***あなたのとなりで vol.2 〜総つく〜***



 
 なんとなく気まずい空気のまま、それでも来週の祝言に向けての準備のために、西門邸へ向かったあたしたち。


 家に着くと、お義母さんがあたしに頭を下げた。
「本当にごめんなさいね、私の早合点で・・・・・。こんな家だけど、お嫁さんに来てくれるかしら?」
「そんな、頭を上げてください!全然気にしてませんから―――」
 そんなやり取りを、お義母さんの後ろでおかしそうに笑って見ていたのが丈三君だ。
「丈三さん、あなたも総二郎さんやつくしさんにお謝りなさい」
 きっとお義母さんに睨まれ、丈三君はひょいと肩をすくめた。
「はいはい。悪かったよ。まさか彼女が兄貴のベッドに潜り込むなんて大胆なことすると思ってなかったんだよ。まあでも、兄貴まで寝ぼけてつくしさんと間違える、なんてことにならなくてよかったじゃん」
 そう言って悪びれもせずにやりと笑う。
「丈三さん!」
 お義母さんの言葉に、「おおこわ」と首をすぼめ、そのまま自分の部屋へと戻っていく丈三君。
 その飄々とした様子に、あたしと西門さんも溜め息をつくしかなかった・・・・・。  


 その日は、式の時に着る衣装合わせなど最終的な打ち合わせを進めた。
 もう決まっていることがほとんどなので、あとは細かいことばかり、話し合いで決められていくのを聞いていることのほうが多かった。

 「ちょっと、トイレに」
 そう言って席を立ち、あたしは1人部屋を出た。
 もうだいぶ慣れてはきたけれど、それでも西門流という茶道の名門に嫁ぐということが、思った以上に大変なことなのだということを結婚が決まってからというもの毎日のように実感させられるのだった・・・・・。

 トイレを出て、少しぼーっとしながら歩いていた。
 今朝のショックも少し尾を引いていたかもしれないと思う。
 ここ数日の疲れもあったかもしれない。  

 そんな風に言い訳しようと思えばいくらでもできるけれど。
 とにかく、気づいた時にはあたしは目の前の扉を開けていたのだ。

 「あれ?つくしさん?」
 だけどそこにいたのは西門さんでもお義母さんでもなくて。
「え?丈三君?」
 目の前のソファーで雑誌を手に寛いでいたのは西門さんの弟、丈三君だった。
「あれ?ここ、丈三君の部屋?やだ、あたし間違えちゃった?」
「ていうか・・・・・今兄貴もお袋も、居間の方にいるんだろ?つくしさん、兄貴の部屋に行こうとしてなかった?」
「あ・・・・・」

 そうだった。ついぼんやりしてて・・・・・
 やっちまったとばかりに肩を落とすあたしを見て、丈三君がクックッと喉を鳴らして笑いだす。
「おもしれー。つくしさんってかわいいよね。そういうところに兄貴も惹かれたのかな」
 丈三君の言葉に、あたしはバツが悪くなり目をそらした。
「からかわないで」
「からかってないよ。本当にかわいいと思ったんだから。けど、これでおあいこかな」
「え?」
「俺の彼女は寝ぼけて兄貴の部屋に入った。つくしさんも―――寝ぼけてはないけど、ぼんやりしてて俺の部屋に入った。ね、おんなじ。これでおあいこ。恨みっこなしだろ?」
 にやりと笑う。
 その笑顔は、人懐っこくて憎めないものがあった。
「そう・・・・・だね」
「もしかして、つくしさん、兄貴のこと疑ったりした?」
「え・・・・・?」
 ドキッとして、丈三君の顔を見上げる。
「俺の彼女と、何かあったんじゃないかって・・・・・」
「そ、そんなことないよ」
「そう?にしては、今日うちに来たときちょっと微妙な雰囲気じゃなかった?兄貴と」
 まるで何もかも見透かしているような瞳。
 そんなところまで兄弟そっくりだと思ってしまう。
「そんなこと、ないよ」
「そうかなあ?俺の彼女も何もなかったって言ってたし、大丈夫だと思うけどね。でも、ここまで来たら同じような思いを兄貴にさせてみる?」
「は?」
「たぶん、つくしさんが戻らなかったら兄貴が心配して探しに来るんじゃない?その時につくしさんが俺の部屋にいたらどんな顔するかな?」
「え・・・・・」

 その時だった。

 まるで計ったようなタイミングで、部屋の扉が音を立てて開いたのだった・・・・・





  

お気に召しましたらクリックしていってくださいね♪