-tsukushi- 「縁談が持ち上がったんだ」 道明寺は、遠く、夜空を見上げながら話し始めた。 「縁談?あんたに?」 「ああ。それがあの・・・・レイの娘だった」 「え・・・・・」 「ああ見えてレイは気難しいやつで、今回の取り引きもなかなか首を縦に振ってくれなかった。何度もアプローチしているうちにだんだんと打ち解けて話せるようにまでなったんだ。ところが契約についてはやっぱりなかなか承諾してくれない。お袋もイライラし始めて、どうしようかと思っていたときに・・・・契約の条件として娘との縁談を持ち出したんだ」 「政略結婚てこと?」 「ああ。その娘ってのがまだ15歳で」 「15!?」 てことは高校生・・・・うわ、あたし、15のときって何してたっけ? 「レイに何度か会っているとき、娘にも会ったことはあるんだ。明るくて飾り気のない、普通のやつだよ。ちょっと滋に似た感じかな」 「滋さんに・・・・」 「けど、まさかまだ15のガキと結婚しろなんて言われると思ってなかったから・・・・正直驚いた。お袋なんかはすげぇ乗り気で、すぐにでもその縁談を進めたいみたいだったけど、俺はそんな気にはなれなかった」 道明寺が軽く溜息をついた。 「悪いやつじゃないし、別に嫌いじゃない。ただ、恋愛の対象として見たことはねえし、ましてや結婚となれば大事だ。俺はお袋みたいに結婚をビジネスとしては考えられねえ」 「・・・・・・・」 あたしは、黙って道明寺の話を聞いていた。 道明寺の表情から、道明寺が真剣に悩んでいたことが伺える。 「俺は、レイに正直に話したよ。娘に対しての気持ち、ビジネスに対する気持ち、それから・・・・俺には好きな女がいるってこと」 そう言って、道明寺はあたしを見た。 「道明寺・・・・・」 「それでも・・・まあ当然といえば当然だけど、レイは納得しなかった。恋愛なんてはしかみたいなもんだ。一時の恋愛感情なんかすぐに色あせる。それならずっと先の人生を見据えろってね。娘のことが嫌いじゃないならきっとうまく行く。もちろんビジネスもうまく行くって・・・・・。俺も・・・・一時はそれももっともかもしれないと思って結婚も真剣に考えたよ。それでもやっぱり・・・・俺の心の中には、ずっとお前のことが引っかかってたんだ」 道明寺の、切なげに伏せられたその瞳が、道明寺の想いの深さを表しているようであたしの胸が痛んだ。 「このままじゃ俺は前に進めない。いや、後にも戻れない。お袋やレイの言うとおりに結婚したら、きっと後悔する。きっと・・・・あいつを不幸にする。そう思った。俺はもう、誰のことも不幸にしたくない。だから・・・・・自分の気持ちにけじめをつけたくて、日本に来たんだ」 「え・・・レイさんに会いに来たんじゃないの?」 「もちろんそれもある。何とかレイを説得したかったんだ。その最終手段として用意した舞台が、ここ。まだオープン前で、建設途中のここなら類たちの目もごまかせると思ってさ。ここでのパーティーを企画して、レイを招待したんだ」 「・・・・・・じゃ、最初からこうするつもりで・・・・?」 開いた口が塞がらないとはこのことだ。 まさか道明寺がそんなこと考えてたなんて! 「今日までにレイを説得することが出来れば、お前を連れてくる必要もなかったんだけどな・・・悪かった、乱暴なやりかたして」 「本当だよ。でも、そういう事情なら、類には話しても良かったんじゃないの?道明寺のためなら、協力してくれたと思うけど・・・・・」 「ああ・・・・・けど、俺にはもう1つの目的があったから」 「もう1つの目的?」 「・・・・・お前を、類から奪い返しに来た」 「!!」 道明寺の言葉に、あたしは思わずその場に立ち上がった。 「・・・・・って言ったら、どうする?」 「な・・・・・からかってるの?」 「まさか。あのな、言っただろ?俺はお前に心底惚れてんだ。お前が類のことを好きになったからってそう簡単に心変わりなんかしねえ」 「・・・・・・・」 「だけど、そのお前を手放したのは俺だ。何が何でも捕まえておかなかった俺が、お前たちの間に入る資格なんかねえよ」 「道明寺・・・・・」 「だけど、それでももう1度お前に会って、確かめたかった。もし・・・・お前と類の間に隙があるようなら、本当に奪い返そうと思ってたよ」 そう言ってあたしを見つめる道明寺の表情は、真剣そのもので・・・・ あたしは言葉が出なかった。 「けど、結局無駄だった。お前ら、こっちが恥ずかしくなるくらいお互いを好きで好きでしょうがないって顔してるんだぜ」 そう言ってにやりと笑う道明寺。 あたしは、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしくなった・・・・・。 「そ、そんな顔・・・・・」 「してるんだよ。馬鹿らしくって、お前らが寝ちまってからじゃねえと帰る気にもならねえ」 「え・・・・・じゃ、それで毎日帰りが遅かったの・・・・?」 「まあな。類に事情を話さなかったのは、言えばきっとここまでついてきただろうし、やっぱり類の前でお前を俺の婚約者として紹介するわけにいかねえと思ったからだ。いくら芝居だってわかっててもおもしろくはねえだろ」 「でも・・・・・それでもやっぱり、類は協力してくれたと思うけど」 類にもあたしにも本当のことを話さなかった道明寺に納得できなくて、つい責めるような口調になってしまう。 すると、しばらく黙っていた道明寺が、ふいにぷっと吹き出した。 「な、なによ?」 「今頃類のやつ焦ってんだろうなあと思ったらおかしくってさ」 「あ、あのねえ」 「・・・・・お前と2人で話したかったんだ」 「!」 「お前なら、どうするだろうって思った。会社のために本意じゃねえ結婚なんてするかって」 「・・・愚問だよ、それ。聞かなくたって分かるでしょ」 「それでも、お前の口から聞きたかった。俺の考えは間違ってるんじゃないかって思ってたから。お前なら迷いを断ち切ってくれるような気がしたんだ」 「道明寺・・・・・。らしくないよ、そんなの。あんたはいつだって自分の気持ちに正直だったじゃない。間違ってても、その時はその時だって、いつも真っ直ぐだったじゃない」 あたしは真っ直ぐに道明寺の目を見つめた。 高校生のとき、あたしは道明寺のどこに惹かれてた? 馬鹿だけど正直で、自分に嘘がつけなくて、そして何より、気持ちは言葉にしなきゃ伝わらないってこと、教えてくれたのも道明寺だった。 「ああ・・・・・。そうだったな。ようやく思い出したよ。やっぱりお前に会いに来て良かったよ。レイにもわかってもらえたみたいだしな」 ニヤリと、満足そうに笑う道明寺。 「契約、うまくいきそうなの?」 「ああ」 「そっか・・・・・。良かった」 ようやく道明寺らしい笑顔を見ることが出来て、あたしもなんだかほっとしていた。 「―――そろそろかな」 ふいに道明寺が立ち上がって言った。 「何が?」 「・・・・・牧野」 「え?」 「俺、N.Y.に帰る」 「え・・・・・。いつ?」 「すぐに」 「すぐって・・・・・」 「・・・・・お前、必ず幸せになれよ。お前の幸せが俺の幸せだ。それを忘れんな」 「道明寺・・・・・」 「どこにいても、何があっても、俺はお前のことを思ってるから。だから・・・・・お前は1人じゃない。何でも1人で抱え込むなよ」 道明寺の言葉が、不思議なベールのようにあたしを包み込んでくれるようだった。
―――ああ、やっぱり道明寺だ。
いつでも、あたしが欲しいと思っている言葉をくれる人。 あたしに勇気を与えてくれる人。 これが、あたしの知ってる道明寺だ・・・・・・
ふわりと、道明寺の大きな腕があたしを包んだ。
そのとき。
「牧野!!」 あたしははっとして、道明寺から離れた。
「類・・・・・?」 月明かりの下、息を切らして立っていたのは、見間違えようもない花沢類その人だった・・・・・。
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