-tsukushi-
外はまだ明るくて、遠くの方が漸く茜色に染まってきたばかりだと言うのに、今日1日でまるで何日分もの時間がたってしまったような不思議な感覚だった。
ベビー用品のお店の駐車場で、小さな女の子が車に轢かれそうになって、類が飛び出した。 あたしも反射的に走り出そうとして―――
次の瞬間、下腹部に激しい鈍痛を感じ、その場にうずくまった。
何かが、弾けるような感覚。
気付けば足元には水溜りができていた。
―――破水?
すぐに気付いたけれど、あたしは動くことも、声を上げることも出来なかった。 「つくし!!」 類が駆け寄ってきてくれるのが分かった。
あの女の子は?
『大丈夫』
類の言葉にほっとする。 そこから先は、ほとんど覚えていない。 ただ痛みを堪えることに必死で。 何人かの声が聞こえた気はする。 でもそれも定かではなくて。
車に乗せられた感覚はある。 そして気付いた時にはもう分娩台の上だった。
先生の声に従っていきんだり、力を抜いたり。 何かを考えている余裕なんてない。 ただ必死で、痛みを逃すように呼吸を繰り返し、手に力を込める。
「つくし、がんばれ!」
類の声が、聞こえた。 いつもは穏やかな類の声が、微かに上ずっていた。
「ふみゃああっ」
猫みたいな声が聞こえた。
―――ああ、やっと生まれたんだ。
1人目が生まれ、すぐにまた陣痛がやってきて、2人目を産む。
「お疲れ・・・・・。頑張ったね」 類の優しい声が、ゆっくりと心に染み込んでくるように響いた。
そして、赤ちゃんを初めてこの手に抱く。 柔らかくて、暖かくて・・・・・そして、なんだろう、すごく・・・・・いい匂い。 幸せの、匂い・・・・・
あっという間のようで、すごく長く感じた1日だった。 今朝はまだ、普通にごはんを食べて、類の車に乗ってお店に行って・・・・・
今はもう、あたしのお腹の中に赤ちゃんはいない。 それがちょっとさびしいような、物足りないような、本当に不思議な感じだった・・・・・。
「そうだ、名前・・・・・」 だいぶ前から、類と2人で考えていた名前。 男の子だった場合と、女の子だった場合、2つずつ候補を考えて。 「男の子、かあ・・・・・じゃ、やっぱり・・・・・」 自然に口元が緩む。 うんと考えて、2人で決めた名前。
類の幸せそうな笑顔。 両親の、慌てふためく姿。 今は何でも幸せに感じる。 誰もいなくなった病室で目を閉じる。 瞼に浮かぶのはやっぱり類の笑顔と、かわいいかわいいあたしの子供たち・・・・・。
幸せに、なろうね。
優斗、快斗・・・・・。
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