。 類があたしの名前を叫ぶ。 そして・・・・・ そのままあたしは、意識を手放した・・・・・
|