-rui-
「牧野、休学っていつから?」 いつものように俺が高等部の非常階段でうとうとしていると、いつの間にか総二郎が隣に座っていた。 「・・・・・9月いっぱいまでは通いたいって言ってる。10月7日が予定日だから、もう少し早めのほうが良いと思うんだけど・・・・・」 「いっそのこと4月から休学しちゃえば良いのに」 「それはいやだって。家にじっとしてるのは落ち着かないからいやだってさ」 「牧野らしいな。お前、大変だろ。あいつはじっとしてない割にそそっかしいから」 同情するような総二郎の言い方に、ちょっと顔を顰める。 「・・・・・それが、牧野だから。でも、正直見ててハラハラするよ。妊娠初期って、一番大事な時期だっていうし、うっかり転んだらって思ったら家事もさせられないところだけど・・・・・」 「家事、やってんの?あいつ。使用人がいるのに?」 「やりたいんだって。だから余計に大変。使用人たちが、牧野に何かあったらってハラハラしながら見てる。妊娠してない状態なら放っといてもよかったけど・・・・・」 俺の言葉に、総二郎も溜息をついて頷いた。 「だよなあ。あいつ、自分のことわかってるようでわかってないから・・・・・。何かしてないと落ち着かないって性分はしょうがないんだろうけど、お腹の子に何かあってからじゃ遅いぜ」 「ん、わかってる。考えてるよ。いっそのこと、どこかに閉じ込めておきたい気分」 「ま、何か協力できることがあったら言えよ。俺やあきらにできることなら協力すっからさ」 総二郎の言葉に、俺は頷いた。 「サンキュ。今日、総二郎の家に行く日だっけ?」 「ああ、そうだ」 「俺、この後ちょっと会社に行かなくちゃ行けないから、牧野のこと頼むよ」 「ああ、任せろ」 そう言ってにやりと笑う総二郎に・・・・・ つい、一言付け加えたくなる。 「牧野に変なこと、しないでね」 俺の言葉に、総二郎の顔が引き攣る。 「お前な・・・・・少しは親友を信用しろよ」 「総二郎のことは、良く知ってるから。信頼はしてるけど、信用はできない」 「あっそ・・・・・」
-soujirou-
「牧野、待たせたな」 講義が終わり、校門へ行くと門にもたれるように牧野が俺を待っていた。 俺が声をかけても、すぐには気付かずにボーっとしている様子が気になった。 「牧野?どうした?」 近くで声をかけると、はっと我に返る。 「あ・・・・・西門さん。ごめん、ボーっとしてた」 「・・・・・どうかしたか?」 「ううん、なんでもない」 そう言って笑うが・・・・・ いつもとはやっぱりどこか違うような気がして、俺は牧野をじっと見つめた。 「なんでもないってば。ほら、行こう」 先に立って歩き出す牧野。 俺もその後に続き・・・・・道路に止まっていた車に乗り込んだのだった。
「牧野!」 俺の言葉にはっとして、牧野が持っていた茶碗を落とした。 「あつっ」 お茶が、牧野の膝を濡らす。 俺は袂から手拭を取り出すと、さっと牧野の膝を拭った。 「バカ!何やってんだ!ボーっとすんな!!」 「!!」 牧野が、きゅっと唇を噛む。 「・・・・・今日はもう終わり」 「え・・・・・でも、まだ時間・・・・・」 「こんな状態じゃ、いくらやっても無駄だ」 厳しく言い放つと、牧野は何か言おうとして、またすぐに言葉を飲み込んでしまった。 「・・・・・・ごめんなさい。あたし、帰るね・・・・・」 「ダメだ」 「へ?」 俺は牧野の膝の上のお茶を拭い終えると、顔を上げ、牧野の頬に手を添えた。 「まだ時間は残ってるだろ?俺の部屋へ行って、じっくり話を聞こうか?つくしちゃん」
「膝、大丈夫か?」 「うん。服の上からだったし・・・・・。ごめんね。せっかく教えてもらってるのに・・・・・・」 「んなこと良いから、ちゃんと話せよ。何があった?」 俺の部屋で、ソファーに座った牧野が俯く。 「具合、悪いのか?」 その問いに、軽く首を振る。 「じゃ、なんだ?類と喧嘩したってわけでもねえだろ?」 「違う。類はすごく優しいよ。優し過ぎるくらい。病気じゃないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫なのにね」 「そうは言っても心配するだろ。今が大事な時期だって、先生も言ってたろ」 「うん・・・・・。だから、類もすごく大切にしてくれるよ」 「なんだよ、惚気?」 そう言って笑うと、牧野が顔を上げて俺を見た。
俺を見つめる瞳はどこか切なげに揺れていて・・・・・・
俺の胸がどきんと大きく高鳴り、牧野から目が離せなかった。
「牧野・・・・・・?」
無意識に、俺の手が牧野の頬に伸びる。
そのまま抱きしめると、牧野が俺の胸に軽く頬を摺り寄せた。
やばいくらいに、心臓が騒いでた。 このまま、こいつを攫っちまおうか・・・・・・ 一瞬、俺の胸をよぎる思い。
だけど、それは許されない・・・・・。
「ごめん・・・・・。あたし、ちょっと今おかしいみたい」 「・・・・・良いよ。気が済むまでこうしてな。利用できるものは利用すればいい」 「・・・・・優しいね、西門さん・・・・・」 「何だよ、珍しいこと言うな」 くすっと笑うと、牧野もちょっと笑ったのがわかる。 「・・・・・・いつまで・・・・・・こうしてられるかな・・・・・・」 「いつまでって・・・・・この状態のこと?」 抱きしめていた腕を緩め、牧野の顔を覗き込む。 「違うよ・・・・・・。類とあたしと、西門さんと、美作さん・・・・・・。一緒にいられるのは、いつまで?」 「・・・・・・・牧野・・・・・・」 「ごめん。勝手なこと言ってるのはわかってるの。でも・・・・・あたしと類が結婚して、子供が生まれたら・・・・・もう今まで通りに西門さんや美作さんに会うことが出来なくなっちゃうのかなって・・・・・そう思ったら、寂しくて・・・・・・あたし・・・・・・」
止まらなかった。 牧野の腰を引き寄せ、そのまま唇を奪う。 牧野の瞳から零れた涙が、俺の唇を濡らした・・・・・。
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