***X'mas Panic!! vol.13***



 -tsukushi-
 あたしは、ここに来てからのことを全て類に話した。
 類はずっと黙って話を聞いてくれ、道明寺が考えていたことを何とか理解してくれたようだった。
 それでもどこか納得いかない様子で、腑に落ちない顔をしていた。
「・・・・・司に、また告白されて・・・・揺れ動いたりしなかった?」
 しばらく黙っていたと思ったら、急に類がそんなことを言い出したので、あたしは思わず目を瞬かせた。
「揺れ・・・・そんなこと、ないよ」
 素直にそう答えても、類はじっとあたしのことを見つめながら、今度はこんなことを聞いてきた。
「・・・・司は、俺から見てもすごく大人になったと思うし、仕事バリバリやってるあいつは正直格好良いと思うよ。牧野はそう思わなかった?」
「え・・・・・ていうか、あたしにとってはあんなふうにバリバリ仕事してる道明寺って、あたしの中にはいないから・・・・なんだか別人見てるみたいで、落ち着かなかった。ただ・・・・・」
「ただ?」
「最後に・・・・あたしに幸せになれって、1人じゃないって言ってくれた道明寺はやっぱり昔の道明寺とおんなじで。その道明寺を見たら安心したって言うか・・・・」
「・・・・・ときめいた?」
 そのときの道明寺の顔を思い出していたあたしは、不機嫌に響く低い声にドキッとして類を見た。
 類が胸の前で腕を組み、思いっきり不機嫌に半目になった表情であたしをじろりと見つめていた。
「と・・・・・ときめいたって、何言ってんの」
「だから、あんなふうに抱きしめられても逃げようともしなかったんじゃないの?」
「あ・・・・あれは、あたしがボーっとしてたらいつの間にかそうなってて・・・・・」
「ボーっとしてたのは司に見惚れてたからじゃないの?」
「ち、ちが・・・・っ」
「そんなドレス着て、司とダンスして・・・・・俺のことなんか忘れちゃってたんじゃない?」
「類・・・!!」
 さすがに頭に来てあたしが大きな声を出すと、類はあたしから目を逸らして急に立ち上がり、そのまま部屋の入口へと歩いていこうとする。
「ちょ・・・・・類!どこ行くの!?」
「・・・・・頭冷やしてくるよ。このままじゃ俺、あんたをめちゃくちゃにしちまいそうだ」
 そう言うと、類はあたしの方を振り返ることもせず、部屋を出て行ってしまった・・・・・。
「類・・・・・」

 何でこうなっちゃうの?
 すごく会いたかったのに。
 類に会いたくて、早く類の笑顔が見たくて・・・・・
 道明寺とダンスをしてるときも、1人でワイン飲んでるときも、ずっとずっと類のこと考えてたのに。
 「類・・・・・」


  -rui-
 イライラが治まらなかった。
 牧野が悪いわけじゃない。
 司に無理やり連れてこられて、パーティーに引っ張り出されて、どれも牧野が望んだことじゃない。
 それはわかっているのに、どうしてこんなにイライラする?

 久しぶりに会った司は、以前会ったときよりもさらに成長して大人の男になっていた。
 世界のトップに立つほどの大財閥の顔として、立派に仕事をしている幼馴染。
 知らない間に差をつけられていたようで、俺はあせっていたのだろうか。
 元々他人のことには興味がない。
 司がどれだけえらくなってもあいつが幼馴染であることに変わりはないし、司の本質は変わっていないと思う。
 じゃあどうして?
 牧野を俺から奪い返そうと思っていた司。だけど俺と牧野を見てそれは諦めたと言う。
 でも、もし司が本気で牧野を奪い返そうとしていたら?
 そうしたら、俺たちはどうなっていただろう。
 それでも牧野は俺を選んでくれただろうか。
 それとも、司の元へ戻って行っただろうか・・・・・・

 俺には、わからなかった・・・・・

 いつの間にか、さっきの噴水の前まで来ていた。
 ここで、月明かりの下抱き合っていた司と牧野。
 まるで、時が戻ったような・・・・・あの2人が付き合っていたころ、俺がただ牧野を見守っていただけのあのころに戻ってしまったような気がした・・・・・

 「ルイ?」
 突然後ろから声をかけられ、俺は驚いて振り返った。
 そこには、穏やかに微笑む大柄な外国人が立っていた。
「失礼。きみは、ルイ・ハナザワだね?」
「・・・・・・・ええ」
 俺が頷くと、男は嬉しそうに目を細め、微笑んだのだった・・・・・。


 「じゃ、司の言ってたのが・・・・・」
「おそらく、私のことだろうね」
 レイと名乗ったその外国人が、流暢な日本語で言った。
「きみのご両親とは何度かお会いしているんだよ。君のことも聞いてる。先日、週刊誌で婚約したという記事も見せてもらったよ」
「あ・・・・・・」
「ツカサの連れていたあのお嬢さん。彼女が、きみのフィアンセだね」
「・・・・・はい」
「素敵なお嬢さんだ。正直で、勇気があって・・・・聡明、という言葉を使ったら良いんだろうか。彼女の目は、嘘偽りを許さない強い輝きを持っている。とても素晴らしい女性だね」
「・・・・・・ええ。僕もそう思います」
「彼女は言っていたよ。ルイがいるから、今の自分はいると。ルイがいなければ生きていけない。ルイは自分そのものだと。ツカサという素晴らしい男が隣にいるというのに、彼女は自分の気持ちを覆い隠すことなく君のことを愛していると堂々と言える。そしてその彼女を包み込むように見つめていたツカサの瞳が、印象的だった。君たちの関係が、よくわかったよ。きっときみたちは他のものでは到底敵わないほど強い友情で結ばれているんだろうね。そこに男女というくくりはないのだろう。そんな単純な関係ではない。もっと深く、強い信頼関係がある・・・・そうじゃないかい?」
「・・・・・・そう、ですね・・・・・そうだった・・・・・・」
 レイの穏やかで胸の奥まで響くような低い声が、俺の中のもやもやとした感情を浄化するように広がっていく。
「・・・・・・レイ、ありがとう。俺は・・・・・大事なことを忘れてました・・・。失礼」
 そう言って俺は部屋に戻ろうとしたが、レイの声が後ろから追いかけてきた。
「ツクシなら、さっきホールに向かっていくのを見たよ」
 その言葉に俺はちょっと振り返り、相変わらず穏やかな笑顔をたたえているレイに、笑って見せた。
「・・・ありがとう」
 そして俺はそのまま、ホールへと駆け出したのだった・・・・・。


 ホールに入ると、オードブルの並んだテーブルの横に、ワイングラス片手にふてくされた様子で料理を手に取る牧野の姿が目に入った。
 どう見てもやけ食いの様相の牧野に、思わず苦笑が漏れる。
 深いボルドーのカクテルドレスも、ダイヤのネックレスもとても似合っていて男を惹きつけるには十分な魅力を備えているのに、本人が全くそれに気づいていない。
 周りにいる男たちは声をかけるタイミングを見計らっているようだが、牧野のすごい食いっぷりに気後れして声をかけるのに躊躇している。
 それでも気障な感じの金髪碧眼の男が1人、牧野に近づき声をかけた。
 俺は歩いていた足を速め、牧野の肩になれなれしく手を置いたその男を睨みつけながら、その手を払った。
「俺のだよ」
「!!類!どこ行ってたの!?」
 牧野が目を見開く。
「ちょっと、外・・・・・。牧野、顔赤い・・・・どのくらい飲んだの」
 頬を赤らめ、潤んだ瞳の牧野は近くで見るとドキッとするほど色っぽかった。
 俺以外のやつに見せたくないそんな顔で、1人でいるなんて。
「そんなに飲んでないよ・・・・大体、類が1人でどっか行っちゃうのが悪いんじゃない」
 拗ねたようなその表情に、俺はちょっと笑う。
「ごめん・・・・」
 素直に謝ると、今度は面食らったような顔で目をぱちくりさせる。
「さっきは・・・・言いすぎた。牧野が悪いんじゃないってことはわかってるのに・・・・・司に抱きしめられてる牧野見たら、冷静じゃいられなかった・・・・・」
「・・・・・ずるい」
「え?」
 拗ねたように、上目遣いで俺を睨む牧野。
 その表情にドキッとする。
「そんな風に素直に謝られたら、もう怒れないじゃない」
「・・・・・さっき、レイって人に会ったよ」
「え・・・・」
「レイに聞いた。牧野が・・・レイに言ってくれたこと。それから司のこと。俺・・・大事なこと、忘れてたよ。牧野にとって、司はただのモトカレじゃない。かけがえのない、大切な仲間だってこと。それに俺にとっても・・・・司は大事な仲間だ」
「類・・・・・」
「そんな大切なことも忘れちゃうなんて、駄目なやつだよな・・・・牧野に振られても、文句言えない」
「な・・・・何言ってんの?」
「聞いて。司が、俺から牧野を奪い返そうとしてたって聞いて・・・・すごくあせったよ。本当にそうなっていたらどうしただろうって。牧野が司の元へ戻ってしまったらって・・・・・司には、敵わない気がしてたから。でも・・・・もしそうなったとしたって、やっぱり俺には牧野しかいない。牧野が傍にいないと、駄目なんだ。司は大切な仲間だけど、牧野のことはやっぱり譲れない・・・・・」
「類・・・・・バカ・・・・・」
 牧野の大きな瞳に、涙が溢れる。
「あたしが・・・・類の傍、離れるわけない。類がいないと駄目になるのはあたし。ずっと傍にいて欲しいと思ってるのもあたし。ずっと・・・・・類のことしか、考えてないよ・・・・・」
「うん・・・・・」
 ぽろぽろと頬に伝う涙を拭いながら言葉を紡ぐ牧野を、そっと抱きしめる。
 牧野の腕が、俺の背中に回りぎゅっと抱きついてくる。
「・・・・・・やっと、こうしてくれた」
「牧野・・・・」
「ずっと、こうして欲しかったの・・・・・迎えに来てくれて、嬉しかった。早く会いたくて・・・早くこうしたくて・・・・・なのに、類は怒ってて・・・・・悲しかったんだから」
 顔が見えないからか、素直に甘える牧野がかわいくて、俺は抱きしめる腕に力をこめた。
「ごめん・・・・」
 そう言って俺は、牧野の髪にキスを落とした。
 牧野の体がピクリと反応し、おずおずと顔を上げる牧野。
 瞳を濡らしていた涙を人差し指で掬うと、恥ずかしそうに頬を染める。
 
 その潤んだ瞳に、理性が溶けそうになったとき・・・・・

 「2人の世界に入ってるとこ邪魔して悪いけど」
 突然割って入った声に、牧野は驚いて俺から離れる。
「・・・・・・何」
 現れた3人の男に、思わず俺の声も不機嫌になる。
 総二郎が、にやりと笑って俺たちの体を引き離す。
「パーティーに出るなら出るって言ってくれなきゃ。せっかく久しぶりにF4が揃ったのに、冷たいんじゃねえ?類くん」
「そうそう。せっかく一緒に牧野迎えに来たのに、1人占めはねえだろ」
 あきらが牧野の腕を引っ張る。
「わ、ちょ、何言ってんの?」
 牧野がよろけ、うろたえる。
「あきら、何すんの」
「ダンス。せっかくここまで来たんだから、これくらいの役得はねえと。日ごろの俺のレッスンの成果、見せてくれよ」
 牧野の腰に手を回し、にっこりと微笑むあきら。
 牧野の頬が微かに染まる。
「牧野!」
 俺が2人のほうへ行こうとすると、総二郎に腕をぐいと引っ張られる。
「あきら、次俺な」
「総二郎、放してよ」
「まあまあ、ちょっとくらい良いだろ、社交界デビューの練習だよ。お前の危険な運転にも耐えてここまで来たんだから、少しくらい牧野貸せって」
「牧野はものじゃない!ってか、なんだよ、危険な運転って」
 思わずむっとして聞き返すと、総二郎が溜息をつく。
「ここまでの道、何度死ぬかと思ったか。お前の運転、かなり上達したと思ってたけど・・・・山道を猛スピードで走るのは止めろ。生きた心地がしねえ。帰りは俺が運転する」
 心なしか青ざめている総二郎に、俺は顔を顰めた。
「失礼な」
「あのなー、身の危険を感じるあまり俺もあきらも無言だったの、少しは察しろよ」
「・・・・・・・」
 後ろで司が大笑いしてる。
 司のそんな顔を見るのも久しぶりだ。その表情は昔と変わらない、俺たちといるときに見せていた笑顔だった。
 そんな司を見てほっとしている俺。
 ―――大切な仲間、か。
 牧野にとっても俺にとっても。そしてこの3人にとっても・・・・・
 いつまでもその関係だけは変わらない。
 そう確信できるのが、嬉しかった・・・・・。





  

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